「とんとん積み木」はどこへ?

おなじ手法で何度も欺されるのならば、ふつうに「知能を疑われ」ても文句はいえない。
本当に「知能が低い」なら、それは改善の期待ができないので、キッパリ諦めた方がいい。

こんな「状態」にあるのが、わが国における「保守(層)」になった。
成長時の食べ物がいけないのか?
もしや子供が好きな「ジャンク・フード」が、脳の発達を阻害するように作られているかもしれない。

伝統的な「煎餅」とか「団子」ではなく、様々な化学調味料からなる、「スナック菓子」とか、あの「ファストフード」が疑わしい。
もはや、過剰なカロリー摂取ではなく、ミネラル不足が深刻になったのは、『食品成分表』の過去とを比較すれば一目瞭然だ。

ちなみに、『日本食品標準成分表』は5年に一度、文部科学省科学技術・学術審議会資源調査分科会で作っている。
食べ物を司る「農林水産省」が自画自賛しないように、わざと別の省庁に作らせているのだろうか。

ならば、厚生労働省が「国民の健康」ということで浮かぶけど、どういうわけか「最下位の三流役所」である、文部科学省が作っている。
もしやこの作成以外に、国民の役に立つ仕事がないからかもしれない。
いざとなれば、審議会ごと他省庁に移管できるようにも見える。

それはそうと、「保守」である。
「保守」には、「保守思想」というものがあった。
発祥は、フランス革命を大批判した、エドマンド・バークで、その著『フランス革命の省察』は、歴史的名著とされている。

この理由も明確で、いわゆる、「啓蒙主義」によって生まれた「社会契約」という概念を、歴史的な観点(保守の目線)で「否定」したからである。
なお、西暦2000年に初めて「岩波文庫」になったけど、なんと「抄訳」という技で、全文完訳ではないのは、やっぱりこの本屋が「(人為による)社会契約」の側にいるからだろう。

しかしながら、岩波文庫をしてこれだから、わが国最高峰といわれる「学府」においてさえ、バークの思想を教えたという記録がないのは、正統に教えることができる教師がいないからである。
つまりわが国の国立有名学府で、社会科学系の学者は、みんな「社会契約」の側にいることを示している。

この偏りを、「偏食より悪い」として、文部科学省が是正することはない。

そんなわけだから、「保守」が「なんとなく」になるようにしかならない。
威勢がいいことを言ったりやったりすれば、こうした「保守」たちの「ガス抜き」ができるのである。

むかしは、ちゃんとした「保守論壇」があって、そこにはちゃんとした「論客」たちが、ちゃんとした「論陣」を張っていた。
それが、月刊誌で読めたものだった。
しかしながら、先に、出版社が社会契約派に攻略されてしまって、ちゃんとした論客たちが書いた原稿を発表する機会がなくなった。

わかりやすい例が、『諸君!』という雑誌で、かつては、「反体制」というほどに「右」だったのである。
しかし、廃刊になる随分前から、内容が変容し、読む価値を自ら捨てたのだった。

これは、「リーマン・ショック」にも似ていて、この会社が倒産する1年半以上も前から、「サブプライム問題」は業界内を震撼させていた。
はじめは「さざ波」だったものが、だんだんと業界人の「疑心暗鬼」を醸成して、「ポン」と跳ねたのが「あの日」になっただけである。

現代金融の同じ理論を学んで、同じ専門雑誌を読んで、同じ金融業界の仲間とだけつき合っているから、本当に優秀な一部のひとは、同じ手法で何度も騙せて稼いでいるのである。
これを、「知能のないひとたち」が、「新自由主義」とか「資本主義の終わり」とかという世迷い言をいって溜飲を下げているのである。

ところが、言葉が概念をうみだすので、もっと知能のないひとたちが真に受けてしまう。
そうやって、「あたかも」全体主義を望むようになるのだ。

自民党という「かつての保守政党」も、結党以来一回も「保守主義」を理論化してこなかった。
「イデオロギー政党ではない」という、およそ政党としてあり得ないことを「党是」とできたのは、支持する国民の知能が低いからだ。

悔しかったら勉強しなさい、と言ったのはサッチャー女史の言葉であった。
今さらだけど、日本で保守をいうならば、ちゃんと勉強して知能の低さを補わないといけない。

そういえば、「知育玩具」の典型だった、ブロック系のおもちゃも、今ではプラモデルのように「完成形」をもって、「部品化」させてしまった。
いろんな形のブロックをつないで、自分なりの形を作ることが「知育」だとしたら、ここにも「知能発達を貶める」ことがおこなわれている。

わが家にあった、「とんとん積み木」は、穴が開いている積み木に軸棒を小槌で叩いて入れて組み上げる、単純なおもちゃだったけど、軸棒より大きい穴があるものでは、貫通させて車輪にすることもできた。
抜けなくなった軸棒は、緑色の細い棒を入れて叩けば抜けたのだ。

三角からいろんな形の穴の開いたブロックを、そのまま積んでもいいけれど、軸棒で結合させたら、おいそれと倒れないし、倒れても形を維持していたものだ。

懐かしくなってネットで検索したら出てこない。
木材を扱うひとたちに、ぜひ復活させて作って欲しい。

これですこしは知能が上がれば、わが国の将来のためになるのである。

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