「護衛艦いずも」をみにいってきた

6月1日は,横浜開港記念日だ.
むかしは仮装行列やバザーが同時におこなわれたが,いま仮装行列は5月のGW実施になったから,開港記念日にちなんでいるのかどうかわからなくなった.

この日,横浜市立の学校はぜんぶ休校になる.
それで,小学校の鼓笛隊で二回,仮装行列の中のひとになったことがある.
「スニーカー」がまだない時代,運動会では足袋を履くのがふつうで,ふだんは底のうすい運動靴しかなかった.

その靴で,4キロほどの行程を演奏しながら半日かけて歩くのは,けっこう難儀だった.
沿道は,運動会とおなじで,ゴザや新聞紙をひいて座ったひとたちが弁当をたべながら一杯やって見物していたから,目線と声援は下からやってきた.
貧しかったむかしは,沿道との一体感があった.

大桟橋にいくのは何年かぶりだが,あたらしく変なデザインになってからは一度もなじめない.
むかしは素っ気ないものだったが,土産物売店に往年の賑わいのなごりがあった.
小学校1年生の遠足が,大桟橋で,接岸していたキャンベラ号の船員さんに「ハロー!」と叫んだら,手を振ってくれた.客船の外国定期航路があった時代である.
明治のむかしのころの大桟橋を描いた絵が,桟橋の入口にある.
よくみると,いまと機能面での違いはないから,そんなものである.

わたしが通った小学校は高台にあった.
授業中だれかが「ビルが動いている!」と叫んで,先生をふくめ全員が窓に注目すると,横浜駅のデパートがほんとうに動いているようにみえて,教室は騒然となった.
それが,当時世界最大といわれた「クイーンエリザベスⅡ世号」の入港だった.
週末,大桟橋に行った.大きすぎてよくわからない.山下公園からみると,大桟橋がみえなかった.

わが国最大の「護衛艦いずも」は,設計時には将来も問題ないと専門家が太鼓判を押して,完成してすぐに世界最大級の客船がくぐれなくなくなったベイブリッジをくぐってきた.
そういえば,中学生のころ,遠足で横須賀の安針塚をハイキングしたら,高台の公園からちょうど入港中の米空母エンタープライズがよくみえた.

その大きさは,クイーンエリザベスⅡ世号の比ではなかった.
ひとはなぜか巨大なものに興奮する.
たまたま,入港に反対するひとたちが,おなじ公園からシュプレヒコールをあげていたが,われわれの歓声にいらだちを隠せなかったらしく,「君たち,ちがうだろう.かっこいいものではない!」と言ってきたのを思いだす.
興奮した子どもが集団で,「かっこいいものはかっこいい!」と言い返したのは言うまでもない.

すると,このおとなのなかの数人が,「たしかにこうしてみるとかっこいいなぁ」といったから,内輪もめがはじまった.
そのあと,どうなったかはしらない.
冷酷な子どもの集団は,注意してきたおとなに冷笑をあびせて立ち去ったからだ.

きっといるだろうと期待したら,JR関内駅で「空母入港反対!」というひとたちがいた.
「いずも」は,ヘリコプター空母だろうから,省略すれば「空母」になるが,表現としていかがなものか?
また,垂直離着戦闘機対応のための改造反対!とかも言っていた.

1時間待ちで,いずもに乗艦すると,その小ささに驚いた.
床は滑り止めのゴムのような特殊な塗料が塗られていたから,このままなら素人でも垂直離着戦闘機はムリだとおもう.ジェットエンジンの噴射で溶けてしまうだろう.
それなら,どんな改造で可能になるのか?
格納方法だけでなく,運用は?

海上自衛官候補募集のテントには,若者たちが座って説明をきいていた.
おそらく,少子化という問題は,すでに「定員」にたいしても深刻な影響をあたえているのだろう.
これは,「人口問題」だから,若年層の人手不足,として容赦なく,すべての職業にあてはまるから例外はない.

つまり,若者の争奪戦は,完全ゼロサム・ゲームである.
決められた数しかいないから,だれかが採用すれば,だれかが採用できない.
「官」だろうが「民」だろうが,総力をあげての争奪戦となる.
新人が入らない組織は,なくなるしかない.

自衛官とてその例外にないのだ.
だから,これまで以上に,市民に愛される自衛隊を強調した活動がさかんになるにちがいない.
今回の,横浜港入港も,その活動のひとつだろう.

出港は,本日6月3日午前10時である.
おそらく,行き先は横須賀だろうから,東京湾にいることに変わりはない.

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