いまどきの「ちらりズム」

11日、参政党は結党以来3度目の「記者会見」をした。
その模様は、動画になって当日のうちにアップされている。
それで、どんなふうに報道されているかをチェックしてみたら、みごとな「ちらりズム」なのだ。

「会見」で最初に質問したのは、NHKの記者だった。
次がフリーランス。
朝日、毎日も質問している。

これら、一般に「報道機関」といわれているところが、「編集方針」をもって、ニュースの時間内に入れるかとか、どうやって紙面に記事を詰め込むかとか、という工夫や努力を「やめた」のは、ネットの影響だと思われる。

つまり、どうせネットで配信されるなら、自分たちの満足いく編集方針を貫いて、ネットを情報源としないひとたちへの「宣伝機関」に特化することを選んだと、かんがえることができるからである。

だから、ネットを情報源とするひとたちは、これを著しい堕落だと感づくけれども、ネットを情報源としないひとたちは、これに気づくことなく、「永遠なる情報源」として生きている。

ならば、「宣伝機関」となる選択肢とは、経営努力として「負け犬」を目指す、という無様になるのがふつうだけれども、そうはならないのはなぜなのか?

「組織目標」としての、暗黙の合意あるいは了解があるからだとしかかんがえられない。

「民間」(社団法人)だった、「日本放送協会」が、「実質的国営」(公共放送)になったのは、昭和25年制定の「放送法・第三章:日本放送協会」による。
つまり、「占領期」のことなのだ。

「新聞」に関していえば、戦前・戦中から「検閲」はあった。
これを主管していたのは、キング・オブ・官庁といわれた「内務省」であって、「放送」は、逓信省が管轄したことになっている。

しかし、役人という者の生態は、いまもむかしも、「出向」という手段をもって「人事異動」し、あたかも別の組織に入り込んで、それが、「縦割り」に見えるようにしている。
そうやって、責任も回避するのである。

もちろん、「帝国陸軍」も「海軍」も、広い意味では「国家公務員」だから、「人事異動」をもってするのは、当然なのである。

ただし、「軍」においては、「作戦」をもっぱらとする「(陸軍)参謀本部」、「(海軍)軍令部」とに分かれていて、「軍政(予算と人事)」をもっぱらとする「陸軍省」、「海軍省」とに分かれていた。

こうした「軍隊組織」は、あんがいと「世界共通」なので、とくに帝国陸・海軍に変わったことはない。
むしろ、「先進的」だったのは、イギリス軍で、1942年(昭和17年)にできたアメリカ軍との、「連合参謀本部」に、アメリカ側がついていけなかった。

それで、アメリカ軍は戦後の1947年(昭和22年)に、各軍(陸・海・空・海兵隊・州兵)を統括する「統合参謀本部」を創設している。
「冷戦」への対応、という「表向き」に対して、「日本占領完遂」の「裏向き」も、日本人ならかんがえていい。

なぜならば、GHQの中核である日本を占領中のアメリカ軍も、「統合」されたからだ。
そして、戦争犯罪の「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム:War Guilt Information Program」をやったのはGHQだった。

つまり、実質、GHQは、「統合参謀本部」から「やらされた」のである。

さらにいえば、1947年当時のアメリカは、トルーマン民主党政権(~1953年)だった。
実質的な、ルーズベルト政権(1933年~)で、なんと20年間も続いたのである。

結局のところ、わが国も占領中の公職追放を含めて、GHQの意向に沿った人物たちの「国家的、強制人事異動」によって、あらゆる職業分野でアメリカ民主党に乗っ取られたのである。

そのアメリカ民主党は、スターリンに追われたトロツキーによって乗っ取られていたから、壮大な「入れ子状態」の中に、わが国も押し込まれたことになる。

すると、ネットの普及による影響で、いよいよ「仕込まれていた本性」を「解放」しているのが、いまの「報道機関:宣伝機関」なのである。

よって、その「ミッション」とは、国民の分断だ。

だから、国民を統合しようとする「ナショナリズム」は、「敵」となる。
それでもって、トランプ氏を大統領から引きずりおろした。
これはもはや、「クーデター」だったといえる。

フランスのルペン氏は、落選に成功したが、フランス人の4割がルペン氏を支持した事実は消えない。

つぎに、いま、ロシアのプーチン氏が狙われている。
あくなき一方的ロシア批判は、狂人説や癌にまで流布の対象にした。
これに、戦後初めて、わが国も「敵国」になるまで「協調」をしたけど、内閣の一存で「戦争当事国」になってしまったのである。

このミッションに、「失敗」し、グローバリストが「完敗」したのが、ジョージ・ソロス氏の母国、ハンガリーの総選挙だった。
しかし、誰もハンガリーのことをいわない。

この「流れ」でみると、わが国の「参議院選挙」における、ナショナリズムの参政党が、どんな「扱い」を受けるのか?は、容易に想像できて、その通りの状況になっているから、「馬脚を露わす」間抜けな状態になったのである。

その間抜けさが、「ちらり」とした記事になっている。

スカートが風でまくれて、一瞬だけパンツが見える状態なのだ。
戦後のひとは、パンツが見えてよろこんだけど、パンツをはいていなかった戦前のひとは、「がっかり」したのである。

いまようの女子高生は、「見せパン」をはいているから、「二重防御」を実践している。
もはや、「宣伝機関」は、女子高生にアドバイスを受けたほうがよさそうだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください