アメリカ連邦最高裁判決の大忙し

先月30日、アメリカ合衆国連邦最高裁判は、「LGBT」に関して、デザイナーが訴えていた、宗教的信条を理由に同性婚カップル向けのウェブサイト制作を拒否することを支持する判決をだした。

自由を妨げられない、ということである。

その前日には、アメリカの大学が採用し始めた、「アファーマティブアクション」という、黒人差別をなくすために、白人とアジア系を差別して差し支えない、という、差別を差別で打ち消すという方法についても、「違憲」判決をだしている。

さらに、バイデン政権が中間選挙の公約に突如掲げた、「学生ローン免除」に関しても、大統領(行政府)にはその権限がない、とした判決を下した。
つまり、たとえ大統領がやると主張しても、「50兆円規模」になる予算がないから議会(下院)で予算をつけろ、ということだ。

3人の判事は、「やれる」というけど、それはもう絶対王権を大統領に付与するはなし同然だ。

いまや、アメリカ左翼の牙城となった大学にとって、痛い、判決になったのではあるけれど、日本の戦後の昭和の時代によく似ているから、なんだか懐かしさまであるのがいまのアメリカの大学なのだ。

民主党支持者でなければ、大学(教師や研究者、あるいは、経営者)にはいられないとは、なんとも、『平家物語』のようでもあるが、日本にやったGHQの施策が大ブーメランになって本国で炸裂しているともいえる意味での「懐かしさ」なのである。

これをアイビーリーグやらの、いわゆる「名門大学」でやっているから、これら有名校の卒業生をうたうやからを素直に信じてはいけない。
わかったようなものいいで、じつは自分が差別主義者であることにも気づかない刷りこみをされている可能性があるからだ。

こうした、自覚なき被害者をどうやって救済するのか?についての議論は皆無なのが現代の悲惨である。

さてそれで、アメリカ連邦最高裁判所の判決は、9人の判事による多数決で決まる。
いまは、共和党の大統領が指名した6人と、民主党の大統領が指名した3人という構成になっていて、上記3つの判決はぜんぶ、6対3で決まっている。

なお、各判事は「意見書」を書いて、立場を表明するのがしきたりになっているけど、民主党系の判事のあまりの無茶苦茶に、共和党系判事が逆ギレして、容赦のないメッタ斬りを示したのも話題になった。

端的に書けば、「法理論に根拠をおく意見書ではなくて、活動家が書くアジテーションだ」と。

こないだ、なにかに取り憑かれたように日本の国会を通過した、いわゆる「LGBT理解促進法」は、はやくも先月23日に施行されているけど、まさか一週間もしないで、宗主国で「違憲判決」がでるとは!と嘆くのではなくて、アメリカで違憲判決が出そうだから大忙しの大急ぎで法制化させたのではないのか?と疑うのだ。

施行されたから、銭湯で「自称女性の身体は男性」をどうするのか?も、ちゃんと「通達」を出していて、「入っちゃダメ」にしているけど、こんなものにいちいち国家が「通達」を出すことが、もうどうかしているのである。

しかしながら、自公政権は、この「恥」に、どう落とし前をつけるのか?という国内問題は、そのまま次期衆議院選挙での争点になるべきものだが、例によって争点にするのは、参政党しかないのだろう。

それにしても、20年大統領選挙におけるトランプ氏側からの提訴を、ことごとく門前払いにして逃げまくった連邦最高裁判所が、どうしたのか?とかんがえるべきなのだろう。

かんたんにいえば、ときどきの政治状況に「日和っている」(=勝ち馬に乗る)からこその、6対3なのだ。

とうとう、連邦最高裁判所までもが、バイデン政権を、「レームダック」だと認定した。

なので、わが国の首相官邸やら、最高裁判所やらは、いまごろになって、おおあらわなのではないか?
それでも、バイデン氏が平然としていて、ときに、息子ハンター氏との汚職の質問にも、薄笑いを浮かべるほどの余裕をみせるのは、たんにボケたのか?あるいは、また、再び8100万票を取れると確信しているかのどちらかだ。

けれども、最高裁判所が態度を決めたことを、民主党は過小評価しているとおもわれる。

それでなくとも、連邦政府高級官僚が、あいついで辞任して、転職ラッシュもはじまっているのだ。
こんどは、『カチカチ山』の、泥船から逃げ出すの「巻」になってきている。

これでほんとうに逃げ切れるのかはしらないが、追っ手である連邦下院共和党には勢いが出てきたし、民主党の邪悪な陰謀による結束ではなくて、明らかに不正をただすという明るい動機があるのだ。

そんなわけで、日和って生きてきたひとたちの大集団が、これまでと逆の方向に動き始めている。

アメリカでは「地滑り」といわれようが、それは世界や日本には、「地殻変動」になりえる衝撃なのだ。

「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ」と、東京は皇居の周辺で、自称エリートたちが、大忙しの夏となったのである。

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