中央構造線をみてきた

長野県南部の大鹿村にある、村立の『中央構造線博物館』は、知的好奇心にあふれたひとがやってくる場所のひとつにちがいない。
たまたま同時間をすごした見学者は、石川県の金沢と群馬県からのひとだった。

大鹿村を縦断して南下する、「国道152号線」は、「酷道」としても有名だったが、ちょうど中央構造線が露呈している「安康露呈」で通行止めとなって、ここから南下して静岡県浜松市に至るルートは寸断されたままになっている。

この道は、南アルプスの西側を走るけど、まさに中央構造線上にある。
なので、北に向かって山を登ると、途中の「ゼロ磁場」で有名な「分杭峠(ぶんぐいとうげ):標高1424m」手前に「北川露頭」もある。

「分杭峠」がゼロ磁場なのは、中央構造線を形成している大断層が強烈な力で押し合いながら横ずれしているために発生したのだろう。
つまり、「電子のスピン方向」が一致してできる「磁場」がないのは、電子レベルでスピン方向がバラバラになった証拠だ。

あらためて「中央構造線」とは、日本列島の「構造」が激変している巨大な「大断層」が線上に連なっている地球規模でも珍しい部分を指す。
つまり、「地質の境界線」なのだ。

中央構造線を境に、旧大陸(ユーラシア大陸の端)と、太平洋プレートやフィリピン海プレートが沈み込むときに、大陸側のエッジで削り取ったプレート上にあった土砂や岩石が盛り上がって、新しい地面を造った部分とに分かれているのである。

おなじ「地面」に見えて、実はぜんぜん「素性」も「組成」もちがうのが、地下深くおよそ30キロメートル下から別れているのである。

その境目は「谷」になっているので、雨水が青木川となって、国道152号線が、ほぼそれにあたっている。
すると、南アルプスはこの線より南の太平洋側になるから、プレートの上にあった部分が隆起してできている山地で、中央アルプス、北アルプスとは組成がちがう。

逆に、北側のは、硬い大陸の岩石(主に花崗岩:墓石でいう「御影石」)でできている。
それで、この「露頭」の河原には、両方の岩石が混じってころがっている。

青木川には、採石場もあるし、下流の「小柴川」に名前を変えた小柴ダムの上流部では、ダムに溜まった土砂を除く、端からみたら「涙ぐましい」努力が延々とされている。

さらに、青木川を横断するトンネル工事は、リニア新幹線のものなので、とにかくダンプカーがよく走っている地域なのである。
もちろん、トンネル工事によって排出される岩石も、その「捨て場」が決まっていないとのことで、河原の横に仮設の用地が用意されていた。

また、南アルプス側には、「鹿塩温泉」があって、「塩畑」まであった。
塩化ナトリウムが豊富だけど、よくあるマグネシウムが少ないという特徴から、よく温まり、苦味がない塩として「幻の塩」といわれている。

これも、中央構造線付近という場所柄らしく、おそらく海洋プレートが沈み込むときに、海水を含んだ岩石が強烈な圧力で搾られて出てきた「水」に、どういうわけかわからないけど、マグネシウムを地下に置いてきて、塩化ナトリウムを主に含んだ水になっているらしい。

なので、このあたりの地下には、置き去りにされた大量のマグネシウムが眠っているはずである。

村立の「中央構造線博物館」展示室にある、立体パノラマ模型は、30年前の開館時に製作されたというけれど、ボタン一つで周辺を点滅させるだけでなく、大胆にも南アルプスから日本海側の「断面」も、ちゃんと「沈下」させて表現してくれる優れものなのである。

それはまるで、ケーキのスポンジとクリームの断面のようでもあるし、ガラス瓶でつくる砂模様のようでもある。

その「露頭」に元博物館学芸員でいまは博物館顧問の河本和朗氏に案内をお願いして行ってみたら、昨年の台風で流された状態そのままの、素人には一見してもわからない場所だった。

しかし、丁寧な説明で対岸の露頭とこちら側が「おなじ」なことを確認したら、この「岩石がつくる模様」が、地下深くまでつながっているばかりか、1000キロメートルに及ぶ長大な「境界線」だとわかると、地球活動の人智を超えたダイナミックさがわかるのである。

そして、「それ」を触ってみれば、粉々に砕けた状態である。
圧力とズレの摩擦力で、岩石が砕けたのである。
よって、トンネル工事でよく聞く、高難易度と緊張の「破砕帯」の大親分がこの地下にある。

河原だからといって、石を拾うことは許されない。
ここは、立派な「天然記念物」だからである。

あと4、50mも下ったら、ご自由に、と教えられた。
その場所は、今度は日本海側になるので、ぜんぜん岩の形も表情もちがう。
数トンもありそうな平らな巨石が横たわっていたけれど、それは、奈良県明日香村にある「石舞台」とおなじ組成のものだという。

じっさいに、石舞台の「材料」は、あんがいと「近場」から移動させたらしい。
ただし、近距離でもどうやって?は残る疑問だ。
とはいえ、この山中と明日香村は、おなじ構造の地面なのである。

関東では、筑波山がそれにあたる。
それにしても、もっと不思議なのは、中央構造線上には、わが国を代表する「神社」があるのだ。

茨城県:鹿島神宮、千葉県:香取神宮、埼玉県:氷川神社、長野県:諏訪大社(上社)、愛知県:豊川稲荷、三重県:伊勢神宮(外宮)、徳島県:剣山、愛媛県:石鎚山、宮崎県:高千穂。

古代日本人の自然観察力が優れていた、としかおもえない。

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