凄腕の時計修理専門店

街の電気屋さんすら珍しくなってきたけど、時計屋さんもおなじく珍しい。
どちらも、量販店という形態に、価格で勝負が立ちいかなくなってしまった個人事業の悲哀がある。

近所の商店街には、二軒の老舗があって、どちらも時計、眼鏡、宝飾品をあつかっていた。
そのうちの一軒が、中学から眼鏡をかけることになったわたしにとっては、人生初の眼鏡やサングラスでお世話になった。

度付きサングラスが欲しくなったのは、大学生のときのエジプト旅行で、砂漠を旅する計画を立てていたからである。
先生や先輩に、砂漠ではスキー場でサングラス抜きで過ごすこととおなじほどの乱反射があるから、目に危険だといわれたのである。

それで、眼鏡屋さんは「これなら」というレンズを入れてくれた。
おかげで、たすかった。
ただ色が濃いレンズなのではなく、いまでいう「UVカット」に力点があるものだった。

社会人になって、結婚してからも夫婦でお世話になったけど、商店街の衰退とともに、二代目のご主人が決心して東京に移転してしまった。
ちなみに当時、初代もご健在で、こちらは時計職人だった。

クオーツ全盛時代だったので、機械式の時計に興味は薄かった。
いまから想うと、初代が勧める機械式の腕時計を一本でも持っていたら、人生の記念になったやもしれぬ。
当時のサングラスも、フレームはまだしっかりしていて、保存してある。そうかんがえると、ただの消耗品ではない。

携帯電話を携帯していれば、いつでも時間をしることができるようになって、腕時計をする必要性が薄くはなったけど、サラリーマンにはそれなりの効果があるグッズではある。

長引く打ち合わせのとき、ふと腕をみる仕草で相手が察してくれる。
さすがに、携帯の画面をタッチするわけにはいかない。
それに、「センス」をみられていることもある。
何気ないときに、人事部長から「いい時計しているね」といわれたときには「へぇー」とおもった。観察されていると気がついたからである。

「安物ですよ」と照れたら、「値段じゃない」と即答されたのは、本人が時計好きだったからかもしれない。
「どこで買ったの?」が追い討ちをかけたが、「量販店ですよ」というと、「それを選んだんだぁ」と感心していわれた。

外資の投資銀行に転職したら、当社のバンカーとしてうんぬんと上司からいわれたことがあった。
なんのことだか最初はわからなかったが、どうやらわたしの国産クオーツが気に入らないらしいことに気がついた。

そういう価値観もあるのだとおもったけれど、「信用」ということと掛けていた。
「ステイタス」を誇示するのとはちょっとちがう。

それで、機械式の時計を手にいれたのである。
購入したのは、やっぱりいまはもうない横浜の老舗だった。
けた数がちがう「逸品」も紹介されたが、お手軽で堅牢がいい。

なんだかんだと「スイスメイド」に落ち着いた。
時間をおいて、この店からはとうとう全部で三本の時計を購入した。
しかも、どれもおなじメーカーのものになったのは、自分で気に入っていたからだ。

一本目は、「レギュレーター」といわれる、時針、分針、秒針がそれぞれ独立しているもので、「手巻き式」である。カレンダーもない。
かつて、時計職人が制作中の時計の時間合わせにつかったという。
時間を読むには、ちょっとした慣れがいるけど、直径44ミリという巨大さが見やすいのだ。

二本目は、「クロノグラフ」つまり、ストップウォッチにもなる時計で、通常時には秒針が12時で固定されているから、動いているのか止まっているのかを確かめるには、裏面のスケルトン機構を見るか、分針が動いているかをチェックする必要がある。

ストップウォッチ機能では、秒針と独立した30分計と12時間計とが連動するので、何時間でも計れるのが「特徴」だ。
なんのことはないような機能だが、二大国産メーカーの「クロノグラフ」は「1時間まで」しか計れないのだ。
それで、講演のときに重宝している。

三本目は、「パイロットウオッチ」。
文字どおり飛行機のパイロット用につくられた、視認性が抜群の時計である。
老眼になって実感する、うれしいデザインなのである。

これらが、なぜかほぼ同時に動かなくなったので、しばらく放置していた。

さいきん、想い出ある古い時計を治してもらったと自慢するひとに紹介を受けて、神奈川県平塚市にある、「修理専門店」に行ってきた。
お店は電車沿いにあって、想像通り小さな作業場で、そこには年配のご主人がひとりで作業をしていた。

一瞬、声をかけるのも憚れる、集中していることを背中で語っていたが、おもむろに振り向いて、持ちこんだ時計を見てくれた。
片目に「キズミ」と呼ばれるレンズをはめて駆動機構をしきりにのぞき込んでいる。「ふんふん、あぁ、オメガに似ている」とつぶやきながら、刻印を確認し「やっぱりスイス製だ」と納得している。

なんだか、わたしの頭の中のレントゲンをみられた感じがした。

レギュレーターは、竜頭機構の説明絵図を探してみせてくれて、ここがダメになったとおもう、という。「国内で購入したの?」という質問に、そうだというと、ならば治せるかも、と。
修理費見積もりのためにお預かりになった。

その他は、あっと言う間に「治って」しまった。
なにをしたのだろう?
作業台が背中で見えない。
「こわれてないよ」と手渡してくれたとき、ちゃんと動いていた。

じぶんの技術力と集中力だけで商売をやっている。

「尊敬しかない」という言葉があたまに浮かんだ。

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