参政党は勝ったのか負けたのか

「国民政党」を名乗る政党はあっても、定義的に「近代国民政党」といえるのは、わが国では唯一「参政党」しかない。

結党は2020年4月だから、わが国の「政治史」に登場して、まだわずかな日数しかないけれど、確実にわが国の「政治史」に刻まれることはまちがいない。
それは、当然に「初の国民政党」の歴史になるからである。

結党以前からウオッチをしてきた。
「政党DIY」と銘打ったユーチューブ番組が登録されたのが、2019年4月18日である。

日曜大工の「DIY」が用いられているのは、「投票したい政党がないなら、自分たちでゼロからつくる」という意味である。

設立メンバーは、この度の参議院選挙で当選した、神谷宗幣氏、看板にはニュース系ユーチューバーで当時のトップ・ランナーだったKAZUYA氏、そしてブレインとして、新進気鋭の政治学者、渡瀬裕哉氏の3人だった。

のちに、元衆議院議員で大蔵官僚だった松田学氏と、共産党を追われてユーチューバーとして深い報道で名を挙げていた篠原常一郎氏らが、「ボードメンバー」に加わって5人体制となり、結党に至ったのだった。

つまり、この「党」は、トップ全員が、ユーチューバーだという特徴があった。

しかし、結党した年のアメリカ大統領選挙が、この党をまさかの空中分解の危機に追い込んだ。
「不正選挙の有無」が、「陰謀論」と結びついて、反発した渡瀬氏とKAZUYA氏が離脱したのだった。

それと、選挙をしないで「勉強会」ばかりをやっている「政党」として、党費と勉強会費を徴収されてばかりいる党員たちが離脱したという。
神谷氏の「構想」には、将来の「政治家を育てる」ということが譲れない一線だったからであろう。

その「政治家」のイメージが、通常の日本人が政治家に抱くイメージとまるでちがう。
従来型の、「政治屋」を完全否定しているからこその「育成」に拘ったことが、おいそれと理解されなかったとおもわれる。

しかし、「政党」なのに、「選挙にでない」というのでは、たしかに本末転倒だ。
そこで、ターゲットを「2022年の参議院」通常選挙に絞り込む。

これには「当選確率」という読みと戦略があった。

議席ゼロ、実績ゼロの政党を、この国では「政治団体」とか「諸派」と呼んで、「政党=国政政党:公職選挙法での政党要件を満たす」がないと、いっちょまえには扱ってくれない「しきたり」があることを熟知しているからである。

そんな「諸派」が、いきなり選挙に打って出て、議席を獲得することは、事実上不可能なのが、わが国の「政治体制」になっている。
しかし、唯一、衆議院議員総選挙にはなくて、参議院通常選挙にはある「制度」が、「全国比例区」なのである。

このばあい、1議席100万票という法則がある。

それと、より当選ハードルが高くなる(激戦区)地方区での獲得票も、全国比例に「加算集計される」から、それなりの選挙区で立候補者を立てれば、100万票に近づけることができるという「算段」なのである。
つまり、「捨て駒」だ。

もっとも高いハードルは、選挙資金をどうやって集めるのか?にある。
街宣車、選挙ポスター、選挙事務所の家賃など、ぜんぶにカネがかかるのだ。
それではじめたのが、募金集めの街頭演説だった。

そして、はじめは20人だった聴衆が、その「骨太」で「真っ正面」からの主張に呼応して、とうとう選挙戦最終日の最終演説には、1万人を超える聴衆が集まった。

なお、党員数も当初の8000人が、終盤には10倍の8万人を超えていたけれど、その増え方は1日あたり千人から2千人に加速していた。
目標は、当面10万人で、理想は1000万人だという。
「国民政党」としては、当然の目標党員数で「異常」ではない。

終盤になって、マスコミが予想した「1~2名当選」の話に期待はふくらみ、5人全員に国会へいってもらうことへとエスカレートした。

結果的に、やや喪失感がある、神谷氏1人の当選となったのである。

そこで、大戦略を立てていた神谷氏による「反省」の演説が、11日、いつもの新橋駅SL広場にやってきた300人を前にしてあった。
「全国比例しかない」という作戦を、途中で練り直すべきだったかもしれない、と。

しかし、3億円も集まれば「御の字」で、地方に30人を立てられるとしていた「当初計画」が狂いだしたのは、45地方区全部に候補者が立てられる5億円が集まったことであった。
それで、じっさいに「全45区」に立候補者を出したのだった。

それが結果的に、どうなったかをかんがえれたら「きり」がない。

ただし、初の国政選挙で議席を獲得したのは、確かに「快挙」なのである。
しかも、「得票率2%以上の政党要件を満たす」3%以上となった。
この意味では、まちがいなく「勝利」である。

そして、「予定どおり」地方区は「全滅」した。

しかしだからといって、「無駄死に」ではない。
地方の有権者ほど、初の国民政党への一票が「思い通りにならなかった」ことの「痛み」をしったのである。
またそれが、これからはじまる「政権党の悪政」による「痛み」に変わる。

そうやって、痛みの連鎖が、みえないネットワークをつくるはずだ。

次のターゲットは、来年の統一地方選挙だと早くも明言し、数百人の候補者を出すと予告している。
今度は、「選挙慣れ」した地方の党員が、自ら手を挙げて候補になるだろう。

国会ではたった一人の戦いを見せつつ、組織は拡大して止まらないにちがいない。
この「足腰」の強靱さが、他の少数党との決定的なちがいなのであって、それこそが唯一の「近代国民政党」たる理由なのである。

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