地元貢献のない駅ビル

副業ができなかった国鉄時代から,なんでもできる「民営化」で,いまさらながらどこにでもおなじ「駅ビル」がつくられた.
「どうやって乗車してもらうのか?」に汲汲とした「国鉄」は,「ディスカバー・ジャパン」とめいうって,さまざまな取り組みでもがいていた.

山口百恵の「いい日旅立ち」のヒットもあって,「旅の情緒」を発信していたのが懐かしい.
これに乗じて,サントリーがウィスキーのポケット瓶と古い車両の夜行列車での「旅」をイメージしてつくったCMは,いつか大人になったらやってみたいと思わせたが,肝心の「夜行列車」がなくなった.

鉄道会社の本質はかわらないから,いまでも「どうやって乗車してもらうのか?」はテーマにちがいないが,どこで近代を「勘違い」したのか,ガラスとコンクリートのキラキラ駅舎と駅ビルを金太郎アメのように量産したから,駅頭に降りたっての「旅の情緒」は皆無になった.だから,駅舎を背景に,記念写真をとるひとがいない.建築として,無価値ということでもある.

これには,地元自治体の責任もある.
「駅舎」や「駅ビル」は,地元の顔そのものである.
その「顔」をどうするのかの哲学が,どちらさまにも一貫して「ない」という証明になっている.
あるのは,「東京のコピー」だから,それで識られる発想は,全国一律均等なる発展,という日本列島改造論そのものである.これを「哲学」といいたければそれもよしだが,浅すぎないか?

つまり,圧倒的な「おらが街」の主張がないから,旅人は不満なのだ.
「ついに来たー!」という気分がしない.
その土地の,歴史や風土や風習が感じられるデザインとはなにか?
まったくの研究不足といえるのではないか?

見た目の問題だけではない.
「駅ビル」だから,なかには「商店」や「飲食店」が入店する.
それも,金太郎アメになった.
どの駅で降りても,おなじ店.

JRは,鉄道会社という本業を捨てて,いつのまにか不動産会社になってしまった.
儲かればよい.
たしかに,国民からすれば,適度に儲けてもらって,国鉄清算に貢献してもらわないとこまる.
しかし,彼らの経営思想に,ほんとうに上記の「貢献」が念頭にあるのだろうか?
ただ,儲かればよいになっていないか?

もちろん,かつての「分割」には問題があるのは承知している.
本州の三社はまだしも,北海道で一社,四国で一社,九州で一社は,どうしたことか?
その九州が,鉄道会社としての意地をみせてはいるものの,北海道と四国はたいへんである.
それに,本州だって,普通列車で旅をしようとすると,「東」会社と「東海」会社が,利用者を無視したダイヤを組んで,両社をまたぐのが厄介なのだ.「会社がちがうから」とは,なんという愚かさか.

「駅ビル」への入店は,地元の商店に声かけがあるのは識られたことだ.
問題は,このときの駅ビルの規模と,地元商店街の将来像との関係だ.
資本に乏しい地元商店は,駅前商店街と駅ビルという近接二カ所での経営に耐えられるのか?
まずは「需要」である.つぎに「コスト」である.そして,ボディブローとなるのが「他店舗経営ノウハウ」の有無である.

この「他店舗経営ノウハウ」がないのは当然である.
街道筋の時代から,多店舗化などまずやったことがないだろう.
むしろ,宿場町の街道筋から外れたところに「駅」ができたことから,「移転」の経験だけはあるというところがおおいのではないか?

その駅前商店街に移転してきて,昭和の繁栄から衰退したいま,数百メートルもない近接の駅ビルに「出店」しても,売上が倍になるわけではないだろう.
こうして,地元最高立地のピカピカ駅ビルに入店した,地元老舗が力尽きるのである.
哲学がないばかりか,商売をしたことがない地元の役所は,駅ビルに入店すれば繁栄するはずだとしかかんがえられない.

このようにして,空いた店舗を鉄道会社は不動産業として全国チェーンに入店をうながすから,地元の駅ビルに地元の商店はなくなり,ついでに駅前商店街にもシャッターが増えるのである.
つまり,駅ビルと駅前商店街は「トレードオフ」の関係にある.
どちらかが栄えれば,どちらかが衰退する.

だから,役所が都市計画として,ピカピカな駅ビルを誘致するなら,駅前商店街を放棄するほどの覚悟がいるのだ.しかし,そんな覚悟はできっこない.
地元の購買力は,一定であるのにだ.
だから,駅ビルをつくりながら,商店街には補助金をばらまく政策でごまかすこととする.

店側は,そんな役所は頼りにならないのだから,かつての創業地,宿場街の街道筋から駅前商店街に移転したごとく,駅ビルに移転するという選択肢を検討するのが筋である.
ただし,地元の人口減少予測をみてからのはなしである.

このように,駅ビルは,中小都市の顔として,あんがい地元に貢献していないものなのだ.
だから,都市計画で,駅ビルを作らせない,という手もある.
こうした街の駅前商店街は,当然元気だし魅力がある.

適度な購買客がいれば,商店街も魅力をだせる力を得るが,この逆はない.
適度な購買客が減少すれば,商店街も魅力を失う.
新商品の品揃えのための資力がなくなるからだ.

ぼちぼちと「買い物難民」が中小都市で発生している.
大資本の店舗が,売上効率の低下をもって撤退するからだ.
そして、店舗跡地は廃墟になる可能性もある.
駅前商店街の出番はあるのだが,駅ビルが邪魔をしている.

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