天気と冬の水羊羹

お彼岸の「春の嵐」がようやく過ぎた。
20日土曜の「中日」にお墓参りにいったひとは、ほっとしていることだろう。
あるいは、「天気予報があたった」と。

いい悪いの議論をやってもいいと思うことのひとつに、天気を国家が独占することを決めた、『気象業務法』(昭和27年8月1日)がある。
わが国が独立したのは、同年4月28日だから、独立後にできた法律である。

しかも、「附則」をみると、7月31日に2本出ていて、1本目が「公社法の施行の日から施行する」とあって、同日2本目に、翌日の「8月1日から施行する」となっている。
気象業務は「公社」扱いで「専売」を意図したのかもしれない。

ついでにいえば、ゴールデンウィークに「独立記念日」を入れない理由もしりたい。

昨年9月の巨大台風10号の「予報」にあたって、ネットではアメリカ(ハワイ太平洋軍)とヨーロッパの気象情報を訳して、衛星写真付きでつぶやいたひとに、「気象業務法違反?」の「返し」があって、台風そっちのけで大議論が巻き起こったものだ。

おもしろいことには、この法律に疑問を呈するニュース記事が、なんとあの「NHK」がだしている。
しかも、「WEB特集」という形態なので、ネットブラウザで検索しないとでてこない。

放送局が放送しないで、記事としてだす不思議。

気象庁やら日本気象協会に忖度したのだろうか?
それで、東大とJAXAが開発した「洪水予報」を、気象庁が「許可しない」ことを報じている。
この理由がまた、論理破たんをしているけれど、東大でも理系は文系卒業者にかなわないことをおしえてくれる、「好例」になっている。

そういえば、小学生が難関という「気象予報士」に合格したという、明るいニュースがあったけど、本人が予報をするときに、おとなの世の中の理不尽にあたること確実だから、おじさんとしてはなんだか哀しくもある。

気象予報士が予報していい「範囲」が、この「業法」でさだめられているからである。
それらの規制は、ほとんどが70年前基準なのである。
そんなわけで、ちゃんとした気象情報は、アメリカ軍が発表するものがいちばん正確なのである。

さてそれで、すっかり、空気もゆるんで春の気分になってきた。

季節の贈り物によく選ばれた「水羊羹」は、お中元の定番でもあった。
つめたく冷やして食べるので、夏向けの贈答品になったのだろう。

すると、冷蔵庫が普及しないと冷やせないから、あんがい最近の「常識」なのだ。
それに、缶切りを必要としない、パカッと開けるちいさな「缶詰」が、いっそう贅沢さをあらわしていた。

かつて来日した外国人が驚いたことの定番に、どこにでもある自動販売機とそこにある、ちいさな「缶コーヒー」(かれらは「コーヒーの缶詰」といっている)がよく指摘されていた。
そうなのだ、ほんのちょっとで食べきったり飲みきるものに、わざわざ「缶」をつかう贅沢。

前にも書いた、「丁稚羊羹」は、正月休暇の丁稚さんが故郷に帰省するときに、店の女将さんがよこしてくれた、ボーナス代わりのひと品だった。
いまでも、練り羊羹が高級品なのは、小豆と砂糖のかたまりだからである。

むかしとちがっていまは、国産小豆のほうがよほど高級になったけれど、むかしはとにもかくにも砂糖が高級だった。
とくにサトウキビからとれる「白砂糖」は、精製して白くなる逸品で、わが国では沖縄の名産だし、北は北海道のてんさい糖がこれにつづく。

どういうわけか、北と南の先端でしかとれないから、貴重だったのである。
もちろん、北海道でとれるようになったのは、開拓使が渡ってからのことであるし、台湾が日本だったときは、台湾の砂糖「台糖(台湾製糖株式会社)」がなんといっても有名だった。

後に三井製糖になって、「スプーン印」はいまも健在だ。
ちなみに、台糖はペニシリン培養技術から、後にファイザーと組んで、1955年に台糖ファイザー社ができて、ファイザーの日本法人となっている。

そんなわけで、国産砂糖の生産は、原材料の生産がないとできないので、高額な「関税」とともにある。
沖縄と北海道の農場を保護する名分で、そうなっている。

色が似ているけれども異なるもの。
それは、チョコレートだ。
さいきんは、「生チョコ」がとにかく高級で、好まれている。
材料はカカオと砂糖、それに乳。

こうしたものが、贅沢だから好まれるのを否定はしない。
でも、どこからやってくるかを、どうしたことか、地球環境や人種差別とかに過敏なひとたちがぜんぜん発言しないのも不思議である。

ここに、ご都合主義の匂いを感じる。

石垣島とか、伊豆でも挑戦がはじまっているのは、国産カカオの栽培である。
いまでも、カカオは西アフリカのガーナを中心に栽培されているけど、それは気候「だけ」が適しているからではない。

人力による管理と収穫が必要だからである。

チョコレートの苦味とは、このひとたちの労苦の味なのである。
西アフリカがどんなところか?
ほんのちょっとでもいいから、かんがえるのがいい。
ガーナのひとはチョコレートを常食しているのか、も。

すると、女将さんからもたされた羊羹を、溶かして薄めて水羊羹にした、かつての日本人の気持ちもわかるのである。

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