家族的経営でなくなった日本企業

「一家を成す」のが、世界から「日本企業」といわれた日本企業の特徴だった。
その「思想」で、あまりにも有名なのは、たとえば、ファスナーの「YKK」があるけども、最初に日本経済を底から支えた「女工」の「絹糸」だって、その「思想」に溢れていた。

たとえば、世界文化遺産で有名な「富岡製糸場」(明治5年:1872年)だって、官営からすぐに三井に払い下げられて、赤字経営から黒字になったけど、外国人医師を雇用して女工の健康を守った。
西の「郡是:グンゼ」は、女学校も建てている。

ところが、第一次大戦による「濡れ手に粟」のごとくの、自助努力なしの欧州からの発注に景気が湧き起こり、さらに重化学工業化という「輸入の産業」で、経営者の頭脳が欧米化した。
これで、「家族的経営」が「絹糸」の分野でも壊れた例が、『近江絹糸「人権争議」はなぜ起きたか』をみるとよくわかる。

ちなみに、社名を「オーミケンシ」に変えたけど、繊維生産から撤退を決めて、とうとう従業員全員を解雇したのは2020年のことだった。
じつは、これで「国産レーヨン」の供給に大打撃となったのだ。
ちょっと前なら、経済分野の「大事件」だ。

戦後の高度成長期にあっても、日本企業とは、日本に本社があって日本人が経営する企業、という「つまらない」意味ではなかった。
しかし、残念ながら多くの日本企業が発展すればするほどに、「只の日本企業」になってしまったようだ。

つまり、日本企業から「日本がとれた」のである。

創業社長たちの「神」のような言動が、時と共に風化して、「お言葉」が「神棚」に祀られるようになった。
かくも「人心」とは、浮き草のごとく揺らめくものなのである。
けれども、神棚に祀っている「だけ」でも、社長たる「祭主」がいる。

日本企業は、この意味でやっぱり「日本的」ではある。

『旧約聖書』にしろ『新約』にしろ、「裏切り」という人間の素性について、繰り返し記述されている。
「モーゼ五書」から、「ユダの裏切り」まで、人心をひとつにすることの困難は、まったく「日本的ではない」のだ。

その「日本的」の、ひとつの頂点が『十七条憲法』にある。
「和を以て貴しとなす」とは、聖書を信仰の対象にするひとたちには、「理解を超える」概念なのである。
彼らは、もっと「強制的な力学」をひつようとする。

とくに、西ローマ教会=ローマ・カソリックでは、分裂した帝国の滅亡によって、教会は国家の庇護を受けることができなくなって、独自の生き残りをしなければならなくなった。
残った東ローマ帝国の東ローマ教会=正教会が、保護されて安穏としたのとは真逆なのである。

オスマン帝国によって、コンスタンチノープルが陥落・東ローマ帝国滅亡の憂き目にあうとき、東ローマ皇帝は西ローマ教会に救援を求めたが、一切これを無視したのも、独自の生き残りを計った側からすれば、「安逸の罰(自業自得)」にみえたろう。

西ローマ教会は、「組織化」をいそいで、法王を頂点の「ヒエラルキー体制を構築」した。
そして、これを「聖職界」としての「宗教権威」にして、「世俗界」の「政治的権力」と分離をはかった。

それでもって、軍事力をもつ「王権」の上位に君臨するという、教会の支配構造を確立した。
ここに、「欧米型組織」のパターンができたのだ。
だから、欧米における近代経営の「常識的・組織論」につながる。

この常識を否定したのが、経営学の祖といわれているのに、わが国ではあんがい無名の、チェスター・バーナードだ。
彼の組織論は、「日本的」なのである。
それが、発表当初(1938年)衝撃的でもあった。

しかし、いまだに「欧米に追いつけ・追い越せ」を「国是」にして、頑固に曲げないから、とにかく「欧米の真似っこ」が「正義」になる。
そこには、いっさいの根拠をひつようとしないから、「猛追」ならぬ「盲追」なのである。

それが、コロナワクチンの「職場接種」になっている。

推進する企業は、国家の政策に盲追している。
まるで、戦時中の「職域奉公」運動の再燃なのである。
けれども、欧米的「悪知恵」がはたらいて、従業員「個人の選択」としている。

「会社は国の意向に従って「推奨」するけど、最終判断は個人です」、とはよくいったものだ。
ようは、「責任を放棄」しているだけである。
後にいる企業弁護士の、一律・組織的アドバイスがみえてくる。

「一家を成す」という思想なら、第一に「推奨する理由」を政府がいっているからではない、企業の責任としての合理的説明がいる。
第二に、「個人の選択」というなら、一家を成す企業としては、「リスクの説明」も従業員に合理的にしないといけない。

この二点は、セットでの説明義務が企業にある。

なによりも、厚生労働省は、「ワクチン接種を推奨」などしていないし、どこにも「安全」とはいっていない。
「ワクチンを打つなら、用意しましたからどうぞ」という態度で一貫している。
なにせ、法的には「治験」なのだ。

「推奨」しているのは、ワクチン担当大臣で、このひとに鞭を打っているのが、首相なのである。
政府も、合理的行動をしてなんかいない。
この「混乱」を、だれも指摘していない。

さて、わが国がいまも「戦時体制」なのは、8日付け日経新聞「職場接種申請、3時間で414件」という記事に「証拠」があがっている。
産業分野と、これを支配する役所の関係が図表になっているのだ。
北朝鮮を嗤えない。

この「表」だけは、永久保存の価値がある。

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