店じまい

「事業承継」が社会問題になっている.
企業は,「ゴーイングコンサーン(継続性の原則)」といわれ,基本的には,「永久」に存続しえるものだ.法的にひとと認める「法人」は,ほんとうの人間(自然人)である「個人」とはちがって,努力すれば「寿命」はつきない.ところが,日本の中小企業は,「後継者不足」という問題につきあたった.

企業30年寿命説はあやしい

企業や製品のライフサイクルを「30年」とする説が流布されて久しいが,わたしはこれを疑っている.
典型的な「例外」は,だれでも識っている「コカ・コーラ」だ.販売されたのは,1887年だから,日本では明治20年のことである.以来,この製品と,この製品をつくる会社の成長は,いちどもとまらず今日にいたっている.もちろん,いまも成長をつづけている.おもな地域はアフリカ大陸になった.
そこで,企業30年説では,面倒な説明をせず,コカ・コーラを「例外」としてあつかうのだ.

世界最古の事業会社は,日本の「金剛組」である.西暦578年,聖徳太子による大阪・四天王寺建立からはじまる.そして,創業数百年という現存企業の数で,日本は世界を圧倒している.
だから,企業30年説は,もっともらしいが穴だらけだ.

資本主義がはじまったのと時代があわない

経済史という範囲ではなく,人類史という範囲に拡大しても,資本主義がはじまったのはつい最近の18世紀のことである.よくある説明のまちがいに,「産業革命」を「資本主義のはじまり」とするものだ.そうではなく,「資本主義がはじまった」から「産業革命」が起きたのである.
発祥地の英国でも,いまにつづく古い会社はある.たとえば,ロンドン中心部の不動産を所有しているのは,ウエストミンスター公爵が所有する管理会社グロブナー社だ.昨年,公爵の急死で,その相続(一兆円をはるかに超える)が話題になった.「家」としては16世紀にさかのぼることができる.

資本主義があまりにも「新しい」ため,「ちょっと古い会社」は,その多くが資本主義発生前からつづいている.

重要なのは「信用」である

「資本主義」の前提には,「自由主義」がある.ここでいう「自由」とは,「自由放任」という意味ではない.「他人から命令されない」という意味だ.つまり,「自分で決める」という「自由」であるから注意がいる.とくに,わが国の言論空間では,「資本主義=自由放任=強欲」という図式が「一般的」になっているが,上述のような欧米の認識とかなりかけはなれている.

たとえば,旧ソ連・東欧社会主義圏では,とくに政治犯に対しての刑罰に,「自由剥奪刑」というものがあった.ここでの「自由」とは,人間がもつ生物としての欲望にかんする「自由」のことだ.すなわち,食欲・排泄欲,睡眠欲,運動・行動欲など,ふつうに生きていれば,本人の「自由」にまかせられるものが,自由でなくなるという「刑罰」である.詳しくは,ノーベル文学賞をとった,ソルジェニーツィンの『収容所群島』をみればよい.

「自由」とは,守備範囲がひろい言葉であるから,たいへんな注意でよみとく努力がいる.
これは,「freedom」と「liberty」の違いがはっきりしている言語をもつひとびとと,このふたつを合体させて「自由」としたことでの認識の差だろう.

さて,資本主義以前からつづく会社だからといって,社内風土に「自由がない」と決めつけることはできない.最近,「ブラック企業」として認定される会社のおおくが,資本主義時代の創業である.だから,資本主義に適応できているか,そうでないかは,企業の古さではなく,経営者のかんがえできまる.これを,「信用」と言いかえることもできる.

だから,事業承継の肝は,信用の承継なのだ.

創業者ひと世代で終わるのか,それともどうするのか?この判断には,自社の「ありかた」という哲学が必要だ.せっかく創業して,そこそこ利益もあげているから,閉じるのはもったいない,というのではなく,どういうすがたが理想なのか?というはなしだ.

企業規模を大きくしたい,とか,自社の特殊技術をもっと広めたい,とか,そのイメージはさまざまだろう.

一方で,取引先はどうだろう?

日本の職人が丹精込めてつくった商品が,世界の職人に愛用されているすがたを,作り手の職人にみせる,という番組がある.「道具」をあつかうこのシリーズは大人気のようだが,不思議な共通点がある.
それは,紹介される職人のおおくが,自分が手がけた商品の行き先にこれまで「興味がなく」,その道具が,その道のプロに使われている場面を「みたことがない」,というのだ.
これは,にわかに信じがたいことだ.プロ仕様の道具をつくる名人たちが,どうやってプロが望む遣い勝手をしっているのか?世界の職人が絶賛するのも,「遣い勝手のよさ」という「品質」である.それで,「これからも末永く,この道具を作りつづけてください」とお願いされる.この道何十年の職人の目頭が熱くなるクライマックス場面だ.

すると,この番組で紹介されることがない,とてつもなくたくさんの工場では,今日も商品の行き先や,使っているすがたをみたことがない,ということになる.

自社が「店じまい」すると,一体どうなるか?をほとんどのひとが認識していないのだ.
どこかの区切りで,この番組のような「旅」をして,自社の位置づけを「利用者目線」から確認することは,きわめて重要なことである.

旅行社による,ツアーの開発があっていい.これを,「パーソナル産業ツアー」と呼びたい.

旅館業でも,店じまいしたらどうなるかをかんがえることは,ふだんをどうする?に直結することだ.だから,店じまいについてかんがえることは,生き残ることに通じる.

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