旅館業後継者は理系が望ましい

「サービス工学」という学問分野がある.
文字どおり,サービスについて「工学」する学問であるから,実務の参考になる.

 

研究者ではなく,実務者としての「経験」をかんがえれば,従来,旅館業の後継者は大手ホテルへ率先して就職したものだ.
ところが,この作戦には落とし穴があって,分業化された大手ホテルでは,配属される部署によっては,将来の経営者としての経験としては不足になってしまうことがある.

もちろん,その大手ホテルすら,「経営者」不足に悩まされているから,社内昇格という日本的システムが十分機能しているとはいえない.
つまり,経営のプロを育てる,という意志と環境が脆弱なのではないかと疑われても仕方ないのが実態であろう.

問題は,修行の場としての就職先を選ぶまえに,「理系」であることが重要ではないかとかんがえる.
すなわち,「工学的」に発想する訓練の有無が,決定的に重要ではないかとおもうからだ.

むかし,生命保険と損害保険の壁が撤廃された直後のころ,巨大な契約をもっている生保に対して,損保のひとたちは畏れをもっていた.
ところが,誤解をおそれずにいえば,その感覚はあっという間に崩壊した.
「相互交流」とかいう流れで,生保のひとは損保を,損保のひとは生保を売る,という業務経験が原因だ.

おなじ「保険」ではあるが,テクニカルな分野での決定的ちがいがある.
それは,損保にある「事故査定」業務である.
いうまでもなく,交通事故や火災での「査定」は,保険金支払いに対しての根拠になる最重要事項である.

簡単にいえば,生保勧誘員の「保険のおばちゃん」に,これができないことが判明したのだ.
くわしくいえば,勉強についてこれないひとがおおかったのは,主婦兼業の限界といわれた.
また,生保のばあい,加入者の健康状態や,保険金支払いにかんしての実際の病状や死因について,医師という専門家がかならずかかわるため,自分で「査定」することはない.

それで,すっかり損保側が生保側をバカにしだしたのだ.
なぜ,いままで,生保と損保には「壁」があったのか?をかんがえると,「保険」という二文字は共通するが,「本質」という二文字がことなっていた.
もちろん,生保の業務が「ちょろい」といいたいのではないので念のため.

外食業界で,イタリアンレストランを全国展開している大手企業は,大卒新入社員の採用にあたって「理系」しか対象にしていない.
「大卒」という学歴のもつ「幹部候補」の意味合いが,はっきりしているから,けっして「兵隊」として社歴を積んでもらおうという意思もないだろう.

つまり,幹部ないしその候補者が,全員「理系」ということの意味をかんがえれば,自社ビジネスモデルの改善をふくめた業務の評価を,日常的に「数字」をつかっておこなっていると予想させるのだ.
そこには,「工学的アプローチ」があるとかんがえるのは自然である.

日本のホテル業界で,本格的に海外進出を果たしているのは,大手高級ホテルでは数社・数カ国という実績状態で,さいきん大手ビジネスホテルが積極的展開をはじめている.
これは,ビジネスモデルが比較的単純なため,「工学的アプローチ」にも余裕があるからだとかんがえられる.

「単純なビジネスモデル」は,重要な要素だ.
広く浅くに対して,狭く深く,が可能になる.
消費者がとっくに「本物志向」になっているから,広く浅くが通じにくくなった.
これが,国内高級ホテル苦戦の原因だとおもう.

従業員の「広く浅く」を,「本物」というキーワードで「狭く深く」させなければならないが,幹部ないしその候補者が,「広く浅く」だったから,なかなか変換ができないのだとかんがえられる.
このブログでも複数回指摘している,個人の価値感と企業組織のあるべき要請が混同されている証拠でもある.

こうした「転換」の困難にあえぐ高級ホテルに,旅館業の後継者を就職させる意味は薄いばかりか,本人の人生目標にたいして時間のムダでもある.
しかし,その前に,高校段階で「理系」を選択する素質がもとめられるという認識が重要だろう.
つまり,中学がことのほか重いということだ.

すると,間に合う間にあわないをこえて,いまの幹部ないしその候補者にたいする「再教育」という点で,「理系的発想」の訓練は必須であることに気づくだろう.
「理系的発想」とは,「ロジカル・シンキング」をいう.

「後継者」からみれば「先代」にあたる,いまの経営者が,自社内に理系的発想の「下地をつくる」ということが,未来の収穫をえるための条件になるのである.

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