日本の「核武装」をかんがえる

「核拡散防止条約」という、へんてこりんな「条約」がある。

この条約は、1967年1月1日時点での核保有国以外は、核武装してはならない、という、超自己中を世界に押しつけたものだ。
ここでいう「核保有国」とは、アメリカ合衆国・ロシア連邦・イギリス、フランス、中華人民共和国の5か国だ。

すなわち、「国連」の、安全保障理事会常任理事国に「限る」ということを、世界が認める、という、「国連世界秩序」をいう。

なお、インド、パキスタン、イスラエル、南スーダンは「未加盟」で、北朝鮮は「離脱」し、国連制裁を受けることになった。
それで、ヨーロッパの「非」核保有国は、安心できないという理由で、「核シェアリング」という方法を考えだして実行したのだった。

つまるところ、核は拡散している。

この条約が、「絵空事」である理由の、きわめて重要なことは、「物理法則」としての、「エントロピー」だ。
「エントロピー(entropy)」とは、熱力学でいう「法則」であって、かならず「拡散」し、絶対に元通りにならない。

これを、「不可逆」という。

たとえば、ひとが住まわなくなった「空き家」の中が、「自然」に「荒れる」のも、エントロピーなのである。
整理整頓されている「状態」とは、かならず人間による「物質移動」をもって達成される。

これができない子供は、おもちゃ箱から取り出したおもちゃを「拡散」することはしても、「元に戻す」ことはしない。
「元に戻す」には、人間の手で行わないといけなくて、決して拡散したおもちゃが、「自然」におもちゃ箱に戻ることはない。

「核」にまつわる、もう一つの「絵空事」に、「核廃絶」がある。

残念ながら、これも「絶対」がつく「絵空事」だ。
人類は、いったん修得した知識を忘れることができない習性をもっている。
すなわち、「核爆弾」の作り方自体が、「拡散」するのである。

アメリカの大学生が、大学図書館にあった資料から、核爆弾の設計図を書いたら、それが、「本物とおなじ」だったために、大騒ぎになったことがある。

「核分裂の制御」をひつようとする、原子力発電とちがって、とにかく「爆発」させればいいのだから、「機構」としてはずっと単純なのである。

そんなわけで、「材料」さえ手にはいれば、大学生でも製造できることが証明されて、その「材料」のほとんどが、ホームセンターで購入できることも判明したのだ。
肝心の、「核物質」以外は。

その「核物質:たとえばプルトニウム」を、大量に保有しているのが、わが国だ。
原発で反応させた「後」にできるし、フランスからも買っている。

それで、わが国は、とっくに「疑似」核保有国という扱いを、「国際的」に受けているのだ。

これには別の理由があって、「使用」のためには、「運搬」のための「ミサイル=ロケット」製造と軌道制御技術が不可欠だけど、日本には衛星打ち上げ成功率で世界に誇る「H2ロケット」がある。
つまり、「衛星」を「爆弾」に差し替えるだけで、大陸間弾道弾は完成する。

よって、「疑似」としての扱いになっている。

さてそれで、問題なのは、核武装しても「使えない」ということがでてくる。
いわゆる、「抑止力」だけのため、だという話だ。

それゆえに、「核保有」は「平和」だという、論理がうまれる。

しかして、今般の「ウクライナ」で、プーチン氏の最大の「失敗」は、「核使用」に言及したことだった。
たとえ「可能性」でも、これを言ったが最後、ほんとうに「魔神」と化してしまったのである。

また、プーチン氏は、はじめて大統領になった最初に、「外交とは、核保有国同士のことで、それ以外の国とは外交にならない」とも発言した。
核保有国と非核保有国との間に存在するのは、「命令と従属だ」と言ったのだ。

ならばどうしてわが国と「平和条約交渉」をしていたのか?となるのは、わが国が「疑似・核保有国」だからである。

すると、「非核三原則:つくらず、もたず、もちこませない」というのも、「絵空事」なので、アメリカの「核の傘」にある、というのも「絵空事」なのだ。

この絵空事を言った、佐藤栄作首相がノーベル平和賞を受けたのも、絵空事なのである。

だから、「唯一の被爆国」というのも「論理として」、絵空事になる。
国際法に違反した、「ジェノサイド」だと主張しないといけない。
もちろん、「通常兵器」だと信じ込まされている、「焼夷弾」だって、紙と木でできた日本家屋を燃やすために開発された、「新兵器」だった。

つまり、日本人の一般人を焼き殺すためのものだから、各地の空襲だって、「ジェノサイド」なのである。

日本人は、国際刑事裁判所に、当時の「司令官たち」を提訴しないと「いけない」のである。
これをやらずに、絵空事ばかりを言っても、国際社会は相手にしない。

ただし、現状のままでも「疑似・核保有国」であることの、疑いは深まるだろう、という効果があるのも事実だろう。

最後に、もっと「肝心」なことは、地上で「核爆発」させたらどうなるか?がわかっているから、「使用不可」なのである。
その土地に人間は住めない。
放射能汚染は、ときに「万年単位」で消えないからである。

その「実験場」が、広島・長崎で、フクシマが加わった。
チェルノブイリは、決死隊が「石棺」で囲ったけれど、フクシマは「むき出し」なのである。

これに一切言及しない日本政府は、自国民をジェノサイドしているので、国際刑事裁判所に提訴できないのだとかんがえると、辻褄があうのである。

なにもしないこと、これが結論になっている。

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