権利主義のゆくえ

「権利」の主張は「義務」を果たしてのこと,ということでバランスがとれるようになっている.
むかしは「義務」ばかりが国民に強要されたから,いまは「権利」を主張するのだ,ということでバランスがとれるものではない.
おなじひと,おなじ時間のなかでのはなしである.

「権利」ばかりで「義務」を果たさない,という批判はずいぶん前からある.
しかし,「権利」ばかりで「義務」を果たさなければ,あんのんと生きていけるから,本人には居心地がいい.
だから,批判などには馬耳東風,どこ吹く風となる.

ところが,本人に居心地がいいはずのものが,だれでもが居心地のよさを求めるようになると,これがまた厄介なことになるから,世の中はバランスが大事だとわかるのだが,わかろうとする能力も退化すると,それなりに我慢を強いられるようになっている.

おとなが酒をたしなむ場所はたくさんある.
なかでも,「居酒屋」という分野には独特の歴史背景がある.
量り売りの酒屋でちょいと一杯飲むことができたところから,おつまみが提供されると,居座って飲むようになったから「居酒屋」という.

サラリーマン文化というのは戦後のことで,戦前はサラリーマンが珍しかった.
戦後のサラリーマンは,会社の帰りに「居酒屋」に寄るのだが,それは,いまではすっかり姿を消した「大衆酒場」だったし,気軽に行けるのは70年代までは大衆酒場しかなかった.
それもあってか,70年代の子どもは「居酒屋」にいったことがない.おとなの空間にはみえない「敷居」があったから,子ども連れが行く場所ではなかった.
つまり,親に連れて行ってもらったのは,「食堂」ときまっていた.

「外食」というのは,70年代以降の豊かな時代に発展する.
食うや食わずの時代に,外食などは発展のしようがない.
さらに,むかしのおとなは「がらっぱち」だったから,いまとはちがって酔っ払いが話しかけてくる.
だから,子連れの家族が「居酒屋」に行けば,どんな目に遭うか想像できるというものだ.

街から「がらっぱち」が消えたのは80年代ではないか?
戦後35年後以降になる.終戦時二十歳のひとが当時では定年の55歳になった頃だ.
ちなみに,わたしの住む横浜では,週末に米兵が飲み歩いていたのを見たのはこの頃までだ.
プラザ合意による円高の時代になって以降のいま,横浜で米兵を見ることは皆無である.

「居酒屋」に家族連れを見るようになったのは,ちょうど「がらっぱち」と交替するころからだろう.
いまではメインの客層かとおもわれるが,酒の提供を旨とする「居酒屋」という空間に,子どもがいる違和感は,70年代以前の子ども世代だけなのだろうか?

その子連れグループが,二時間制というルールの権利をみごとに行使する.
どんなに混雑して,席まちで行列ができているのを見ていようと,決して時間になるまで帰らない.
空腹を満たして,飽きた子どもがテーブルゲームをはじめても,周辺との関係を断ち切って,むしろ子どもにテーブルゲームの指導までしだすありさまだ.

「時間切れ」という「権利消滅」を店員から告げられると,そそくさと帰り支度をして会計を済ませたとき,入れかわりに入ってきた客が,にらみつけるような目をしていたのが印象的である.
そのうち,居酒屋で傷害事件が起きるのではないかと懸念する.

しかし,こんなことは昼時の「食堂」でも起きているから,居酒屋だからと特別なことではない.
テレビ番組で放送されて以来,週末ともなると30~40分待ちがあたりまえに「なってしまった」食堂は,あちらこちらにあるだろう.
かつての「閑散」が,いまはむかしである.

そのむかしを知るジモティーたちは,むかしから昼前から一杯できる店としていまも利用している.
店の外にどんなに行列ができていようとも,いったん入店さえしてしまえば「権利」が発生する.
それで,まったく大人げないが,これでもかと酒類のおかわりを注文するのだ.

こうした店のばあい,かつての「閑散」がサービス・スタンダードになっているから,まったく客あしらいができない.それは,入店客の権利行使抑制と,待ち行列のひとたちへの声かけである.
もっとも,この「客あしらい」をしないところも,この店の方針なら,それに従うしかない.
すでに後期高齢者ばかりかとおもえる数人が,4時間という営業時間をフルに稼働させているから,さぞや疲れるだろうかとおもうと,ちょっと痛い気分になる.

人口減少社会は,「権利」を主張しても,行為としてその権利が達成できないことがある,という社会になるはずだが,社会の構成員がそれに気づくことができるのか?
我慢できなくなった子どものようなおとながキレると,おもわぬ被害にあうかもしれない.

接客業は,これまで以上に,「客あしらい」が問われる時代になる.

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