清掃のプロ

新津春子氏の講演を聴いてきた.
彼女のはなしは,「経営センス」に満ちていた.
それは,これまでの半生でのはなしにも,これからやりたいことを決めているはなしにも,みごとに表現されていた.
ただものではない.

 

自分はなにものなのか?

彼女の原点は,中国残留孤児二世である,という出生からはじまる.
毛沢東時代に生まれ,働いても働いても食べるのがやっという生活だから,子どもでも手伝いはあたりまえだった.家の掃除はご母堂から訓練されたという.
学校にはいると,日本人である,という理由でいじめられた.
祖父がいじめっこの家に怒鳴り込んで,その親に猛抗議したという.
当時,50年はすすんでいる日本を残留孤児の父が見てきた.それで,一家で移住を決意した.
日本語ができないことで学校で,中国人だ,といじめられた.
「わたしはなにものなのか?」

日本での生活も苦しかったが,物資がなんでもあって,努力すれば自分も買える.
一家の生活を支えるために,高校生アルバイトをはじめるが,ことばが不自由なので清掃のしごとしかなかった.
選択の余地がなかったが,自分にはこのしごとしかない,ときめた.
それは,自分の価値をみとめてもらう闘いでもあった.

世襲の企業のばあい,自分(自社)はなにものなのか?という疑問をスルーしていることがよくある.よくいえば「伝統」であり,わるく言えば「惰性」である.
だから,自分(自社)はなにものなのか?という問いにたいする回答は,たいへん重要だ.
それが,企業理念,である.
その企業理念を,いかに他人(他社)からみとめてもらうかの闘いが「経営」である.

彼女は,高校生にしてこの根本法則を体得していた.

アルバイトなのに社内研修にでる

学校をでてから,かずかずの清掃会社をわたりあるいた.
それは,さまざまな「清掃」を体得するためであった.ひとくちに「清掃」といっても,専門とする業務の種類・バリエーションがたくさんあるからだ.
しかも,清掃技術のための学校もある.
彼女は,この学校に入校する.

ここで,生涯の「師」と出会う.
そして,師からさそわれて,師が常務をつとめる羽田空港の清掃会社にアルバイトとして入社する.しかし,彼女は,これまでの経験から,清掃技術のおおくはマスターしている.それで,いきなりアルバイトなのに指導員をやらされた.

アルバイトで指導員はいなかったから,社員から変なめでみられた.
日本人は,自分のできがわるいと,紹介者のわる口を言うという特性があるから,師に迷惑はかけられない,とおもったという.
それに,羽田空港はひろすぎた.自分一人では,とうていできない.チームワークという,中国人には不得意なことが,もっとも重要だと気づく.

それで,清掃技術をみがく社内研修にも積極的に出席した.
彼女はアルバイトという身分だから,この研修費用は会社から借金をしているとおもいこんだ.それで,どうやって返済するのか?が気になったという.
「あなたが習得した技術で会社に貢献してください.だから無料です.」
十何社を渡り歩いた彼女が,一生この会社にきめた瞬間のことばである.

これぞ「カンパニー」の真髄ではないか.
従業員のたしかな技術がなければ,会社は競争に勝てない.社員だろうがアルバイトだろうが,従業員にはちがいない.たしかな戦力をそろえることが優先される.
このはなしを聴いて,チェスター・バーナードの「バーナード理論」を思いだした.

バーナードはいう.「会社は,従業員を採用しようとして応募者を選択しているとおもいこんでいるが,ほんとうは応募者から選ばれているのだ.」
人口減少ゆえの人手不足に悩む日本政府と日本企業のおおきな勘違いがこれでわかる.

清掃の肝心要は「心をこめる」ことという精神

清掃技術日本一をきめる大会が年一回ひらかれている.
師から出場するように命じられた彼女は,特訓をうけることになるのだが,師は「あなたの清掃には心がこもっていない」としかいわない.なにを言っているのだ?とおもいながら出た予選会で,当然とおもっていた優勝ではなく,二位だった.

とうとう我慢ができなくて,「先生,心をこめるってなんですか?」と聞いた.
それは相手を敬う「精神」だった.ただ机をタオルで拭くのではない.机が人間だったらどうして欲しいかをかんがえればわかる.
「タオルで拭く」のは「作業」であって,それは「清掃業務」という「仕事」ではない.

仕事には精神がなければならない.その精神を実現するためには,かんがえて行動しなければならない.
これを習得した彼女は,みごと全国大会で優勝する.
師は,「あなたが優勝することはわかっていましたよ」といってくれた.
彼女は,自分の存在を尊敬する人から認められた,とおもったという.

チームワークには,コミュニケーションが必要だが,そのコミュニケーションにも心をこめるという精神がなければ,けっしてうまくいかない.
無口なひとには,なるべく声をかける.ことばがわかるヒトならば,かならず通じるという.

経営者へのメッセージ

この講演には,経営者のひともおおくきているだろうからとことわって,つぎのひとことがあった.
「事故・事件がなにもなかった日は,社長が従業員に感謝すべきですね」だって,「事故・事件があったら,社長はおしまい,辞めなきゃならなくなるかもしれない」でしょ.

社長が従業員に感謝できるという「精神」は,どこからくるのかをいいたいのだろう.
従業員から社内昇格して社長になった経営者に,よほど問いたいことである.
「おれは偉いんだ!」という気持が態度になる.
そんなひとほど,えらいめにあって退陣するはめになる.

しかし,のこされた従業員はさらなるえらいめにあう.
これをコンプライアンスの強化でなんとかできるものではない.
次期社長や役員を選択するための役員会メンバーが,遡及して責任を負うルールがひつようだ.
最低でも候補者から「理念」とその実現方法についての回答内容を吟味すべきだ.これが,役員をうみだすひとが負う製造物責任というものであろう.

十数社の転職体験からえた,するどくもふかい指摘である.

冴えるプロフェッショナルのことば

「心をこめる」とどうなるか?
「手順」がふえるのだ.

いかに手順を減らして,合理的に改善するか?つまり,コストを下げるか?
これが,バブル崩壊後の「正解」とされてきたことだ.
しかし,品質を向上させて単価をあげないと,新興国の製品にかなわない.
じつは,すでに「いいものを安く」ではなく,「いいものだから高く」しないと生きのこれないことになっている.

「手順がふえても,『いかに早く』というチャレンジをたのしむ」

手順がふえることを否定するどころか,前提にしているのだ.
それで,以下のような質問があった.
洗剤の残り具合をどうやって確認しているのか?
彼女は即座に,「ph試験紙をつかう」とこたえた.
そして,「phが中性になるまでやる」と.

人手不足でも,管理職としての責任だから、といって一日18時間はたらいた.法律違反,といわれても,どうにも清掃スケジュールがこなせない.
彼女が日本一になって,テレビにでると状況がかわったという.

ひとは,プロフェッショナルのしごとを尊敬するから,ひとが集まる.
これが,バーナードの「選ばれる」ということだ.

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