経産省「DX研究会」の噴飯

かつて日本の「財界」を代表するのは、経済団体連合会(経団連)、日本商工会議所、日本経営者団体連盟(日経連)、経済同友会(同友会)の、いわゆる「経済4団体」といわれる組織があった。

2002年(平成14年)5月28日に、経団連と日経連が統合して、一般社団法人日本経済団体連合会が誕生して今日に至った。
なので、いまは「経済3団体」になっている。

ところで、「日経連」とは、「財界労務部」とも揶揄されたことがあった。
その理念は、「健全な労使関係の構築」と明記されていて、もっぱら政府に「経済政策」を促した経団連とは別の意味で「貴重な存在」だった。

だから、国をあげての「団体交渉」を、総評や連合とやっていた。
つまり、労働組合にとっての「カウンターパート」だったのである。

それで、この「合併」時期は、第一次小泉純一郎内閣(2001年4月26日~2003年11月19日)だった。
なお、小泉内閣は第三次(2006年9月26日)まで続く。

経済財政政策担当大臣が、「民間」から初入閣した竹中平蔵氏だった。
2004年(平成16年)7月、第20回参議院議員通常選挙に自民党比例代表で立候補し70万票を獲得しトップ当選して、大臣の肩書きから「民間」がとれた。

そんなわけで、国民の多数がこのひとを「支持した」ようになっているけど、1億人のうちたったの70万人でしかないことにも注意がいる。
詳しい経緯を解説したものがないけれど、経団連と日経連の合併を画策したうちに、竹中氏もいただろう。

「ライバル」というものは、人間の精神構造上でも非常に重要な存在である。
トップを目指す、という競争で、ライバルがいるといないとでは精神的な緊張が変わるからである。

すなわち、労働組合にとって、強力なライバルである日経連の消滅は、灯台を見失ったも同然になるので、じつは組合潰しの戦略なのだといえる。

以来、邪魔者の勢力を減衰させた経団連は、国家予算を求める「乞食集団」へと変容して、かつての「財界総理」とは、「乞食の親分」に成り下がったのである。
これは、国側からした「奴隷化」のはじまりにすぎない。

そんなわけで、経産省は、平成30年9月7日付けで『DXレポート』なる、「官庁文学」を発表した。
「DX」とは、「デジタルトランスフォーメーション」のことだ。
日本政府は、もはや日本語を使用しない。

結局のところこの「官庁文学」では、あたらしい「恐怖」を描いた。
この「恐怖をあおる」ことが、国民支配の重要な心理戦でのキーワードなのである。

しかしながら、もっとすさまじい「恐怖」による支配を、コロナで実践して成功させたから、令和になってあらためて「DX」をはじめるという。
穿った見方をすれば、はるか「格下」の厚生労働省が得た「コロナ利権」がうらやましくてしかたないのだろう。

なので、このところ、製油所の廃止とか、経済産業省が張り切っている。

もちろん、「第一義」は、国民利益のはずもなく、「省益」につきる構造になんらの変化もない。
よくも参議院選挙直前で、こんなことができるものだと感心するが、それこそが国民意識との乖離の顕在化にすぎない。

それでもって、経済産業省様は、2025年にアホな民間企業がデジタル化に追いつかず、どえりゃー経済損失を被ることになる、と叫んでいるのである。

それで、国家予算でこれらを克服してやるから、有りがたいと思え、と。

これに乞食になった経団連が、(お代官様)ありがとうごぜぇますだ、といって拝んでいるの構図なのである。

遠山の金さんより酷いことが、21世紀日本の現実だ。

予想される経済損失を被るのは、個々の民間企業である。
しかも、経済産業省様の「お怒り」は、そんな損失がでることすらアホウな民間企業が気づいていないことだという。

大きなお世話なのである。
国家はこのようにして「肥大化」することの典型だ。
ならば、財源はなんなのか?
法人税収だけでやる、なんてことは微塵もないだろう。

すると、カウンターパートとしての経団連が消滅したら、経済産業省も衰退するのではないか?
逆に、経済産業省が消滅したら、経団連はどうするのか?

なんだか、かんがえるのが楽しい。

殿さまキングスの大ヒット曲『なみだの操』(1973年)にある、
「あなたの決してお邪魔はしないから」には、高度成長の「核心」があった。
役所も、民間企業事業の決してお邪魔はしない、という矜持があった。

というよりも、役所の「体制」が、間に合わなかった偶然が、まさにラッキーだったのである。
しかし、役所の民間への介入体制を着々とつくって、これを完成させたのが、田中角栄通産大臣だった。

そんなわけで、「死せる孔明、生ける仲達を走らす」のごとく、田中角栄の亡霊がいまだにこの国を支配している。

だからか、20日、十倉経団連会長が発言した、少子化=労働参加率の低下と定義したうえでの、「外国人の労働参加率を高める」という言い方は、「なぜ少子化しているのか?」を問わない、弥縫的な安易さを追及したいという話で、そこに哲学も何もない。

こういった原因追及の甘さが、DXも役所頼みになる「財界」の堕落を象徴している。
経済のことに国が介入するな、といった役人から第二代経団連会長になった石坂泰三の爪の垢でも、と思う昨今なのである。

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