絶望的な温泉宿

老朽化は人間だってやってくる.
それで,豊かになったら「アンチエイジング」という保険がきかない医学的手法をもってしても,若返ろうとするのは,ある意味本能でもある.
永遠の命,というわけにはいかないが,なんとか自分の肉体を若くて健康的に維持したいのはだれだってそうだろう.

ところが,建物がないと商売ができない宿泊業をやっているのに,その建物の「アンチエイジング」がぜんぜんできない経営者がいる.
よせばいいのに,そんな経営者ほど名誉をほしがる.
それで,まるで廃墟のようなロビーに,「褒章額」が飾られていることがある.

さほどに「自慢」したいのか?
さほどに「偉さ」を訴えたいのか?
しかし,客目線からすれば噴飯物のまるで「マンガ」である.
その前に,ロビーには「今日の新聞」を置いてほしい.

「ロビー」と「ラウンジ」というなら,せめて電気をつけてほしい.
自動販売機に,業者向け張り紙はやめてほしい.
売店に,賞味期限切れの食品は置かないでほしいが,それよりも,よれよれの誰かのスーツ上下を,針金のハンガーにつるして放置しないでほしい.どう見ても「商品」ではあるまい.

日帰り温泉入浴でたまたま立ち寄った宿である.
フロントに誰もいなかった.
ロビーには,ソファーでパンを食べているひとがいた.
このひとが,支配人だった.

入浴料金を支払って,大浴場に行ったら,脱衣所にも浴室にも照明がついていなかった.
いかに一人だけとはいえ,薄暗い中での入浴は気分がわるい.
それで,スイッチをさがして点灯した.

広い湯船には,素晴らしい泉質の温泉が満たされていた.
やや熱いのが難である.
さいきんは,「ぬる湯」が人気だが,きっとここの人たちは識らないのだろう.それに,この泉質なら「ぬる湯」が向いている.
ぞんざいにして放置したようにもみえる,温泉成分表にあった源泉の温度は20度そこそこだったから,「ぬる湯」にすれば,光熱費もたすかるだろうに.

一人だけだし,掛け流しなので,行儀がわるいが湯がこぼれる湯船のヘリに寝転んだ.
ああ,快適である.天井のシミがまぶしい.
寝湯のコーナーがあって,「ぬる湯」だったなら,しばらく出たくないだろう.
そうやって,「この宿の再生」をツラツラかんがえてみた.

まずは,「温泉」第一である.
おそらく,従来は,宴会ができて温泉があって,泊まれるという順番の「宿」だったろう.
その需要は,もうないはずだ.

素晴らしい泉質の温泉にじっくり入れる.
よければ,泊まれて明日も温泉に入れる.
食事は近所の食堂にいっていただいて,ここでは用意しないから,弁当持ち込みでも良い.
つまり,泊まれるだけの温泉でいい.

そのためには,圧倒的なお風呂に改装しなければならない.
さて,どんなお風呂にするか?
「ぬる湯」と「熱湯」は,いまの湯船を半分に分割すればできるかもしれない.
しかし,「ぬる湯」に「寝湯」は必須だ.寝湯の場所の権利を別料金にしたい.

そうなると,防水タイプの電子書籍リーダーがほしい.
浴室に,飲泉所もいるだろう.
飲泉の許可をどうするか?
それに,宴会場を休憩所に変更したい.

さて,これらでトータルいくらの投資が必要か?
食事提供の停止と,宿泊は限定室数販売で,従業員の必要人数は相当に減るだろう.
ただし,浴室廻りと館内清掃の徹底で,どれほどがプラス要因か?
.............
湯上がりに,薄暗いロビーでたたずんでいると,フロントカウンターからの目線を感じた.
こちらの様子を伺っているようだが,話しかけてくるようでもない.
それで,落ち着かなくなって「褒章額」をみつけた.

きっと,この宿は「自力」でなんとかしているのだろう.
勲章をもらったのだから,金融機関に頭をさげる気もないにちがいない.
これはこれで「矜持」というのかしらないが,わたしごときのアイデアは余計なお世話になるはずだ.
半分以上,本人たちも投げ出してしまった商売が,これから急転換するならいい方向のはずもなく,一期一会とはいうけれど,「良いお湯でした」としかいいようがない.

ただひとつ,勲章をもらうためにした努力を,経営のためにしておけばとしか言葉がない.
その「褒章額」には,たかだかこの十何年かばかりの日付と,顔がはっきり浮かぶ総理理大臣の名前があった.
絶望的な温泉宿に,久しぶりに出会ったが,おそらく時間の問題だろうとあきらめた.
たんなる老朽化ではない.自社に対する愛情すらもないから,こうなるのだ.
願わくば,温浴施設として,,,,,やっぱり,無理だろう.

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