絶滅危惧種の「親指シフト」

「キーボード沼」のもう一つが「親指シフト」だ。

パソコンよりも圧倒的に「ワープロ(専用機)」が優勢だった時代があった。
「全盛期」は1985年(昭和60年)から1995年(平成7年)あたりまでの、およそ10年間だといわれている。

もちろん、「発売」されたのはずっと前で、1978年(昭和53年)と記録されている。
当時のお値段は、630万円。

わたしが購入した、人生初ワープロは、上述の全盛期初年の1985年、キャノンの「キャノWord」で、モニターとキーボード、それに独立したプリンターの3点セットだった。
記憶装置は、5インチ!フロッピーディスクでハードディスクの搭載はない。

秋葉原を徘徊してたどり着いた「決定」だったけど、そのお値段は30万円だったと覚えている。(消費税もなかった)
これは、後に、2年間のエジプト生活から帰国して、すっかり3日遅れの「新聞脳」に冒されていたことを実感したのだった。

当時、JALの定期便は週3便ほどだったために、新聞はだいたい3日遅れ(フライト時間だけで18時間)だったし、これらを読まないと日本でなにが起きているのか一般情報を知る方法がなかったのである。

なお、NHKの海外放送は、いまだに批判されているように、ほぼ役に立たない「きれいごと」で、在外邦人に対する日本語放送ではなくて、外国人向け宣伝放送だし、「短波」だからふつうのラジオでは聴けないのだ。

中学のときに、モスクワ放送とBBCの日本語放送を聴いていたことが、モスクワ放送にNHKの海外放送がよく似ていることに気がついたのだった。

そんなわけで、新聞が連日報じた、あたかも日本では「ワープロ」なる機械があっという間に普及して、いまや「当然」の、まるで「平家にあらずんば人にあらず」という感が擦り込まれたのである。

これで、帰国してすぐに秋葉原へ向かったのだった。
用途は、「卒論」。
いまどき「原稿用紙に手書き」はあり得ないと、学生がおいそれと買えるものではないのに、完全なる勘違いをしていた。

以来、新聞に対する不信と不審が混在するようになったのである。

ちなみに、「卒論」は、印刷時の原稿用紙への「マス目あわせ」に苦労したことと、インクがテープ式の1回使い切りだったので、なんだかやたらコストがかかったことが記憶にあって、今となって肝心の「データ」は、5インチ・フロッピーディスクではどうにもならない。

数年前に、ゼミの指導教授が退官するにあたって、原本が研究室から返還されたのが、妙に懐かしかった。
なお、もう一冊は大学図書館に保存されている。

しかして、損ばかりしたかといえばあんがいとそうではなく、会社に入ってキーボード操作に違和感はなかったし、周辺の「おじさま族」がワープロを使えない、という事情から、わたしに当時貴重だった職場の「ラップトップ・パソコン」が与えられたのだった。

このときのパソコンも「過渡期」で、まだ「BASIC」か「MS-DOS」だったし、画面は「プラズマ式」だったのである。
ただし、一体型とはいえ、キーボードの打ちやすさに関しては、当時の作りの丁寧さが懐かしい。

ほんとうに膝の上(ラップトップ)に載せると、江戸時代の拷問、「石抱き」のようになった。
それでもって、パソコン・ソフトも「過渡期」だから、業務用日本語ワープロとしては圧倒的に「オアシス」か、「一太郎」だった。

「Word」の使いにくさは、「原稿用紙文化」がない、アメリカ製だからゆえのことなので、まさかここまで普及するとは思わなかった。
当時、行の文字数と行数の設定が、「できなかった」のである。

また、「一太郎」を実務で愛用していたのは、たとえば、A3用紙を横にして、左右にA4の「見開き一覧」をつくるときに、境界となる中心に罫線を縦に引けば、そこから「別ページ扱い」になるのが、便利だったからである。

これで、たとえば「契約書」の骨子とその理由を一覧にすることが、行のズレがなくなって手間が省けたのである。
「Word」にはこの機能がなかった。

しかし、その後の「バージョンアップ」で、どうしたことか「一太郎」からこの機能がなくなって、結局のところ「システム部」が推奨する「Word」への社内統一に「屈する」ことになったのである。

そんなわけで、わたしの職業人生で、「オアシス」は触ったことがない。
けれども、「オアシス」を導入した部署では、「親指シフト」が普及していて、ふつうのローマ字入力どころか、JISキーボードも嫌がったのである。

この中毒性は、富士通の発明の画期に原因がある。
これには、日本語の「解析」による、「頻度」をもとにした「キー配列」の妙があるのだ。

前に書いたように、英文タイプライターの配列が、高速タイピングができない工夫、であったことの「逆」なのである。

いまでは少数派になった、JISキーボードによる「ひらがな入力」を、はるかに凌駕する「合理性」が親指シフトにはある。
一般にキーボードは、5段のキー配列になっていて、最上段のファンクション・キーの段を入れれば、6段になる。

JISキーボードでの文字入力は、4段を用いるけれど、親指シフトだと3段で済む(ローマ字入力も)。
「シフト」させることで、ひとつのキーに2文字をあてがうからだ。

しかも、3段目だけのキーで、日本語の55%をカバーする設計になっていて、その上の段を加えれば、なんと85%になるという。

しかして、開発元の富士通は昨年、40年間の歴史を閉じて、専用キーボードの販売を終了した。
けれども、いまやキー割当のアプリで、ふつうのJISキーボードを代用できるのだ。

ちなみに、「pomera」は、現存する最後の「親指シフト対応」のワープロ専用機である。

修得するには練習時間が必要だけど、やってみる価値はありそうだ。

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