財政難は「救い」となるか?

福井県の県庁所在地である福井市が,財政難から396施設の廃統合と,補助金の一律10%カットを検討する,というニュースがはいってきた.
「箱物」である「施設」は,来年10月までに廃統合と民間譲渡がきまり,譲渡先がないばあいは廃止して土地を売却・返還する方針だという.

一目見て,たいへんよいことであると感心した.
高度成長期,全国で一斉に公共施設が建設されたから,だいたい「更新時期」もおなじだろう.
すると,このニュースは,決して「ローカル」ではなく,かなりどこにでもある話だ.
その地域しか見なければ「寝耳に水」かもしれないけれど,そんなことはぜんぜんない.

しかし,一方で,福井「県」は,福井市を「中核都市」にすることが「悲願」だとして,「突き進む」というニュースもあるから,どうもチグハグしている.
だいたい行政の「悲願」というもので,住民によいことはないからだ.

上述の廃統合と補助金カットの件は,市議会でも質問が相次いでいるという.
役人側は「無い袖は振れない」という答弁だろうし,議員のほうは「存続が地元の悲願だ」と言っているはずだ.

しかし,報道されている396施設がどんな施設なのか詳細がわからない.
福井市のHPをみたら,「福井市施設マネジメント計画」(素案)平成26年11月,という文書があった.
それと,今回の「福井市財政再建計画」平成30年8月があった.
便利な時代である.ご興味のある向きは,一読されたい.
似たようなことが,読者の地元でもかならず検討されているはずである.

さて,もっともらしくまとめるのが役人の仕事だから,細かく指摘はしない.
これは,地方官僚がかいた「官庁文学」で,要は「こんなに使ってお金がないの」と言っているだけだ.
経営破綻した「宿屋」と,ほとんどかわらない分析と方策なのだ.

なんのことはない,だって人口も収入も減っちゃうから,しょうがないじゃないか,と.
それに,東京とちがって,大企業もないし,しょーもない中小企業ばっかりだから,ろくに税収もあがらないしぃ,である.

この国は中小企業でできていることをまだしらないふりをする.
補助金漬けでしょーもなくしているのはだれなのか?
それを「産業政策」だというから,思考回路は昭和のままで停止している.
こんなことを飽きずにつづけたから,お金がなくなったのだ.

こういう役人の大軍と,「無い袖でも振れ」というしかない無能な議員ばかりだから,住民はとにかく我慢するしかない.
市長だって,「なんで自分の時代に」とぼやくしかないだろう.

くわえて,「県」と「国」という上位の行政組織からの命令がある.
つまり,経営破たんした「宿屋」の再生に,損益計算書しかみれない「自称」投資家が乗り出すようなもので,ろくな再生もできないのとにている.
抜本的な対策が,後手後手になるのだ.それに,けっして再生を成功にみちびかない「経費削減」しかしないから,基礎体力も消耗する.

「今のままならいまのまんま」
危機感の欠如である.

「業務の評価」を避けて,経費削減に邁進すると,民間企業でもかならず「一律カット」という手法しか選択肢がなくなる.これを企業内官僚は「事務屋の敗北」と認めている.
このばあいの「業務の評価」とは,キャッシュを産むか産まないかであって,「必要の有無」ではない.
「外資」なら,当然の検討手順である.

だめな日本企業のおおくが「必要の有無」という泥沼議論にはまって,時間を浪費し,結果的に自己判断ができなくなっている.
行政の補助金なら,「一律全額カット」が望ましい.そうして,浮いた財源を,住民税で「寄付金控除」に振り替えてこそ,民間活力の活用になる.

住民が「必要」とする事業だから,そんな乱暴なことはできない.
かならずそういうが,誰も「必要」となんかしていない.
くれるというからもらっている.いや,もらえというからもらっている,程度である.
しかも,いちど補助金をもらうと,もらった側の魂が抜かれるから,もらいつづけないとやっていけない.
そんな,「補助金依存」こそ,世の中に必要がないのだ.
有力閣僚経験者も地元にいるから,所得税「特区」にでもしてもらって,寄付金控除を国税にも適用できないものか?

本来は,「財政再建のため」ではないが,オリンピック「のため」ならなんでもできるように,利用するなら利用すればよい.
そういえば福井県は,ことし「国(民)体(育大会)開催県」だったから,「国体のため」といって,いろんなお金を「必要だ」といって使ったろう.

オリンピックはたまたまだが,国体は確実に50年にいちど順番がくる.
「国」がオリンピックにことよせていろいろ使うなら,「県」だって負けてはいられない,という住民からしたら意味不明の理屈が役所にはある.
次回の50年後,住民の人口がどうなっているかをかんがえたら,おぞましいだろう.

大きくいえば,行政と民間の「棲み分け」をすることが「必要」なのだ.
「行政にしか」できないことはなにか?
じつはほとんどない.
バッサリ切り捨てれば,そのうちこの国でもっとも可能性にあふれ活気のある「市」になるだろう.
そうすれば,自然に中核都市に「なっちゃう」のである.

わたしが尊敬してやまない,橋本左内を産んだ街である.
日本中がびっくりするような「妙策」を,深くかんがえて実行されることを切に願う.

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