趣味は「海外旅行」というひとたち

定年退職したので,元気なうちにいろんな国をめぐってみたい.
ロマンにあふれ,また,うらやましくもあるはなしである.

われわれ夫婦は,おもしろそうな国に,初めていくときにはだいたい団体ツアーを利用する.
その国の概要をとりあえず理解できるし,名所・旧跡観光も便利なことこのうえなく,なにより安価であるからだ.物価や治安など,次回に個人旅行が容易かどうか?の下見にしている.
それで,いくつかの国は断念し,いくつかの国は複数回訪問した.

団体ツアーのもう一つの魅力は,一緒に行動するひとびととの交流があることである.
バス一台分の40人が上限であることがおおいから,学校時代の遠足のようなものだ.
それで,帰国後,飲み会をやったこともある.

40人もあつまると,さまざまな個性がある.偶然がつくる集団で,10日あまりをすごすのだが,生まれも育ちも職業も年齢も性別もちがうのに,旅行中の退屈はない.かならずなにかしでかすひとがいて,話題ができるのだ.
それでか,不思議なもので,数日もするとグループ意識ができるから,別の日本人グループと遭遇しても,他人同士なのである.ほとんどお互い口をきかない.挨拶もしない.

観光にあたっては,日本語ができる現地人のガイドがつく.
工夫された資料も配布されることもあるから,ガイドブックを読んでこなくても,そこにある名所のことはわかるようになっている.
だから,わかったつもりになれる,という特徴がある.
それで,数日もすると,どこに行って何を見たのかを忘れてしまう.

夕食時,あるひとが,パスポートの入出国スタンプを見せてくれた.
定年してから,すでに50カ国以上に行ったというが,10年の有効期間は半分もすぎていない.
聞けば,ほとんど毎月ツアーに出かけているという.
半年先のツアーまで,予約済みだというのでおどろいたら,数人のひとが争うように同じことを言いだしたので,さらにおどろいた.

すると,どの国に行った自慢がはじまった.
このはなしを聞いていて,ひとつの共通点に気がついた.
「どの国に行った」ということだけが話題なのだ.そこにどんな人たちがいて,どんな生活や文化があるのかを語ることがない.だから,スタンプがコレクションになる.
世界地図に行ったことがある国を塗りつぶすそうだ.

これには,あきれた.
完全に自己目的化している.
もちろん,本人の趣味なのだから他人がどうこういうはなしではない.
しかし,他人がきいてどう思うか?も欠如しているのだ.
ひたすら,行ったことがある国の数が問題なのである.

別のツアーでも同じだ.
「行ったことがある国の数」自慢はかならずおいでになる.
とうとう三桁のひとがいた.
それでも,本人は「まだ半分をすこし超えた程度です」と謙遜していた.

だれかどの国が一番印象的だったかと質問しないかとおもったら,とうとう聞いたひとがいた.
「うーん,どこもおなじですね」
印象が残っていないのだ.
まさか,イミグレーションのことではあるまい.

ツアーという環境は,出国してもほとんどが日常の延長である.
添乗員さんは献身的なサービスをしてくれし,よしんば日本語ガイドが手配できなくても,添乗員さんの通訳がある.
自由時間は少ないから,ホテルがどんなに好立地でも街中にくりだすことはない.
せいぜい,近隣のコンビニかスーパーでお買い物をする程度だ.

すると,ふつふつと疑問がわいてきた.
残りの国をめざすツアーはあるのだろうか?
「ここからが行くのが大変です」と本人も認めた.

「で,これだけたくさん外国に行かれてなにが楽しみですか?」という適確な質問に,
「たくさん行きすぎて,楽しみというものはとくにないです」
と,予想どおりのこたえだった.

よほど時間とお金に余裕があるのだろう.
うらやましくもあり,もったいなくもあり.
しかし,この客層が国内旅行もしているのだ.
日本の観光地をダメにしているのは,おそらくこの手の客層である.

業界は,いかにして客を育成するか?
という問題に直面している.

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