「甲州印伝」からかんがえる

伝統工芸品には二種類ある.
「伝統『的』工芸品」と『的』がない「伝統工芸品」である.
『的』がある「伝統的工芸品」は,「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」(昭和49年5月25日、法律第57号)に基づいて経済産業大臣により指定された日本の伝統工芸品を指すから,伝統工芸品のなかのエリートということになるはずである.

「はずである」というのは,例によって余計なお世話を役所がしだす可能性があるからである.
(産業)「育成」とかいって,補助金というちょっかいを出すと,補助金がないから育成できない,という論理で関係者を洗脳して,とうとう工程全体を支配してしまうおそれがあるからである.

「売れる」ということが,伝統的工芸品にも最も必要な要素である.
おおくの伝統的工芸品は,生活のためのものだった.
だから,伝統的工芸品だからこそ,現代的な生活センスが要求される.伝統的な生活センスではないところに注意したい.
現代的な生活センスが,グルッとまわって伝統的生活センスに回帰することもあるし,しないこともあるからだ.

山梨県の甲府には,その伝統的工芸品である「印伝」(「印傳」とも書く)が有名だ.
鹿革を材料にした,バッグや財布といった小物類をつくっている.
主流の技法は,「漆付け」と「燻(ふす)べ」の二種類.
「燻べ」は,奈良時代からあったというが,藁と松ヤニの煙でいぶして染めるという,じつに珍しい方法でつくられる.よくぞこんなことを思いついたものである.そのできあがりは繊細にしてみごとな幾何学模様である.

「漆付け」は,別途染め上げた鹿革に,型紙で漆を転写する技法だから,一種の印刷である.
これを400年前からやっている.
型紙は,「伊勢型紙」.その材料となる「紙」は,「美濃和紙」である.
伊勢型紙は,重要無形文化財(人間国宝)の技術をもってできる.
また,美濃和紙は,伝統的工芸品であり,重要無形文化財であり,ユネスコ無形文化財登録である.

つまり,「印伝」は,印伝自体が伝統的工芸品であると同時に,製造のための道具も,「人間国宝」や伝統的工芸品からできている.
だから,美濃和紙ができなくなると,伊勢型紙ができなくなり,それで印伝もつくれなくなるという「連鎖」ができている.

このての手仕事は,世界共通ではあるが,一度途絶えると将来,これを完全復活させるのはほとんど不可能となる.
だから,その「技術の継承」に目線がいきがちである.
これが高じると,「技術の継承」が自己目的化する.売れなくても技術さえ絶えなければよい,という発想だ.役人が陥る上から目線である.

「売れる」にはどうするか?という経営の視線が不可欠なのである.
誰が買うのか?
そのひとは,どんな生活をしているのか?
そこには,どんな価値観があるのか?

おおくの伝統的工芸品には,暗黙の永久保証がついている.
通常使用での不具合なら,たいてい修理が可能なのだ.
たとえ代替わりしていても,職人がいるかぎり,製法が継承されていれば,修理できないことはない.

これが,現代の主流,「使い捨て文化」のアンチテーゼになっている.
そうやって製品をながめると,価格はリーズナブルではないか?
むしろ,「安い」と感じる.

センスのいい伝統的工芸品を使いこなすことができるのか?
あんがい問われているのは,使い手のほうかもしれない.
それほどに,「売れている」伝統的工芸品は,わたしたちの生活に近づいてきている.
人的サービス業界が,もっと注目していい分野だろう.

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