BIS規制は何のためだったのか?

『トヨタ自動車75年史ーもっといいクルマをつくろうよ』を読んでいたら、以下のリンクにあるように、サラッと「BIS規制」について書いてあるのを見つけた。

この規制で、当時の金融機関が、貸し渋り・貸し剥がしに動いて、不良債権増大の悪循環を招いたと、冷静に正しく書いている。

戦後日本経済史を、一企業たるトヨタ自動車が、その75年史に書いていることに、感慨深く、なお、この会社に敬意を表したい。
執筆者は誰だかわからないが、できる!、といいたいし、この記述掲載を許す経営陣の明晰に、さすが!といいたいのである。

いま話題のタッカー・カールソン氏は、2分ほどの短いメッセージ動画で、アメリカの大手メディアは、「事実を伝える」が「真実は伝えない」と訴えた。

たとえば、武装強盗で逮捕されたひとが裁判で不当に逮捕されたことを主張した、と事実は伝えるが、その人物が常習犯であったことを意図的に伝えなかったらどうなのか?と例示したのである。

この意味で、BIS規制とはなにか?をかんがえる参考書に、氷見野 良三『検証 BIS規制と日本』(金融財政事情研究会、第2版:2005年)があって、著者は大蔵省から2003年11月に、バーゼル銀行監督委員会事務局長になった人物だ。
なので、「事実の本」として定評がある。

一方で、東谷暁『BIS規制の嘘―アメリカの金融戦略と日本の転落』(日刊工業新聞社、1999年)もあるが、この手の評論としては珍しくも10年の時をこえて、新書として同名で、2009年にPHP研究所から再販されている。
東谷氏の「政治的」分析が、的を得ているからであろう。

 

この二冊は、おなじ対象について視点がちがう本の好例として、氷見野氏の「実務」からも興味深く、両著ともお薦めしたい。

ただし、BIS(国際決済銀行:Bank for International Settlements)の設立の歴史とかを紐解けば、前に書いたように、第一次世界大戦におけるドイツの賠償金支払い決済のためが、最初の目的なのである。

いまでは、各国中央銀行の中央銀行、というそれらしい定義となっているけれど、その各国の中央銀行すら、「民間会社」であることに、大問題が隠されている。
日銀すら、民間会社(新日銀法:1997年施行)だ。

アメリカのFRBは、1914年設立で、アメリカ政府から「通貨発行権」を奪取してできたのだった。
なお、リンカーン大統領(北部連合)が発行した、「政府通貨」のドル紙幣(グリーン・バックス)は、90年代まで流通していた。

それで、西側の各国政府は、あたかも「通貨発行権」を保持しているように装うけれど、実態は、ぜんぜん別のところにあって、「政府=中央銀行の一体」という幻想を国民にみせている。

新日銀法ができるまでのわが国は、この意味で、ほんとうに「政府=中央銀行の一体」があって、政府の子会社が日銀だったのだけど、新日銀法でよくわからないようにしたのは前に書いた

別の見方からしたら、西側・欧米並みになった、ともいえるし、(アメリカ=FRBの所有者たちに)そうさせられた、ともいえる。

日銀も株式会社として、株主の影響を免れないはずだが、半分あるという日本政府の持ち分が新日銀法では無視されるから、会社法とどっちが優先するのか?という問題がある、特殊会社、なのである。
また、日銀は上場企業でもあるのに、株主構成を発表したことがない、やっぱり、特殊会社、なのである。

「国際社会」とか、「国際法」とかには従わないといけない、というかんがえには、自分でルールを定めるという、主催者の側の発想が欠如している。
誤解をおそれずに書けば、「スポーツ選手」の発想なのである。

ルールを決めるのは、そうした競技団体の年寄りたちで、元選手もいれば、カネを出すスポンサーもいるし、「国際競技団体」という、上位を形成して君臨(マウントをとる)するひとたちがいる。

構造的におなじなのは、たとえば、国際大学ランキング、というもので、わが国独自の「偏差値による格付け」を完全否定され、「国際評価」によるランキングで、わが国の大学は世界からほとんどが除外された。

これで、わが国への留学生が激減したけど、ある特定の国からは増えているし、政府も歓迎して学生への金銭補助は、日本人学生よりはるかに手厚くなっている。

この半世紀前には、たとえば、200海里問題があって、わが国の遠洋漁業が壊滅的打撃を受けた。

これは、南米の大西洋沖(領海12海里外)で、根こそぎ獲りまくる日本漁船のやり方に、頭にきて作られた国際ルールだったので、ターゲットは日本だったけど、資源確保という大義によって、日本への名指しがマイルドになったのである。

それで、日本人消費者は、自分たちがターゲットだといまだに気づいていない。

このパターンが、柔道とかバレーボールとかに適用されたとき、ようやくにして、その関係者だけが、日本をターゲットにしていることに気がついたのである。

そんなわけで、BIS規制(日本へは1993年3月末から)も、バブル前(崩壊は1991年)から、邦銀が世界の金融覇権をとりだしたことをターゲットにしたのであるけれど、あくまでも「選手」の戦後日本人には、自分でルールをつくる意志も根性もなくなって、すきなようにされたのである。

おやおや、バブル崩壊してからの規制じゃないか?というのは浅はかだ。
この規制をやると決まったのは、1988年(昭和63年)なのである。

これで、日本のバブルとその崩壊の意図もみえてきて、あくまでも、敗戦国・日本潰し、なのであった。

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