ビールを飲んだらペストにならなかった

「黒死病」のはなしである。
漢字だと「やまいだれ」に「鼠」をいれる、適確な表現である。
この病気は、わが国では明治初期に小流行したが、ヨーロッパのような歴史的大流行が何度も発生することはなかった。

病原菌は、ネズミについた「ノミ」がもっている。
ネズミの繁殖力がわざわいして、ヒトがこの「ノミ」に吸血されたときに感染するのだが、その後、感染者の体液からも感染するから、看病するにも最大の注意を要する。

予防的薬剤は存在するが、いまだにワクチンはない。
よって、21世紀の現代でも、外国における流行はあり、致死率も高い(30~60%)。

下水道がヨーロッパに発達したのは、病原菌をもつネズミ対策だったことがしられている。
けれども、靴底がぶ厚い「ロンドンブーツ」や「イギリス紳士の傘」が、馬糞よけやオマルの汚物を窓から棄てるのをよけるためとかの説があるように、あんがいと「不潔」だったのだ。

だから、幕末にやってきた欧米人が、わが国の「清潔さ」に驚嘆したのであって、おそらくわが方はみな、どうしてそんなに褒められるのかわからなかったにちがいない。

あのシュリーマンは、「われわれヨーロッパ人がしらない文明国がある」と日本紹介記事を書いている。
もちろん、歴史学の大家トインビーは、世界の文明に「日本文明」というジャンルを独立して設けたことでもしられている。

人類史ということならば、ジャレド・ダイヤモンド『銃 病原菌 鉄』という本がミリオン・セラーになった。

 

アフリカ大陸からひろがったという人類は、東西・南北への移動をするが、南北よりも東西への移動が先立ったことが強調されている。
緯度がおなじ、ということが、どんなに生活に有利であったか。
けれども、そこに「病原菌」があるし、またヒトによって持ちこまれるのである。

南米を征服したスペイン人たちは、はたして「銃」だけで征服できたのではなかった。
ヨーロッパ大陸に住むかれらには、当然の免疫があったものが、南米のひとたちにはなかった。ために、かってに死んでいくようにみえただろう。

そのヨーロッパがペストによって、人口が全滅する地域も発生して、社会体制をも変えてしまった。
たとえば、「農奴」が全滅して、貴族の「荘園」が成立しなくなるとか、英国では小麦栽培から羊の放牧に転換するとかがあった。

カミュの『ペスト』や、村上陽一郎の『ペスト大流行』が、いまどきの読書に向いている。
人間社会が、あんまり「進化」していないことがよくわかる。

人類が「細菌」を発見したのは、17世紀だから、日本でいえば徳川幕府四代から五代のころになる。
そして、幕末の安政年間に、遠くパリでは、パスツールがアルコール発酵は細菌によることを発見した。

つまり、人類は、この「発見」まで、酒がどうしてできるのか?をしらなかった。
つくりかたはしっていても、なぜ?が不明だったのだ。

古代エジプトの埋葬品といえば、ツタンカーメン王の黄金の宝物が有名だが、カイロ博物館のコーナーには、地味に素焼きの瓶がふたつ展示されていて、ひとつが「ワイン」、ひとつが「ビール」である。
どちらも、当然に蒸発していたものの、瓶内側に残った「カス」の成分分析で証明されている。

カイロの街中の歩道に、以前はふつうにあった「底が円錐状の素焼きの瓶」と博物館のものは、おなじデザインで、倒れてしまう瓶に枠をはめて支えるのは、「澱」を沈めるためともいわれている。
歩道設置の瓶は、通行人が自由に飲んでいい「水」があったのだ。

通行人が、瓶の縁を金属カップでカンカンたたくと、おどろいたボウフラが沈むから、そのスキに水をとって飲んでいた。
わたしにはできない「技」であったが、素焼きなので蒸発熱を利用するから、えらく冷たい。生活の知恵である。

とすると、ツタンカーメン王も、あんがい冷えたビールを飲んでいたのだろう。
ただし、人類が現在の主流となったビールである「ピルスナー」を飲めるようになったのは、パスツール研究所にいたチェコ人の研究員がみつけた「ビール酵母」のおかげである。

このひとは、チェコに帰って、ビール工場をつくり、ここではじめて黄金色のビールができた。
それが、ドイツに伝わったのであるから、なんとたかだか180年ほどの歴史しかない。

では、ツタンカーメン王が飲んでいたビールとはなにか?
それは、「エール」に分類されるもので、イギリスのギネスが有名だ。
ピルスナーが下面発酵なのに対して、エールは上面発酵が特徴で、ベルギービールのほとんどが「エール」である。

ワインとビール。
どちらもヨーロッパを代表するアルコール飲料だけど、ブドウがとれる北限をはるかに越えるのもヨーロッパなので、北側ではビールがもっぱら製造されている。

さて、感染症となると、原因よりも結果の関連性から帰納して、ワインを飲んでも発症するが、ビールだと発症者がでないことに気づいたひとがいた。
ビールは、エールでも製造工程で、大麦麦芽を煮沸して麦汁をとらないといけないから「火入れ」されるどころか「煮る」のだ。

そんなわけで、ベルギーとオランダの修道院で、世界的に有名な「トラピスト・ビール」がつくられている。
「トラピスト」とは、「厳律シトー会」という修道会の名称で、日本では函館の「トラピスト・クッキー」が有名な土産物にもなっている。「厳律」なので、司教からの干渉を受けない特権をもつ。
なお、「トラピスチヌ」とは、本会の男子禁制女子修道院をさす。

はたして、コロナウィルスにも有効だといいのだが。

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