岡っ引きの譜系

テレビ番組の時代劇が壊滅し、捕り物帳もなくなった。
どうして時代劇が壊滅したのかは、春日太一『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮新書)にくわしい。
『銭形平次』も『遠山の金さん』も、『伝七捕物帳』も、子どものときに観ることがないから、人生の記憶にならない。

なにも、時代劇や捕り物帳を観なくてもどーでもいいし、かえって権力への媚びがなくなるから、もしかして悦ばしいことかもしれない。
しかし、一方で、権力への媚びや勧善懲悪の安定感を好んだ時代があったことが忘却されてしまうということ一点において、あんがい重要なことなのだ。

時代劇では「捕り物帳」というけど、現代劇では「ミステリー」という。
捕り物帳のおおくの主役は「岡っ引き」で、現代劇だと「探偵」になる。
岡っ引きは、「本官」である「同心」のしたではたらく「民間人」のことである。

もっとも、「同心」やその上の「与力」も、武士の名簿である「武鑑」に掲載されていたかというとそうではないから、じつは正規の「武士」ではない。
「奉行所雇い」という立場で、奉行所内の正社員ではあるが「武士」ではなかった。

これは、『子連れ狼』の主役、拝一刀の元の役職が「公儀介錯人」だったという設定で記憶されているだろうが,この「公儀介錯人」もまた武士ではない。

「一代限り」という名目で契約する、いわゆる「契約社員」であった。
武士は「家督」という代々受け継ぐべき権利があるが、これが表面上「ない」のである。
もちろん、本人が引退すると、次代は息子とまた一代限りの契約するから、代々ではあるがけっして「家督」ではなかった。

その理由は、「穢れ(けがれ)」であった。
犯罪人を捕縛することや、刑の執行人は「穢れている」から、正規の武士の業務にしなかったのである。
けれども、誰かがやらなければならない。

平安時代、「検非違使」が地方豪族の役とされてさげすまれたのと同じ理屈である。
この理不尽に反発したのが、平将門の乱であり、藤原純友の乱だった。
武士の発祥にあたる事件の原因が、武士政権の幕府でも継続するのは、「穢れ」をきらう日本人の宗教感にある。
だから、日本人は「無宗教」だというのはたいへんなウソである。

そんなわけで、岡っ引きを「親分」と呼ぶ手下がいて、これを「下っぴき」といった。
さらに、町衆が動員をかければ、ふだん町にたむろするならずものたちが招集されて「御用」の提灯をかかげ、大乱闘の「大捕物」になった。

ちなみに、「本官」ではない岡っ引きや下っぴきに、逮捕権はないから、お縄をかけるのは同心のお役目である。
なお、与力は現場監査人なので、同心のはたらきぶりを監察するだけで、一緒になって犯人捕縛の業務はしない。

明治になって、警察制度や消防制度をととのえ、現代のかたちに改変されるが、この制度改変を奉行所の範囲だけでみてはいけない。

倒幕に成功して発足した明治政府の基本方針は、二度と「幕府をつくらせない」ことにある。
すなわち、権力「分散」が最大の課題だった。
「独裁体制」をいかに事前につぶすかという制度をつくるのに腐心する。
その結果、完成したのが「大日本帝国憲法」すなわち「明治憲法」だ。

天皇親政をゆるさないのに、政府機能と軍事を分離し、政府は大臣各位が天皇を補弼(補佐・助言)するとして、内閣総理大臣はいるけれど大臣のなかでいちばん偉いわけでもなく平等で、閣議の司会役程度の役割しかなく、軍は陸と海で別々なのは作戦にもおよんでいた。

議会も貴族院と衆議院は平等で、議案がどちらかで否決されれば廃案になる。
そもそも、内閣の決定に枢密院がケチをつければ内閣はなにもできない。
もちろん、裁判所はいまよりも政府から独立していた。

結局、元老政治になるけれど、憲法に「元老」の記述も「枢密院」もあるわけがなく、明治維新の功労者である元老が死に絶えたら、箱はあっても「決めるひと」がひとりもいなくなってしまった。

東条英機が総理大臣で陸軍大臣で参謀総長になったのは、決められない組織で戦争をしなければならないという、うそのような状態だったからだが、それこそが明治憲法の本質的「しかけ」であった。
日本国憲法は、その意味ではるかに「合理的」になっている。

上部構造としてみれば、以上のようになっているけど、政府組織の下部構造は江戸幕府を継承している。
それが、数々の省庁が管轄する「士業」に代表される構造である。
消防の「出初め式」だけが江戸の伝統ではない。

たとえば、確定申告のいま、税務署にいけば地域内の税理士名が札になって看板にある。
ハローワークには、やはり地域内にいる社会保険労務士の名前が掲示されている。

これは、岡っ引きの制度で、彼らが経営する事務所の職員は下っぴきということになる。

町内会も同様で、市役所の職員がすべき仕事を住民にやらせる。
大仰にもこれを市長が「委嘱する」として、クジであろうがなんであろうが町内で役目を負った本人に、委嘱状がわたされて「公務」ぽくする。
こうして、なんにもしらない住民が岡っ引きにさせられて、役人の手下になるのだ。

江戸の知恵とは、恐るべきものがある。
21世紀のわたしたちは、じつは江戸時代にいきている。

うえからの統治を、民主主義だというのは、アメリカ人と相容れない。
イギリス人なら、名誉革命(1688年)でとっくに卒業してしまったテーマだ。

だから、英米と価値感をおなじくする、というのは,ウソか絶望的な勘違いである。

これを「国家依存」という。
これに役人の「穢れ」感覚までついてくるから、じつにたちが悪いのだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください