大阪堂島コメ先物市場の終焉

大阪堂島のコメ先物市場とは、江戸時代の日本人が発明した世界初の「商品先物取引」の「場」であった。
この市場が最初に閉鎖されたのは、戦時中の統制経済下でのことであった。
それから、戦後になっても「食糧管理法」によって統制が続いた。

試験的に「復活」を認可したのは、民主党政権でのことだった。
現物を主体とする「農協(JA)」の反対がその背景にあるから、自民党政権に復活しても、「本格稼働」にはならず、この度「最後のチャンス」であった「申請」が認可されず、試験の「終焉」が決定した。

わが国の主食にあたる「コメ」が、統制経済下にいまだにある、ということがハッキリしただけでなく、それが「永遠につづく」ことが決定したのである。

この「決定」の主体は農林水産省である。
しかしながら、さしもの農林水産省をして、役所単独で「行政権」を行使したわけではない。
自民党の農林族が仕切る部会にて決定されたことに、農林水産省が「従った」ことになっている。

このあたりが、自民党という政党の非近代的な意思決定システムなのである。
部会⇒政調会⇒総務会、というはずの党の意志決定システムがどのようになっているのか?が不明確なのだ。

また、これをマスコミも報じない。

すると、あたかも民主党政権が正しかった、ということになるから、当時の民主党のひとたちはどんな「反発」をしているのかに興味が涌くが、これも伝わっていない。

もちろん、民主党政権のときの党内意思決定がどんな仕組みだったのか?はいまだによくわからない。
「アンチ自民」だけが理由だったのかもしれない。
さすれば、「ひょうたんから駒」である。

この件の一方で、大阪府と大阪市は、関西圏を「国際金融市場のセンター」にしようと画策している。
府と市の「アドバイザー」となった、SBIグループの北尾氏は、この決定に「無知蒙昧」といった強い表現で、自民党族議員たちを批判した。

話が複雑になるのは、大阪府も大阪市も、行政のトップは「維新の会」という全体主義政党の現党首と前党首だからだ。
現党首の吉村知事は、政治家になる前に「武富士盗聴事件」の弁護士だった。

それも、被告で有罪となった武井保雄前会長らの側の弁護士で、最初の当選時の記者会見で、勝訴した被害者への謝罪を問われ、これを拒否した「たま」である。
弁護士を続けるならまだしも、政治家となったらそうはいくまい。

これ以来、わたしは個人的にこの人を信用しない。

そんなわけだから、北尾氏の発言には棘があって、依頼主の側の府知事と市長にも「無知蒙昧」といったのではないかと妄想している。
全体主義政党が仕切っている、大阪が「国際金融市場」で成功するはずがないからだ。

ならば、どうしてこんな仕事を引き受けたのか?
それこそ、北尾氏本人が「無知蒙昧」といわれそうだが、おそらくその心は二つある。

一つは、どうせ誰かが就任するなら、自分がやって、そのまま自社のビジネスを拡大するチャンスとなす。
一つは、どうせ相手は「無知蒙昧」なのだから、うまいこと丸め込んで、適当に自民党の「無知蒙昧」と空中戦をやらせれば、もしや「経済特区」を認定するやもしれぬ。

そうしたら、返す刀で「堂島」も復活させることができるかもしれない。

日本の農業関係者は、ほとんどが「国内市場」しか見ていない。
ようやく「輸出」を意識しだしてはいるけれど、発想が「現物」なのは、JAと同じなのである。

なんのための「先物」か?と問えば、長期的な需要と供給の調整が、価格という情報を通じてできるからである。
今回、農水省はこれを、「投機」と認定したようである。
もちろん、その側面は否定できない。

しかし、先物市場がぜんぶ投機にはならないのは、あらゆる商品取引がこれを証明している。
大豆も小豆もトウモロコシも小麦も、みんな先物市場が存在している。
もっといえば、石油だってそうだ。

すると、どうして「コメ」はいけないのか?
いや、「コメだけ」がいけない理由は、主食の安定供給のためと、御用学者がどんなに詭弁を弄しようとも、パンと麺の材料の小麦の方がよほどの主食になっている。

単純に、農協を助けてこの秋の「票が欲しい」というだけなのだ。

ならば、消費者は、票を票で返してやればよい。
全国の農家より、消費者の数の方がはるかに多いのに、投票行動が変だから、「族議員たち」に白昼堂々裏切られても気づかない。
この間抜け具合が、「無知蒙昧」なのである。

東京が国際金融市場に「なれなかった」のは、潔癖症的な透明性確保という大義名分の規制と、これに連なる税制であった。
これは、「国」が定めたものだ。
だから、大阪がこのまま成功できる理由はどこにもない。

国際金融市場を知らない税務当局は、濡れ手に粟の税収を業腹に期待して、大コケしたことに反省などしてはいない「無知蒙昧」がある。
これを、大阪府と市の職員が、北尾氏から学ぶというのもなんだか「無知蒙昧」なのである。

ロンドンの「シティ」ですら、簡単に真似っこできないのは「文化」の分厚さが土台にあるからだ。

大やけどをする前に、せいぜい、二度目の万博でよしとしないか?

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