親「ナチス」の譜系

1940年9月、「日独伊三国同盟」がベルリンで調印された。

その3年前、日・独・伊「防共協定」は、ローマで調印されている。
しかし、とっ始めとなった「日・独」防共協定は、さらに1年さかのぼる1936年のことだった。

「防共協定」は、1939年にわが国「傀儡」の満州国のみならず、ハンガリーとスペインも「参加」して、6ヵ国協定になっていたのである。

それから、独ソ戦(1941年5月)がはじまると、当時は王国だったブルガリア、ルーマニア、いまでも王国のデンマーク、それに、スロバキア、クロアチア、フィンランド、中華民国南京政府(汪兆銘政権)も加盟して、13ヵ国もの協定に発展したのである。

当時の「防共」とは、唯一の共産国家「ソ連」包囲網のことである。
これがいまの「対ロシア包囲網」となにがちがうのか?

これら「防共」を意識した国々は、「戦後」、一部を除いて多くが「ソ連圏=共産圏」に組み込まれたのは、「偶然」か?
いまは、フィンランドや中国、日本を除く国々が、NATOに加盟している。

なお、フィンランドは、「フィンランド化」という言葉もあったように、「緩衝地帯」としての「中立」を「強制」されていまに至っている。
これを、日本は「自発的」にやれ、とアジったのが、売国奴と定義して差し支えのない、加藤周一だった。

しかしながら、加藤の目線がどこにあったのか?をかんがえたとき、ソ連にならず、ソ連の属国になれとも直接言わず、「フィンランド」をあげたのは、むしろ「防共」なのだ、ともいえまいか?

その「防共」の原点が、「ナチズム」であり「ファシズム」であるから、「同類」のスターリンに「国を差し出す」という、売国になる、と一周して帰ってくる。

この「ややこしさ」を解きほぐすことをしないと、加藤ら売国奴の思考構造が見えてこない。

「とっ始め」の日独防共協定を結んだ日本側は、広田弘毅内閣だった。
このひとは、職業外交官で、2・26事件後に内閣を引き継いで、前内閣の外務大臣から首相になったが、引き続き外務大臣も「兼務」した。

のちの東京裁判で、「文官として唯ひとり死刑」になったことを、英雄扱いした「ドラマ」として、テレビ朝日開局50周年記念で放送した。
それが、プロパガンダの達人、城山三郎の『落日燃ゆ』であった。

もちろんこのブログでは、東京裁判の茶番を前提にしているけれど、広田内閣のもう一つの「功績」は、軍部大臣現役武官制を「復活」させたことにある。
このことが、後の軍部による内閣乗っ取りの原因になったのだ。

「復活」ならば、だれかが「止めた」。

それが、自身も海軍大将の山本権兵衛内閣総理大臣と木越安綱陸軍大臣(中将)が「断行した」もので、軍部大臣武官制は残したが、「現役」を排除して「退役将官から選ぶこと」としたのであった。
ときに、大正13年(1924年)のことである。

なお、木越中将は、自身も「現役」中将であったことから、定年前にもかかわらず「退役」した、「武士」であった。

そんなわけで、広田の内閣は、内政・外交ともに、国民には「やばい」決定どころか、「致命的なエラー」を「確信的に」実施したのである。
なので、東京裁判が日本人によるものならば、「唯一死罪」となっても致し方のない人物が、広田弘毅なのだ。

とはいえ、広田「だけ」を問題にしてはならないのは、「国会」があるからである。
その国会は、ついに、「反軍演説」をやった、斎藤隆夫を「除名」して、とうとう「議会の自殺」をしたけれど、支えたのは「国民世論」であった。

それでも、いまだに「経済小説作家」として人気がある城山がもてはやされることをいいことに、広田弘毅を祭りあげることとは、なにを意味するのか?

その根源は、グローバリズムゆえのナチス礼賛なのである。

なんども書くが、共産主義が全体主義を招くのは、自由を認めないからである。
このときの「自由」とは、他人から命令されないという意味の自由であって、好き放題の自由ではない。

すると、本質的にナチズムが全体主義になることと、共産主義とは「同根」にあるのだ。
だから、ナチが「右」で、共産主義が「左」の真反対なのではない。
「おなじ」なのである。

さて、ぜんぜん「戦争」を反省しない、という見事な思考停止をしているけれど、戦争を「憎む」という「感情コントール」だけはしっかりとあるのも、人類史ではめったにない、「完全思考停止」をなしとげた日本人の集団主義なのである。

この期に及んで、まだマスク着用をやめない「同調圧力」ばかりか、ウレタンマスクはダメで、不織布マスクにせよと命じられることに、なんら疑問を感じないごとくの「思考停止」も、まったくおなじ「思考メカニズム」である。

これは、「一律化」を仕込む「初等教育」のなせる技なのだ。
なので、日本人は早くも中学・高校生で、他人とおなじことに安心感を得るようになっている。
これを誤魔化すために、「個性の重視」なる言葉だけのダブルスタンダードを言うのだ。

大衆迎合を党是とする自民党は、城山などのプロパガンダに迎合して、広田弘毅を崇めるから、どうにもこうにもウクライナを一方的に支持することになったのである。

しかして、そのウクライナの現政権は、ナチスの「本体」であることを、外務省官僚が知らないはずがない。
つまり、日本政府とナチスによる、「防共」ならぬ、「防ロシア」協定が、国民にはわからないうちに結ばれているのだ。

ゆえに、「国会」が、ウクライナの言い分だけを聞くことに、なんら疑問を感じないばかりか、「感動した」という感想だけが漏れてくる。
行政をやる政府を牛耳るのが国会だから、わが国は「先祖帰り」して、岸田内閣ばかりか、国会までもが「親ナチス」に染まったのである。

夏の参議院選挙の後は、国政選挙がない、「白紙の3年間」が約束されている。

いよいよ「全体主義」が現実となる3年間となる。
国民生活を貶める、数々の「負担の強制」が「自然」とやってくる。

それが、ナチスを支持することに違和感がないようにする、わが国の学校教育と、生涯教育によってつくられた、国民の「総意」なのである。

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