過剰スペック高額化のiPad

新型ipadが19日深夜に、こっそりと発表されて話題になっている。

新たに販売されるのは2機種で、最廉価の(無印)iPadと、iPad Proで、日本では26日から発売されるという。

詳しいスペックはアップルのHPをご覧頂ければと思うが、その価格の上がり方に衝撃が走ったのである。
それが、「入門機」ともいえる、(無印)で、4万9800円だったのが、6万8800円~になったのである。

38%の値上げだ。
なので、多くの「記事」には、「約4割の値上げ」と記載されている。

ハイエンド機のiPad Proは、アメリカでの価格は「据え置かれた」けど、日本では「円安」のために、12.9インチが17万2800円~となった。
わたしが愛用している二世代前のが、10万円程度だったから、約7割増しである。

来年には、待望の14インチが出るとの噂があるけれど、はたして購入の決断は、やっぱり現物を見てからだけでなく、懐具合と相談して決めることになるだろう。

ぜんぜん「買い替え需要」にいたってはいないけど、今回の「過剰スペック」と「高価格化」について、例によって穿った見方をしてみようかとおもう。

まず、廉価版の(無印)だが、これは所持したことがない。
初めて購入したのが、中位のiPad Airだったからである。
しかしながら、すぐに12.9インチProの中古を買い増しした。

これには、ちょっとせこい理由があって、アップルペンシルの第一世代が、共通して使えるからであった。

「読書ノートを書く」という遣い勝手がメインなので、Airの画面サイズでは「老眼」に適せずに、強烈な肩こりを発症したからである。
しかしながら、とある出張で、新幹線にての作業中に「システムが落ちる」という致命的な問題が起きてしまった。

そこで、しぶしぶ型落ち(といっても最新といえなくもない)のProを購入し、しかもWi-Fiモデルではなくて、セルラーモデルにして、「SIM契約」までした。

おカネをかければ快適になる、というのは、その通りである。

アップル信者とかの話は、たいがいが「若いひと」の感想なので、iPad Proの12.9インチを使うというのは、もっぱらデザイナーとかのクリエーターが職場で使うもので、重くて大きいから持ち運びなんかしないことを前提にしていることがおおいという不満がある。

これは、わたしが想定している使い方とはまったくちがう。

老眼のロートルには、この大きさが必須であるから、重いのは我慢の対象なのである。
もちろん、長文を作成したいときにどうするか?の問題は、過去に書いたように、アップルのマシンでは困る。

M1Macに「WZエディター」をいれて、下書き環境はできたが、「納品環境」としての「Word」はWindowsマシンに依存している。
「文字フォント」がちがうためである。
しかも、MacBook Airは、ぜんぜん「Air」というほど軽くない。

だから、もっと「重い」MacBook Proを喫茶店に持ち込んでいるひとからしたら、iPad Pro 12.9インチなんて「軽い」だろうに、と思うのである。

とはいえ、iPad Airもお蔵入りしたのではない。
特に、紙の書籍を非破壊撮影してPDF化(同時にOCRも)するときの、撮影マシンになる。
これを、12.9インチでやるのは、やっぱり重い。

アップル社はメーカーでありながらソフトウェア開発会社でもある、いまどき珍しいビジネス・モデルで、自社製の「CPU」開発にも成功した。
それが、主力の「MacBook」のみならず、iPadにも搭載したから、その「高速化」にファンはワクワクしたのだった。

しかし、パソコンならまだしも、ipadはあくまでもタブレットなので、ipad用のアプリが、「M1チップ」のネイティブではなかったので、ぜんぜん高速化の効果は体感できないという。

むしろ、「内蔵メモリ」の増大の方に効果がある。

そんなわけで、自社開発した自慢のCPUをなにがなんでも搭載しないと、「ハイエンド」にならない、という製品ラインナップの矛盾が問題になってしまったのである。

それで、最廉価の(無印)iPadにも、ついこないだまでのハイエンドマシンが搭載していたチップを採用することになったのである。
だから、ふるくからのユーザーにしてみたら、なんだか選択肢の範囲が「縮んだ」ようにみえる。

ところが、最廉価の最廉価たるゆえんは、画面の構造とリフレッシュレート、それにメモリの少なさとアップルペンシルの第一世代しか使えないことが「残っている」のだ。
これでまだ、ライトニング方式が残った唯一の機種となったことでもある。

とくに、文字を書く、というニーズの場合には画面の構造が決定的に遣い勝手に影響する。
これが当たり前なので、おおくのレビュアーは、アップルペンシルの第一世代が残ったことにブーイングの声を挙げている。

けれども、「書く」という行為でかんがえたときに、アップルペンシルのオリジナルが「細身」のために、シリコン製のカバーで「太軸化」できるのだ。
これが、マグネット式の充電をやる第二世代のペンではできない。

そんなわけで、わたしは画面の構造で、Air以上を選ぶものの、アップルペンシルの世代にはあまり興味がない。
確かに第二世代のペンの便利さはあるけれど、「決定的」ではない。

結論をいえば、タブレットPCなら、残念ながら、iPad Pro 12.9インチの過去モデルが、わたしには「最高」なのであって、しかも他のメーカーとは比較にならない。

この「一人勝ち」が、アップル社をして、「進化」の罠にはまった、といえるのだろう。

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