神(アッラー)を絶対神とするイスラム教と、宗教を否定する「新興宗教」の共産主義=全体主義は、根本的に相容れない関係にあるのに、昨今のヨーロッパやアメリカへ移民したイスラム教徒たちは、なんだか「極左=共産主義」を支持・信奉しているらしいい。
これは、エセ・イスラム教徒ではないのか?
「大量移民」という結果が重視されているが、そもそもなんで母国を離れるひとがこんなにもいるのか?が、日本人のわたしには不思議でならない。
若い頃に自分がした外国生活を振り返れば、還暦を過ぎたいまさら「移民」しようとはおもわないからである。
これは別に、壮年期でもそうで、仕事を棄てて新境地に行く理由がなかった。
一方で、アフリカや中東、あるいは南米からの大量移民の特徴は、限界的な生活苦があってのこと、としても、そのギャンブル的な移住をはかることに全面的同情をするには単純すぎると感じるのである。
ようは、なんらかの生活保障がなければ、そうは易々と母国から離れられないし、そのほとんどは「片道切符」であろう。
つまり、ここでわたしが日本人として思い出すのは、国が仕掛けた「南米移住」のことであって、事実上の「棄民」をイメージするのである。
すると、現代の欧米を席巻しているこれら移民たちとは、母国による「棄民」ではないのか?という疑問である。
荷物を持たないで着の身着のまま国境を越えることのリスクをどうかんがえているのか?をかんがえなくてよい状況とはなにか?
もっといえば、人口を武器化する、あたらしいテロではないか?
そうやって、欧米側の受け入れ体制をつくった党派と、母国の連携があるとみれば、ようやくその意図がハッキリするのである。
もしや、その根底に、欧米からの搾取をされた母国の歴史への「ルサンチマン(復讐感情)」があるやもしれぬ。
ようは、いかに国境が陸続きであろうと、「出国」できることに先ずは注目すべきであろう。
それでもって、どこまでが事前に訓練をうけているのか?さえもわからないけれど、「出国し定着した先の国」での、大規模なデモや性犯罪を繰り返すことの状況とはなにか?をかんがえたくなる。
つまり、一部であれ、このようなことを効率よく実行する「プロ」が混じっていないか?と疑いたくなるのである。
しかも、当該国の極左政府のもとの検察が、「不起訴」にする共通がある。
ようは、裁判にもさせない「政治」があって、自国民イジメ、をしているのが、じつは人類史上的に「異常」な共通となっている。
これを、イスラム教徒は異常とみないのか?
いやはや、「ジハード(聖戦)」の一環なのだ、というのだろうか?
すると、かつて、イベリア半島で「アル・アンダルス=アンダルシア」と呼ばれたイスラム圏地方への、「レコンキスタ(国土回復運動)」がおきたことの繰りかえしとなるのか?
いや、もう、はじまっている、のである。

