「人事」は政策の本質である

毎年6月末には、アメリカ合衆国最高裁判所から特大の判決が言い渡されることになっている。
長期の「夏休み」にはいるからである。

今年の衝撃は、トランプ派が訴えている「選挙の公正さ」を覆す、選挙後に到着する一部の郵便投票の集計を認める判決で、9人の終身判事の票は5対4であった。
しかし、多数意見を執筆したのは、トランプ政権1.0で若き期待の保守派といわれ就任した、エイミー・コーニー・バレット判事であったことが裏切りとして話題になっている。

これに、ロバーツ首席判事(最高裁長官)も同調した。

当然だが保守派のサミュエル・アリト判事は、「(判決は)連邦選挙法に違反している」と非難している。

一方で、最高裁は「スローター判決」を出して、大統領の解任権限について大幅な拡大を支持したようにもみえるが、FRB議長やら理事の解任権は認めなかった。
「スローター判決」とは、アメリカ連邦取引委員会(日本の公正取引委員会にあたる)のレベッカ・スローター氏への解任を認めたものである。

つまり、最高裁が自らの裁量に揺れている、のである。

選挙の公正さを確保するために、いま、連邦下院を通過しながら上院での可決ができていない、「Save America 法案」の可決、そして大統領の署名(法の成立)が必須だと最高裁がメッセージをだしたのだと解釈すれば、ますますRINO:Republican In Name Only との闘いだとアメリカ人に気づかせている。

そんな中、バレット判事の裏切りは、トランプ大統領の人事(政策)における失敗ではなかったかとの批判もある。

ただし、重要人事こそ、大統領は指名はできても連邦上院の承認可決がひつようなので、ここでもまた「議会の上位」があるのである。
ようは、大統領=行政府の長、としての権限は限られているのがアメリカ合衆国の統治制度なのだ。

同時期に、わが国における「国会の空転」を、マスコミはしっかり「野党のせい」だと印象操作しているのは、たとえば「皇室典範の改正」問題で、いきなり政府案に女性皇族の養子婚とその子に対する皇位継承権を認める案がでてきたことへの不誠実を支持することがあからさまだからである。

これで高市が「保守のはずがない」ことが確定したも同然なのだが、戦後の野党によってつくられた「国体論議」の神学論争がネックとなっている。
しかし、今般、それをはじめたのが与党であって、野党がこれに反発するという、一大逆転現象がおきているのである。

もっといえば、政府が目論むのは「宮廷クーデター」である。

いつから日本政府が「反日」となったのか?をかんがえることは、国民にとって死活問題(政府はかならずや国民に敵対する)であるが、これをかんがえる国民が少数派に陥っている可能性があることを見越した上、あるいは、圧倒的な議席数にあぐらをかいていまのうちに「やってまえ!」ということなのか?

これが、議院内閣制の大問題で、国民は内閣人事にいっさい関与できないのである。

つまり、選挙における国民からの多数支持=国民の人事権の発動とみなすしかなく、あとは多数票を得た与党のなかでの人事で事実上決定する仕組みである。

これが、明治からずっと「ふつう」に実施されているので違和感がない。

だが、わが国の「三権分立」の建て付けは、教科書的うたい文句とはちがって、ぜんぜん機能しておらず、行政府=内閣=官庁=官僚による独裁体制なのである。
与党が多数の基本があるから、立法府は機能するはずもなく、自民党は党内規定に「党議拘束」なる、多数票マシン、の実態がある。

そんなわけで、アメリカのダイナミックさが良くも悪くも「三権分立」のなかでの解決を強いることからの実現となるが、わが国ではこれに期待できないのである。

民間企業でも「社長」が偉いのは、人事権を握っているからだったが、「株主資本主義」が浸透して、株主総会における票が人事を決めることになり、「社長」が偉くなくなった。
それで社内不祥事の緩みとなるために、屋上屋を架す「監査」やら「コンプライアンス室」の設置・強化なる余計な経費をかけることになっている。

むろん、人事が人事部に丸投げされるのは、社長が株主総会から文句をいわれないための責任転嫁を準備しているからである。
そうやって、日本企業の統治は、あたかも議院内閣制のごとくになったのである。

これを反日の政府は、持ち合い株式の解消強制とか、長く商法で禁じていた自社株買いの解禁で、企業統治原則をむりやりいまのようにしたのである。

かつて世界最強だった日本企業が没落し、アメリカ企業が君臨する構図の原点である。

小泉+竹中コンビによる悪政の結果ではあるが、国民は彼らを圧倒的に支持したのである。
これを自虐といわずして、なんというのか?

ただし、大衆化著しい国民は、ぜったいに反省しないから、何度でも高市のような詐欺師に騙されても気づかないのである。

なにが問題で、どのように解決するのか?を国民にみせる政府と、あくまでもかくして強行しようという政府のちがいで、そこに「人事」があるのである。

あくまでも、人が決めることだからである。