いろんな日本褒め動画がある理由

オーバーツーリズムが、移民問題とともに社会問題化している。

スペインでは、自国人(スペイン人)以外の外国人観光客に突如水をかけるなどの嫌がらせ行為が住民の間で流行ってしまい、エスカレートすると危険な空気が醸成されたと話題になった。

つまり、エスカレートしたのだろう。

こうした問題は、日本では静かにネット上の話題になって、表のマスコミはなかったことにしていたが、さすがに「隠しきれない」ため、「観光公害」とはいわずとも「オーバーツーリズム」というようになったのである。

ときに、おおむね白人系の外国人YouTuberが、日本での驚きの経験=ほとんどが絶賛している、を動画にして、世界に発信しているのかとおもえば、あんがいと「日本語」が堪能なので、じつは日本人向けだとおもわれる発信になっている。

こうした動画を観ていておもったことを書いておく。

まず、「お褒め」の対象となるテーマが、日本人にとっての当たり前=日常であることに特徴がある。
それが、彼らの母国では「ない」ことがいい意味での異常だから、動画に残す価値があると判断しているのである。

なので、日本人のわたしからしたら、なぜ彼らの母国ではないのか?という素朴な疑問が自然にわくのである。

結論から先に書けば、やっぱり「野蛮文化」なのである。

一応、日本人は旧石器時代から縄文以来、この狭い島国に住んでいて、これらの古い時代の遺跡から、「対人兵器」が一切出土しないことを証拠にして、「なかよく暮らしていた」とされている。

それに、伊豆七島の中でも上陸がいまだに困難な地形の、「青ヶ島」から採れる黒曜石が全国の古墳にあることで、相当に古い時代から「交易」があったことを示唆している。
それで、「日本語」の通用範囲も広がっていたのだという。

このはなしだけでも、ヨーロッパからすると「異常」なのである。

そもそも、なぜアジアを「アジア」といい、ヨーロッパを「ヨーロッパ」というのか?は、ローマ帝国の時代に、古代メソポタミアの「アスー」(日の出)に由来するいいかたが変化して「アジア」となったといい、おなじく「ギリシャ神話に登場する「エウローペー(Eurōpē)」という女性に由来する、という説が最も有力で、古代のセム系言語で「夕日、日の没する所」を意味するという。

まさに、日のいづる方向がアジアで、日の沈む側がヨーロッパとなったのである。

これは、古代エジプトでも、日が昇るナイル川の東を「生」、日が沈む西を「死」と位置づけたのとおなじで、ゆえに、王朝の墳墓群はみなナイル川の西岸にある。
3大ピラミッドのうちの最大で有名なクフ王のピラミッド横から、黄泉の国へと渡る伝説の「太陽の船」が1954年に発見され「太陽の船博物館」が開館した。

その後、「黄泉の国から復活するための船があるはず」という説に沿って、1987年には早稲田大学の世界的発見となる「第二太陽の船」が発掘された。

その東の果てに日本列島がある。

なんにせよ、西洋が優れているのだと「黒船来航」(1853年)以来信じ込まされてきたが、200年もしない現代になって、それが転換しようとしているのである。

このことを、外国人YouTuberたちがおそらく図らずも教えてくれている。

と、好意的にみることがふつうなのだろうが、はたしてそうなのか?

一方で、「良い外国人」と「そうでない外国人」とに区別する流れが生まれているのである。
そして、「良い外国人」には移民を認めるが、「そうでない外国人」には退去を願う。
むろん、移民を受け入れる場合における「宣誓」もないわが国だから、「宣誓」させても不法移民に苦しむアメリカのような分断が起きるのはひとつの必然である。

つまり、こうしたことに注意を払わない日本政府の態度は、売国的ばかりでなく、移民に対する配慮にも長期的配慮にも欠ける、ということなのだ。

そして、日本褒め動画の意図に、その無防備を利用する真意があるのなら、それもまた困ったことでなのである。

政府の偽善は、移民であろうが国民を幸せにしないからである。