一玉3000円の白菜

報道の一致した理由説明によると、「天候不順」が白菜価格を爆上げしているという。

ほんとうだろうか?

過去、わたしの記憶で一玉800円に驚愕したことがある(たしか「ハナマサ」だった)ので、さいきん近所のスーパーの生鮮野菜コーナーでみかけた「3000円」には、さすがに目を疑った。

一部の記事には、あっさりと「運送費その他の費用増も影響」とかとあって、天候不順だけで3000円になっているのではないと示唆している「良心的な」ものもある。

誰もが、日本は島国だと認識しているが、では「島国の特性」とはなにか?と全員が意識してかんがえているわけではない。
それに、なんとなく「海が防御している」と、学校で習うことが擦り込まれている。

「元寇」も、「鎖国」もしっかり習うが、外へ出ていった神功皇后の「三韓征伐」やら「白村江の戦い」は古すぎて、秀吉の「朝鮮出兵」も珍しいことになっている。
つまり、これらはあたかも「防護柵」に守られていることの逆だから、現代日本人には馴染まないのである。

旧帝国陸海軍の作戦地域は、西は紅海から、東は南太平洋の島嶼にまで及んだので、当時のひとたちの頭の地図には、相当に詳細な国際地図があったのである。
いまの排他的経済水域の国際ルールで、わが国は世界第6位の面積がある、巨大な国になったのに、その地図が頭にないし、まだ「小さな島国」だと思いこまされている。

それが「経済」になったとき、国内産業を保護するために、みえないあたかも「ダム」のような防護柵を設けて、「内外価格差」を生み出した。
外国の価格が安くて、国内の価格が高いのも、産業優先策のなかで国民は容認し、そのまま習慣化して、とうとう誰も気づかなくなったのである。

日本人の海外渡航が自由化されたのは、1964年(昭和39)年4月のことだから、ちょうど今年で60年の還暦となる。
とはいっても、まだ1ドル=360円の「超円安」だったから、外国に好きに出かけて買い物を楽しむなんてことはだれにもできなかった。

それでも、国によっては、「同じモノの値段がちがう」ことがバレだした。
リカードがいう「価格差:価値の落差」こそが、貿易による利益の源泉だから、安い地域で買って、高い地域に持ち込んで売れば、運送料やらを差し引いても儲かるなら、だれでも富を得ることができるのである。

これを自由かつ民間にやらせずに、国家がやるのを「管理貿易」といって、継続すると「国栄えて民滅ぶ」ことになっているのは、自然の「法則」だからだ。

もっとも近い「外国」は、沖縄だった(返還されたのは、1972年(昭和47年)5月15日)から、それまで沖縄土産といえば、「スコッチウイスキー」だったのである。
「酒税」のちがいが、「ダム」の役割をしていたからである。

さてそれで、金の高騰がとまらない。

2000年の「1000円/g/年平均」を底にして、いまは約13000円にならんとしている。

これは、単純比で13倍になったのだが、年率に換算(24(年)√13(倍))すると、年率で約11%の上昇ということになってそれこそ大変な勢いだとわかるのである。
このところの円ドル相場が、ざっと1ドル100円から、1ドル150円になったのも含めて、金でもドルでも、一方的に円の価値が下がっているとこないだも指摘したことの繰り返しである。

それが、「白菜」の価格でも現れている、とかんがえれば、800円から3000円になったのさえも、「緩く(マイルドに)」感じるのである。

何度も書くが、金(Gold)自体は価値を生まない、ただ歴史的に貴重と認められている金属ある。
一方で、インフレとは、通貨価値の下落をいう。
これは、モノに対して通貨の方がたくさんあることで発生する。

だから、中央銀行はインフレを抑え込むために金利を上げて、市中にあるおカネ(通貨)を中央銀行に吸い上げて、モノの量とおカネの量とを均衡(合致)させようとするのだ。

アメリカもヨーロッパも、大量のおカネを市中に出した(たとえば、ウクライナ支援とか)ので、金利を上げてインフレに対応しようとしている。
日銀も、ずっと続いていた「異次元の金融緩和(おカネの無制限な供給)」をやめて、やっとこさそろそろ「金利を上げようかなぁ」、という状況になっている。

しかし、もう、たくさんあり過ぎるおカネ(=吸い上げが間に合わない)で、石油も天然ガスも価格が上昇しているのがぜんぜん止まらないのである。
ほんとうは、石油がガスが値上がりしているのではなくて、先進各国のおカネの価値が減っているだけなのである。

これに加えて、産油国(=概ね天然ガス産出国でもある)は、こないだ天寿をまっとうしたキッシンジャーがニクソン政権でやった「ペトロダラー(石油の決済はドルに限定する密約)」からの脱却を意識して、とうとう人民元やらインドルピーでの決済も認めるようになった。

「脱炭素」は無意味だが、「脱ドル」には意味がある。

困ったアメリカは、瀕死でもなんでもかまわない岸田首相を、「国賓」待遇して、世界に大量に出回るドルの裏付け(無額面小切手帳の裏書き)を約束させたのである。

つまり、わが国は文字どおりの「ATM(無限小切手の保証人)」にさせられた。

しかして、ドルを支えるために円を大量に市中に出さないといけなくなって、国民に国債を買わせる(国民の富を収奪する)ために、NISAを「やれ」といっているのである。
そんなはずはない、わたしはNISAで国債なんか買っていない、と個人がいっても、カネを集めた金融機関は、結局、日本国債を日銀から買うしかないのである。

そんなわけで、わが国はかつてない、忘却した敗戦後の600%のインフレかそれ以上の通貨崩壊の大津波がやってくる可能性がでてきている。

円は元の「360円」に戻されるのではないか?
しかし、いまどきそんな超円安になっても、かつてのような「世界の工場」に逆戻りできないで、国内の工場はとっくに人口が減るというのに大型マンションになっているのである。

一億総乞食化が、自公政権のなれの果てになるかもしれないが、対抗する野党はどこにも存在しないことこそが日本の悲劇なのである。

その原因たる最大の悲劇は、国民がこうした危機意識をぜんぜんもっておらず、安穏と暮らしていることだ。

東京都の食料自給率は、たったの「2%」だという意味すら、阿呆ばかりの都民には理解できないから、3000円の白菜なら買わないでキャベツでよい、とだけ思っている。

だからこそ、都知事のウソにも無頓着でいられるのである。

だがしかし、都心が廃墟・スラム化するときが間もなくやってくるかもしれない。
すでに先進のカリフォルニアやニューヨーク、あるいはロンドンがそうなりつつあるから、けっして空想ではない。

そのとき、自慢の治安も阿鼻叫喚な状態になっているにちがいない。

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