夏休み 城崎にて その2

城崎はスイーツ天国と化していた.
「湯上がりスーツ」としてもっとも手軽なのが,ソフトクリームだった.
温泉街中程から上流の店舗は,軒並みソフトクリームの形をした立体看板が立っている.
材料の牛乳にこだわる店,製造する機械の最新鋭を誇る店,バニラ味一筋にこだわる店,そして、ソフトクリーム専門店などなど.

これらの店は,本来土産物屋だったのだろうが,ソフトクリームで店内に引き入れる戦略をだれかがはじめて,一気に横並びの競争になったとおもわれる.
ただし,6カ所もある外湯を,一泊で制覇しようとすれば烏の行水のような入浴方法でなければ,湯あたりするのではないかとおもわれるほどの高い湯温だから,あくまで「仕上げ」のソフトクリームであって,外湯からあがる都度に食べるひとはそういないだろう.

わが家は当地での二泊を素泊まりにした.
一泊目は朽木の鯖ずしと,城崎地元の気の利いたスーパーから仕入れたミニトマトなどの野菜ですませた.
投宿した宿で,ひとつだけいただけなかったのが冷蔵庫である.
昔なつかしい,自動カウント式の瓶物専門販売機のアレであったが,とにかく市販の3倍という値付けがいけない.

しっかりコンビニがある現代で,これをやると商品が回転しなくなる.
いかに瓶にはいった飲み物でも,「賞味期限」というタイムアウトは確実にやってくる.
それでも,宴席での消費という技を駆使すればよいのだが,一部屋ずつの在庫管理と期限管理は面倒だから,おそらく人手不足のいま,これはしたくてもできないはずだ.

すると,「鮮度がいのち」と宣伝していたビールの鮮度がどんどんおちて,瓶だと缶より印刷がみにくいが,「日付」を確認するお客があらわれて,いらぬ謝罪までしなければならなくなる.
もちろん,そのとき,お客は市販の3倍という値段も意識してのクレームになる.

いったいいくらで仕入れているのか?
冷蔵庫に商品をいれて,「便利さ」「手軽さ」を売るのなら,おなじコンセプトのコンビニ価格とおなじにして「回転」させるほうがよほどこれらを「売る」ことの目的に合致している.
どうせいまどき,コンビニ商品を持ち込まないお客などめったにいないだろうから,すくなくても飲み物という持つと重いものは,部屋での買い物にしてもらう方がよほど気が利いているから好印象にもなる.

接客業は,「接客しているとき」にしかサービスをしているとかんがえない不思議なひとたちがいる.
旅館の「客室」という「商品」で,人間による接客は到着時に浴衣とお茶を煎れてくれる程度だが,お客はあとのほとんどの時間を,「部屋」ですごすのだから,「部屋が接客している」のである.この「無人の接客」を意識しないで接客業をしているのをどうおもうのか聞いてみたくなることがある.

おおくの温泉旅館街には,食堂が少ない,という傾向がある.
今様にいえば「ワンストップショップ」としてだが,ほんとうは「お客の財布の囲い込み」をはかるため,自館から外にださない戦略が有効だったから,宿の外には「歓楽的」な飲食店はあっても,「食堂」や「居酒屋」がすくない.これは,外湯の有無と関係なさそうだ.

だから,これらの店は地元人たちのオアシスになっていることがおおいから,地元人たちとの「ふれあい」には,もってこいの場所なのである.
城崎ではないが,中部地方の街の居酒屋で,家内が常連客の年配女性から抱きつかれて泣かれたことがあった.このひとは,漏電による火事で家族写真アルバムまでなくしたのを残念がっていた.自分の人生の記録がなくなったことを慰めたのが涙の原因であった.

城崎唯一の中華料理屋さんにお世話になった.
常連さんたちは忙しい主人の手間を省くため,勝手に冷蔵庫から飲み物を出して飲んでいた.
会話の様子から,今日は主人の気ままで開店したそうで,それで従業員がいないという.
「こう暑くっちゃうちにいてもね」といいながら,汗をかきながら中華鍋を振っていた.

街で一軒しかない貴重な店だから,お客の居ずまいもくだけている.
常連家族の会話やお一人様の様子には,日常そのものがある.
それに高校生ぐらいの主人の孫娘が友人を連れてきたのか,お手伝いは一切せずに飲み物とつまみを厨房奥からとると,そのまま座敷席に入ってふすまを閉じた.究極の「勝手知ったる」である.
今日店を開けた本当の理由は,これかもしれないとおもった.

城崎は十代の若者住人には厳しい街だろう.
都会といえば,豊岡まで行かねばなるまい.
歩いて行ける距離ではないから,孫にねだられたら断れない.
円山川沿いの県道一本が生命線になっている,この道が遮断されると城崎は孤立する.

ところで,城崎と豊岡の間,しかも城崎からみれば対岸側に「玄武洞」という名所がある.
ここは太古のむかし,火山活動によって地上に出た溶岩がつくった自然の造形でできている.
地質学では,「玄武岩」の名前のいわれになった地だと解説にあった.
城崎を愛した文人たちも,ここを訪れた.

JR山陰本線には,「玄武洞」という駅があって,その目のまえの対岸が「玄武洞」のある「玄武洞公園」になっている.ちなみに,豊岡のゆるキャラは,ここからとった「玄さん」だった.
ところが,直線で4~500mはあるこの川をわたる橋がこの駅周辺にはない.
「玄武洞」を見学したくて,うっかり「玄武洞駅」で下車したら,豊岡か城崎にしか橋がないから,上下線どちらかが来るまで最短30分は足止めされる.

日本人の「優しさ」を疑いたくなる「駅」である.
もちろん,ソフトクリームもない.
「玄さん」は,なにもしてくれず,つぎの列車を待つしかない.

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