1979年(昭和54年)に新発売されたのが、「ウォークマン」であった。
この音楽再生専用機器は、街中でもヘッドフォンを装着して歩く、という、当時のおとなが忌み嫌った「ながら文化」を、一気に正当化した一種の文化破壊を実現させたのである。
それは、1971年、銀座に開店したアメリカの象徴「マクドナルド」から遅れること7年の時差であった。
これで、銀座の歩行者天国は、食べ「ながら」歩く行儀の悪さで闊歩できる場所のメッカとなったのである。
それゆえに、日本人がながら文化を得てから、ザッと半世紀になる。
この間、音質がよいヘッドフォン&イヤホンが開発されて、どんなに他人がいる公共の空間でも、独りで別世界に浸ることができるようになった。
むかしの受験生には、ラジオの深夜放送を聴き「ながら」勉強できた得意技があったが、テレビを観「ながら」食事をしていたことの延長だったかもしれない。
「ウサギ小屋」と揶揄された住宅環境は、どんどん改善されて、国際統計でわが国は英・仏の居住空間よりも「平均」では広いことになっている。
しかも、かつてから「子供部屋」なる流行があって、何をしていようがこの空間に入り込めば、親からの干渉もない自由ができた。
ここから「引きこもり」とか、「オタク」が誕生する。
これらをよしんば「外れ値」としても、おおかたのひとびとは自分用のイヤホンをもっている。
その時間数としての利用しすぎ、音量の大きすぎを原因に、難聴が社会に浸透しているというのである。
音量を抑えるのにもっとも適しているのが、ノイズキャンセリング効果があるものだが、これらは耳の穴を塞ぐタイプとなる。
耳の穴を塞がないタイプは、静かな空間での長時間使用に適しているが、ノイズキャンセリング効果がないので、騒音下ではどうしてもボリュームを大きくしがちになる欠点がある。
とくに、骨伝導型は騒音環境において危険レベルになりやすいという。
骨伝導という特殊な方式が、音感部に直接作用するための弊害なので、耳鼻科の医師は騒音下での耳栓との併用を推奨しているのである。
ようは、物理的にノイズキャンセリング効果をつくれ、ということだ。
じっさいに難聴になってしまったのに、自覚症状がないのは、高周波の難聴だからという。
それで、徐々に進行するのだが、治療法がなくいったん発症すると元には戻らないのだ。
ために、外国のロックスターの多くが年齢を重ねて難聴に苦しんでいるという。
ナンセンスなことではあるが、ライブ会場が常時80デシベル以上なら、耳栓の使用が推奨される理由となっているし、「iPhone」と「Galaxy」には、80デシベル以上にならない設定メニューが用意されている。
すると、メーカーが喜ぶはなしとなるが、TPOによってイヤホンの種類を変えるために、タイプの違う機種を用意しておくことが、将来の難聴から逃れるひとつの方法である。
なお、ブルートゥース無線型のイヤホンの周波数は、電子レンジと同じなので微弱とはいえ脳のすぐ近くに装着することの気持ち悪さは否めない。
あたらしい添加物が安全といっても、これを一生摂取するとどうなるか?についての実例はないのとおなじだ。
日本では4月から自転車を対象とした「青切符」の導入で、両耳をイヤホンで塞いでの運転についても対象だと注意喚起されてはいるが、歩行者は「自由=放置」されている。
しかし、これはこれで危険を意識しないばかりか、すでに「聞く耳を持たない」という意味での「難聴」が進行しているのである。

