カナダBC州最高裁の判決

9日の「カナダ人ニュース」さんが否定的に伝えているのは、9月29日にカナダBC(ブリティッシュ・コロンビア)州最高裁判所で「違法薬物を安全に使用する憲法上の権利を争う裁判」で、違法薬物を規制する法律の違憲判決が出たことについてである。

本稿では、「自由主義」の立場から、この判決を評価したいので、残念ながらいつも肯定的に引用している「カナダ人ニュース」とは一見して真逆の見解となるが、結論的には一致する。

まずは、そもそも自由主義の立場では、政府の役割を限定的にみるのが基本である。

とはいえ、「自由主義」そのものがあんがいと誤解されている。

「自由」を人間について用いる場合に、「社会の中での自由だけ」だということが重要なのである。
そして、この前提に、完全な自由は存在しない、とかんがえている。

高性能住宅もない原始時代なら、いまよりずっと過酷な自然環境が生存の危機となる日常があるのに、なぜか原始時代の生活がいまよりずっと自由だとかんがえるひとがおおい不思議がある。

歪んだ哲学者、ジャン・ジャック・ルソーのいう「人間は生まれながらにして自由」はない。
じっさいに、狂人ルソーは、自分の5人の子供を生後すぐに孤児院へ実質的に「遺棄」した。
この時代、孤児院へ生後すぐの乳児を預けることとは、その劣悪な環境からの死亡率の高さから、「遺棄」したというのは大袈裟ではない。

しかも、彼はこのことの確信として、ライオンが子供を千尋の谷に落して、生き残った強い者だけを育てる逸話を実践しているのだと書きのこすほどの狂人ぶりなのだ。

自由主義がいう「社会における自由」とは、自分が他人に依存しているのと同様に、他人も自分に依存している「お互い様」を意味する。
だから、自由主義経済では、経済体制のボス(主人)とは消費者のことをさすのである。
しかも、その消費者は、また、かならず財やサービスの生産者でもあるのが「社会」というものだ。

さらに、まるで仏教の厳格さのようなかんがえを自由主義はもっている。

仏教における「最後の審判」とは、閻魔大王によることになっているけれども、閻魔大王とは生前の修行によって磨いたはずの、「自分の精神の鏡」として登場するのである。
よって、仏教では極楽へ行くのか?地獄へ堕ちて餓鬼となるのかは、なんと自分が決める宗教なのである。

自由主義(経済)では、消費者には失敗する権利がある、としている。

だから、自由主義経済の政治形態においては、国民の消費を規制することによって国民を害する消費から守ることができるという考えは間違っている(ミーゼス『自由への決断』P.40)。
父権的権威としての政府や、万人の保護者としての政府という発想は、社会主義に賛成する者の発想であります(ミーゼス、同上)。

このことから、カナダBC州最高裁判事は、おどろくほどの自由主義者なのである。

しかし、「カナダ人ニュース」さんが指摘するように、薬物中毒者救済に多額の公金が使われている。

自由主義では、これも許さない。

むしろ、いったん薬物に堕ちたら誰からも補助がないことの社会的事実の共有が、抑止力になるのである。

とはいえ、中毒者が一般人を傷つけることを放置せよということでもない。

ために、「中間をとって」トランプ政権2.0が、麻薬(カルテル)撲滅をやっているし、原料供給国への制裁も実施しているのである。

すると、もっとも重要なのは、教育と正しく正確な情報提供である。

具体的には、薬品や食品などの含有成分についての理解ができる「化学教育」と、産業界や特定企業への忖度のない情報発信義務の徹底、つまり、表示、による情報提供である。

たとえば、「ゴマ油」についての動画がある。

ここでは、EUの措置がわが国の消費者庁と対照的に紹介されている。

自由主義の立場からすれば、「消費者庁」とは笑止な名称で、せいぜい国がやるなら、「成分分析庁」でいいのである。
むろん、EUのような規制もよほどの「毒」でないならいらない。
わかりやすい「目安」を提供して、あとは消費者が選べることが重要なのである。

これだけで、スーパーが自店の棚にいれる商品選択を変えるだろう(あるいはおとなの事情で変えない)けれど、それをまた消費者が評価すればいいのである。

商品毎の成分情報サイトとかがSNSでわかるようになって、事業化すれば、「成分分析庁」すらいらないし、複数で見解が分かれればそれはそれでいい。

インバウンドの外国人が、日本の「食」が、自国よりも安全評価しているのは、おそらく「誤解」である。
このことの事実が、そのうちサイトの翻訳で判明したら、引き潮のごとく外国人観光客は減るだろうし、大満足していたひとたちの怨嗟のもととなる。

それで困る観光関連業界なら、自業自得というものである。

そんなわけで、カナダBC州最高裁は、既存の救済予算も「違憲」とすれば、なおよかったのである。

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