結局のところ、通貨発行権(ECBによる独占)と加盟各国財政の放棄(EU委員会の決定)、がEUを崩壊させると予言したハイエクの正しさが証明されようとしている。
しかしながら、このことの前提に、政府は国民から「介入主義(ケインズ政策とその後の社会主義・共産主義=全体主義)」を要求され続けることがある。
なぜならば、ケインズ政策とは、国家の通貨発行権と財政がセットになった「政府による有効需要の刺激策」でしかないからだ。
よって、自由主義を標榜するハイエクにとっては、間違った路線の末路、という意味になるので決して予言でもないのである。
それで、まだコンピュータが実用化される前に、「通貨発行自由化論」を書いて、市場に導入された優秀なコンピュータによる為替の一瞬の相場判断が可能となれば、誰でも勝手に通貨を発行しても問題はおきず、政府の財政が通貨の価値評価によって自動的に制限されるとのメリットをあらわした。
つまり、新規通貨発行に慎重にならざるを得ない政府にとって、「緊縮財政」や「リフレ派」という概念すらすっ飛ぶのである。
それは、自由に発行された通貨間の競争における、政府が採用した通貨の「価値の維持」がもっとも優先される政策となるからである。
ようは、ケインズ政策の政府にとって最大メリットだった、インフレ政策を採用することが困難になるのである。
インフレは、政府が借り入れた国債金利負担ばかりか、元本すら減価して、これらの見えないツケを国民に押しつける従来の方法が困難になる、ということだ。
バブル後、わが国の政界では「名目成長率重視」が重点的にプロパガンダされたが、その真意は、インフレ込みのこの数字だけで国民の目を欺き、本当の実力である「実質成長率」の悲惨を隠蔽するためであった。
フランスで起きた暴動のはじまりは、高校生による教育現場の改善要求だった。
40度を記録した暑さに、学校設備が対応できないばかりか、予算削減での校舎自体の老朽化は著しく、同時に給与が増えないために退職が続いて、教員が不足する事態になっても、政府はなにも手を打たないことへの不満が爆発したのである。
しかして、これはマクロン政権の責任か?と問えば、通貨発行権も財政の独自性も奪われたEUにあっては、各国政府にできることとは、EUの決定を行政として実行するだけだから、いまさら自分たちのせいにされても困る、といえばよかったのである。
しかし、親EU派のマクロン政権には、これを高校生に説明することもできない。
自分たちの根本政策=親EUの看板にキズが付くからである。
そこで、目ざとく実質共産主義一派のメランションが糸を引いて、全国のプロ市民を動員し、大暴動へと導いたのである。
だから、スペインやイタリアでの暴動も、同じ構造であって、自国政府が存在するというかつての常識が書き換われないでいる「幻想」がその共通原因なのである。
つまり、ヨーロッパ統合、とは、各国政府はもはや存在しない、ということであって、EUなる制度を自分たちで選択したことの、完全なる失敗=自虐行為であったのである。
となれば、必然的に尾てい骨のように残った、つまり、EUにとって見せかけの民主主義にすぎないけれど、唯一各国の主張選択が可能な、国政選挙における選択肢とは、「親EU」か「反EU」かでしかなくなり、もしも「反EU」が勝利したら、そのまま「離脱」となるようにできている。。
フランスもドイツも、反EUの勝利が見えてきたので、この二国が抜けたら、それはEUの崩壊にほかならない。
域内通貨ユーロの価値を決めるのは、これら二大国の経済力に依存しているからであるし、EU財政もまた同様だからだ。

