この春に亡くなった妹の母校から、100周年記念リカちゃん人形(1000体限定)の案内が届いた。
「制服コレクション」とあって、かつて女子校だった当時の「制服(ジャンパーコート)」が再現され、校章も着けているという。
むろん、共学となった現役生も対象のようで、現在の制服にも着せ替えができるとのこと。
これも供養とおもい、さっそく発注した。
彼女は剣道をやっていたこともあって、生前、自室には剣道着を着たキューピー人形があって、垂れには名前が刺繍されているオリジナル版だ。
今回の人形と一緒に飾ってやりたい。
さて、1000体限定とは、ずいぶんと少ない気がする。
オリジナル性から「売り切れ御免」なのはわかるし、学校当局あるいは同窓会として、売れ残っても困るのだろう。
しかしながら、他の注文方法は受け入れられなかったのか?と気を回したくなるのである。
納期を延ばしてでも、受注生産としてみたら、いったい何体の申込みがあるのか?
学校の設立年数と、卒業生の累計からかんがえると、いかにも定数が少ないのである。
よって、「限定」に弱いわたしとしては、早い者勝ちに遅れまいと、早々に注文した次第である。
ときに、「制服」というリアルが、ひとつの集団の共通性を象徴する。
アニメ世代の外国人が、日本の「青春」に憧れて、中学校や高校に留学し、学校生活を堪能することの大満足をYouTubeに多くアップしているのを観ると、日本の日常が外国ではあまりの「非日常」なのに驚く。
これはに、男女のちがいがない。
だとすると、学校は卒業時やら留学終了時に、記念品として制服をまとった人形を渡すのも、きっとサービスとしてあり、なのだろう。
そのためには、男子の人形もいるので、「G.I.ジョー」を連想してしまった。
しかし、こちらはアメリカ製なのである。
そういえば、リカちゃん人形には、「ボーイフレンド」がいた!
「制服」という観点からすれば、さまざまな企業の制服がキッチリ再現されたら、それは凄いことになる。
たとえば、「社史」の立体資料にもなるではないか!
どうやって若い従業員を採用するのか?にあきらめの傾向があって、それが外国人頼みになっているけれども、オリジナル制服人形は強力なインセンティブになるのではないか?
この国の就業満足度の低さはどこにあるのか?の研究を、企業はまともにやっているのだろうか?とおもえるのは、経営者の配慮が従業員満足に及んでいないとおもえるからである。
それで、人手不足、をいうのはどうかしている。
おそらく、そのような企業の離職率(「逃散」といったほうがいい)は高いにちがいないからである。
むかしは、去る者は追わず、去る者は日日に疎し、といったものだが、いまは、残る者の資質が心配になる。
去る者よりもよほど無気力である可能性があるからだ。
その無気力が、上からの命令に絶対服従する、という価値観になったとき、誰でもが『エルサレムのアイヒマン』になってしまうこともあるのだ。
こんな危険なリスクを、どこまで経営者は意識しているだろうか?
リカちゃんとボーイフレンドの人形が救いだという短絡をいいたいのではない。
自社に勤務する従業員の人生の質をいかに高めることができるのか?の思考の先に、こうした人形があってもいい、といいたいのである。
これは、学校にもいえて、いい記憶がたくさんある学園生活をいかにして提供するか?の成果が、おそらく何十年後の卒業生への購入意欲となるであろうからだ。
そのバロメーターだと認識したら、やっぱり1000体限定でいいのか?となろう。

