人類への金字塔『ドン・キホーテ』

ミゲル・セルバンテスが書いた『ドン・キホーテ』の初版は1605年のことである。

おなじころの日本では、徳川家康が将軍職を息子秀忠に譲り、「大御所」となった年である。
鬼才、隆慶一郎の『影武者徳川家康』は、当時静岡大学教授であった歴史家の小和田哲男氏の最新学説をモチーフとした傑作である。

なお、この作品には「裏物語」があって、それが、『吉原御免状』『かくれさと苦界業』の二作品であるから、序説、として先に読破しておくと本編の深みをより一層味わえるようにできている。

さて、自称「ドン・キホーテ」の本名は、アロンソ・キハーノで、「「ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ」を名乗って旅に出る。

この長大な物語のきっかけとなるのは、アロンソ・キハーノが騎士道物語を「読みすぎて」現実との区別がつかなくなる、という病的な状況である。
しかし、わたしは、当時の一般人が「識字」ができるとはおもえないので、アロンソ・キハーノが「郷士」の身分である設定に納得するのである。

従者のサンチョ・パンサは、日本的な「農夫」ではなく、おそらく「農奴(serf)」ゆえに、主人たるアロンソ・キハーノにイヤイヤについていくが、桃太郎のごとく「(鬼ヶ)島」を与えるとの妄想を信じるところが、なんともトンチンカンでマヌケな設定としているがミソなのである。

また、この物語の白眉が、「風車との戦い」であることも、じつに興味深い。

いま、世界を席巻しているのは、「ネット・ゼロ」なる、異常心理だからである。

ヨーロッパでも、わが国でも「風車」を建設して、不安定な発電による「ブラックアウト」の危機を積極的につくりだすのは、まったくもって、現実との区別がつかなくなった病的な姿である。

むろん、不安定な発電では、「太陽光」もおなじだ。

セルバンテスの故郷、スペインは左派政権で、みごとにドン・キホーテのような振る舞いをしているし、英国の地方議会選挙で大敗を喫したスターマー卿は、その不人気で狂った政策をやめる気配がないどころか、かえって過激さを増しているし、自党からの辞任圧力に屈することも微塵もない「勇者」なのである。

この意味で、シェークスピアの『ハムレット』が有名なセリフ「To be, or not to be: that is the question.」すら、スターマー卿の脳裡にはないのである。

まさに、パルパティーン最高議長=ダース・シディアス卿

端的にいえば、狂っている。

まさに、ジョン・レノンの名言「世界は狂人によって支配されている」とは、図星、なのである。

だから、一般国民が渇望しているのは、「王様は裸だ!」といえる人物となる。

それが、英国では「リフォームUK」を率いる、ナイジェル・ファラージであって、ドイツでは「AfD」のアリス・ワイデルだし、フランスなら「国民連合」のマリーヌ・ル・ペンだ。

アメリカは、当然にドナルド・トランプである。

セルバンテスは、ドン・キホーテに風刺の目線で託したものだが、ドン・キホーテの目に映るように狂った現代の現実が、逆に、われわれをサンチョ・パンサにしているのである。
だから、サンチョ・パンサがなにを忠告しようが、ドン・キホーテはきかないのである。

まったく、本の中の不思議な世界がまるで『不思議の国のアリス』の様になっている。

その基本が、『ドン・キホーテ』なのであった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください