正しい「借王:シャッキング」

1997年から2002年にかけて製作された人気ドラマが『借王 シャッキング』だった。

このドラマの前提にあったのが、借りすぎ、すなわち「過ぎたるは及ばざるがごとし」の格言である。

なので、現実世界から遊離した「過ぎたる」の、これまた荒唐無稽な解決策がフィクション・ドラマとして受けた、といえよう。

しかして、本作を本気で面白がった視聴者たちは皆、なんらかの借金を抱えていたリアルがあった。

住宅ローンならふつうだし、「サラ金地獄」は社会問題になっていた。

政府が動いたのはずっと後の、平成22年(2010年)6月18日に施行された貸金業法」と「出資法」の改正で、これで実質的な上限金利が統一され、グレーゾーン金利が完全に廃止されたのである。

ところで、バブルが崩壊をはじめたのは1989年(平成元年)末からである。

だから、上の作品群は、まさにバブルの後始末と時期が合致する。

個人の世界と企業の世界にはギャップがあるものだが、戦後からの企業の行動様式(エートス)が大逆転をはじめたのが、バブル崩壊による「バランスシート不況」による借入れの忌避である。

むろん、バランスシートが大きく毀損した銀行は、「貸し渋り」だけでなく「貸し剥がし」までやって、顧客企業の倒産・廃業の恨みを買い、これを「経営再建」といいだして、外資の「ハゲタカ」にすきなようにされたのである。

その恨み節が、「半沢直樹」というヒーローをうんだ。

とある複数の邦銀銀行マンたちは、「半沢直樹は存在しないが、半沢直樹と敵対する行内の悪玉は数えきれないほど実在する」と証言してくれた。

そんなわけで、企業の銀行離れ=借入れによる設備投資の減少で、とうとう「失われた30年」が過ぎ去った。

金融政策に依存したメチャクチャだった「アベノミクス」の大失敗から、高市政権のブレーンになった会田卓司氏が提唱するのが、積極財政論による成長重視策であり、これが今年の「骨太の方針」に書き込まれたので、来年度予算からスタートすることが決まった。

サナエノミクス、である。

ようは、国債発行によるだけでなく、30兆円規模の減税が必要との論である。

この前段で、円防衛とドル防衛の攻防戦が、日銀とアメリカ財務省との間で起きた「協調介入」であったといえる。

会田氏の論では、いきなり消費税減税の議論となるが、高市首相は会田氏の意見を本当に採用する気はなさそうである。

逆に、参政党の主張が会田論を先取りしている。

個人ではなく、企業にどうやって借金(積極的な設備投資)をさせるのか?のカギが、政府による事業誘導だというのは、ケインズ論そのものである。

会田氏の論で甘いのは、官民連携依存、である。

この背景に、新自由主義批判があるが、この用語の括りの筋の悪さに、グローバル全体主義との混同があることだ。

むしろ、本来の新自由主義の定義が、ネオコン(グローバル全体主義)によって乗っ取られたのだが、あろうことか会田氏はこれを修正せず後者の説をとっている。

そんなわけで、残念だがサナエノミクスが成功するには、ぜんぜん条件設定が甘いのである。

ただし、資産形成には借金による「テコ:レバレッジ」をかける必要があるから、節度ある「借王」になることはどうしても避けられないのであった。

それでもって、カネをモノに変換する。

つまり、モノの時代への転換ということなのである。

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