「だいじょうぶだぁ」のWHO

感染症の世界的流行を「パンデミック」という。

「風邪」だとおもっていたら、どんどん重篤になって、ひとびとが死んでしまう。
人間への流行が確認されているのは、1900年の「スペイン風邪」をはじまりとするようだ。

「確認」には、ヒトの抗体やヒトからウィルスが分離されたことを「証拠」としなければならないからだが、「あやしい記録」としては、紀元前5世紀のヒポクラテスによる記録が、もしやの最古である。

いまや「インフルエンザ」は、「感染症」ということが常識になったから、成人が罹患すれば、ほぼ一週間は自宅療養が「強制される」。
いわば、出社に及ばず、という状態になる。

「インフルの菌をばらまく律儀者」

記憶にあるサラリーマン川柳だけれど、作者と作年がでてこない。

宿泊業界での事件は、2002年から翌03年にかけて、東南アジアで流行した「SARS(重症急性呼吸器症候群)」だった。
彼の地の富裕層が、大挙して医療機関のレベルが高いと信じられているわが国へ「避難」してきて、都心の高級ホテルは対応に追われたものだった。

感染を心配する職場は、おもにフロントと客室清掃係であった。
そのため、感染症の専門家による対策方法の講義を依頼し、必要備品の手配をした記憶がある。

肝心のお客様たちは、長い滞在中にゴルフ三昧であったりと、それはもう「優雅」なホテルライフを楽しんでいた。

旅館業法における「宿帳(レジストレーション・カード)」の記載義務が、このときばかりは安心・安全の綱にみえたのは、そもそもの「衛生遡及」をするためという、目的性の合致にある。

しかし、ホテル館内におけるかずかずの「接触」で、遡及を担保することはできない。
まったく「ムダ」とはしりつつ、ロビーを歩くひとや従業員入口に、「体温」を測定する特殊カメラを設置して、空港の検疫所らしきことまでしたものだ。

マスクについては、知り合いの医師の推奨による手配で、手術用「N95」基準の「排気弁付き」を個人購入し、これをもって「通勤用」としていた。
まったく「風の谷のナウシカ」状態になったから、よそ様には異様にみえたはずである。

ただし、N95基準以上のマスクでは、弁付きでないと排気困難になるのである。
排気のときの空気音は、「ダース・ベイダー」そのものだった。

あいかわらず、インフルエンザは流行していて、予防接種は毎年かかさずうけている。
それでか、ここ数年は一度しか感染していないが、吸気薬ができてうそみたいに速く症状はなくなるからたすかる。

しかし、この時期に発生した「新型肺炎」の対応は、いったいどうなっているのか?

そもそも新型とはいえ、「SARS」と同様の「コロナウィルス」が原因というから、用語からして「新型SARS」ではないのはなぜか?

WHOの発表も、なんだか「政治臭」がして「変」である。

世界の「公衆衛生」を保持するのが役割だし、そのためのリスク回避を優先させれば、「緊急事態」のはずなのは、東京「都」に匹敵する人口の武漢「市」を「閉鎖」したという中国当局の決断からして当然ではないのか?

二日も連続して、おなじ案件で記者会見する、WHOのえらいひとたちの顔が、まじめ一色だけに、往年の大ギャグ番組の「オチ」を想像して笑ってしまうのである。

「だいじょうぶだぁ」

わが国、厚生労働省の対応も、妙に「他人事」で、国会では例によって、今国会の流行である「カジノ疑惑」ばかりが感染しているようで、国民を代表する議員たちが国民の健康をぜんぜん気遣っていない。
いや、ギャンブル依存症という病気だけは気遣っているというのだろう。

そんな状態でも、この役所は「健康日本21」という、2000年にできた「国民運動」にいまだ熱心である。
メタボ対策やら、禁煙やらと、活動メニューはたくさんあるけど、ぜんぶが「禁止」を旨としているところが「いい子の日本」らしい。

なんでもかんでも「増税」やらなんやらと「コスト負担」を国民に強いることばかりで、「健康」すらも国民に強いるのだから、戦時中の批判なんかできっこない。

むかしは国民の健康が「国力」を意味した。
労働が壮健な肉体を必要としたし、「壮丁」という「兵隊」の健康こそが軍事力の強さをしめしたからである。
律令国家の「租庸調」の「庸」のことだ。

いまは、健康が社会保障負担を「軽減」するときめつけている。
負担するのは政府のことだから、政府のために健康でいろ、となって、むかしとぜんぜんかわっていない。
にもかかわらず、ちょっとまえなら「高度医療分野」だったものも、健康保険適用にして、政府は政府の負担をじぶんでふやしている。

やっぱり「だいじょうぶだぁ」といっているのだ。

もう、国民は笑っていられない。

WHOすら、ブラックジョークの対象になってしまった。

経理を強化しても儲からない?

企業活動とは投資活動のことである。

「ひとがうごく」とかけば「働く」になる。
従業員がいるだけで、人件費がかかるから、うごくかうごかないかはじっさいに関係ない。
その典型が事務仕事で、日がな一日机の前に座ったまま、なにかしているようでじつはゲームをして暇つぶしもできる。

有能な経営者は、付加価値の生産に注視するから、従業員がうごきまわろうが座ったままであろうが、その形態はどうでもいい。
残念な経営者は、付加価値の生産がピンとこないから、なんでもいいから忙しそうな従業員をみているだけで安心し、暇そうなら怒りだす。

むかしの喜劇役者で、「あーいそがしい、あーいそがしい」といいながら、舞台を走りまわるだけでなにもしないことを演じるキャラクターで受けていたひとがいて、観客が何度みても笑ったのは、身近にそんな人物がかならずいたからである。

だから、残念な経営者のもとに、忙しがるだけの従業員がたくさんいるのは、経営者がそうなるように育てているからであって、そんな人物たちをわざわざ選んで採用したわけではない。
こんなことにも気がつかないから、かならず「うちの従業員は忙しがるがなんにもしない」と他人にボヤけるのである。

なので、こんな残念な経営者は、経理も不正がなければよいという価値感だから、「経理が利益を生む」とは夢にも考えない。

経理部と財務部がある企業がある。
ふつうは経理部だけだろうが、おおきな会社になると財務部があることがある。

経理部は、月次決算や税務などの報告書をつくったり、金銭出納の窓口になるから、会社のおカネをあつかう部署だ。
これに、会社の資産管理もくわわって、その気になると見た目よりもいそがしい部署になる。

小さい会社だと、従業員の給与計算も経理が担当する。
退職金も給与あつかいになっているから、数人でも退職者があると、おおきなおカネがうごくことになる。

そんな経理は、むかしなら算盤、ちょっと前なら電卓があって、計算用紙に定規で表をつくって、計算結果を手書きしていたものだ。
これが、コンピューター会計を看板にする税理士からの要請で、会社の数字もデジタル化の時代になって、いまなら税理事務所にデータ転送ですませているだろう。

ものをあつかう会社なら、伝票が紙だった時代はおわって、バーコードからユビキタスの時代になってきた。
発注管理も、納品も、在庫管理も、どこもデジタル化がすすんでいる。

外部的には「経理」と「財務」のちがいは、どうでもいいが、内部的にはおおきくちがう。
「経理」を「制度会計」、「財務」を「管理会計」とすれば、重要なのは「財務」のほうになる。

おおくの企業は「制度会計」しかしないので、経営のための数値情報がないがしろになっているのだが、これに気づかない。
経営のための情報は、「管理会計」の分野である。
株主のためにある決算書をみて経営する、という企業は、じつは経営なんかしていない。できっこない。

ならば、なにをしているのか?
会社を「運営」しているだけなのだ。
だから、だれにだってできる。
なぜなら、部下たちが「勝手に」支えてくれるからである。

これを、とち狂って、じぶんが経営者だから会社の経営をしていると勘違いし、トップダウンで「命じ」てみたら、うまくいくときとそうでないときがある。

なぜなら、部下たちが「判断」して、やるかやらないかをきめているからだ。
経営者は、なぜやらぬのかさえも理解できない。
それで、自社の社員のことを外にいってボヤくのである。

まったく犬と飼い主の関係そのものである。
うちの犬は「バカ犬だ」という飼い主が、犬への教育方法をしらないばかりか、犬という動物の習性すらしらない。
しかも、擬人化までして、とうとう「飼い犬に手を噛まれる」ことになってしまうのだ。

会社の経営には、実態把握が必須だが、制度会計ではこれが「甘い」。
なので、わかっている経営者は、制度会計の報告だけで満足しないのだ。

デジタルの時代だから、手書きや手入力だったむかしにくらべて、ずいぶん自動化されてきている。
この「投資」をしないから、いつまでたっても「運営」しかできない。

デフレの時代に行き詰まる企業のパターンは、これである。

自社は制度会計しかしていないのではないか?
という疑問を、経営者がもたなくては、はなしがすすまない。
部下がおしえてくれることではない。

じつは、管理会計を強化すれば、会社は儲かるようになる。

だから、いまどきなら、どんなコンピューター・システム(ソフト)を採用するかで、企業基盤の強弱がきまってしまうのだ。
これを選定する「目」を、経営者が学ばないといけない。
制度会計を受け持つ、顧問税理士の「意見」は、まず役に立たないとしるべきだ。

でも、勉強する時間がないと思し召すなら、業績がよくて採用している企業の実態を調べるという手がある。

なつかしい「メカ」の時代

いまはしらないが、むかしの自動車学校では「構造」という課目があった。
これに、「学科」と「技能」があったから、おおきく三課目あったのだ。

「構造」は、エンジンの構造からシャフトの構造、それから駆動の構造が基本で、これに電気系統の説明をうけた。
電気プラグが発火しなければ、ガソリンエンジンは動かない。
それで、冬場の朝の始動時に活躍する「チョーク」の操作方法もならった。

技能でとにかく慣れる必要があるのが、クラッチペダルの操作で、坂道発進の「半クラッチ」ができなくて、教習車を空ぶかししたり、エンストさせた経験はどなたにもあったはずだ。

いまはクラッチ操作を要するマニュアル車には、マニアしか乗らないだろうが、ヨーロッパでレンタカーを申し込むと、オートマ車のはずがマニュアル車しかないので難儀する。
慣れたころに返すことになるのが、やや心残りではある。

ディーゼルエンジンの乗用車はめずらしかったけど、ガソリンエンジンとのちがいぐらいはおしえてくれた。
電気プラグを必要とせず、燃料の圧縮によって自然発火させるディーゼルエンジンの構造の単純さは、それゆえ、より頑強さを要求するのだと。

まだまだ女性ドライバーがめずらしく、「構造」を苦手とする女性がおおかったのも、学校での「家庭科」が、男女別だったこともあるだろう。
男子は木工やら花壇やらラジオ製作やらと、いまでいう「DIY」を授業でやって、おなじ時間に女子は裁縫や料理をしていた。

「中卒」で就職するなごりもあったけれど、高校に進学しないで、裁縫学校にいった女子もいた。
当時、横浜には有名は洋裁学校があって、校名に「洋裁」とあったけど、校内には「和裁科」もあったのをしっている。

近所のおばさんがこの学校をでていて、「ほんとうは和裁のほうが専門なんだけど」といいながら、洋裁もずいぶんな数の主婦たちにおしえていた。そのなかのひとりが、わたしの母だった。
母はいつも「あのひとはあそこの洋裁学校出だからすごい腕前で、わたしなんかぜんぜんかなわない」といっていたから覚えている。

それでかとおもうが、小学生のとき、浴衣をつくってくれたのは、この「専門」の先生にならったにちがいない。
母親同士も仲がいい同級生たちと、浴衣で盆踊りや夏祭りの夜店にでかけたのは、きっと「集団指導」があったのだ。

だから、中学の同学年の女の子が数名、この学校にいくことが、なんだかうらやましくもあった。
きっと「すごい」着物やら洋服を、じぶんでつくれるようになるのだろう。

男子であるわたしのほうは、物好きなともだちと、彼の家の近所にあったちいさな材料屋さんで基盤のかけらと溶剤を買って、電気屋さんにもらったトランジスタや抵抗、コンデンサをハンダ付けして、ラジオをつくっていた。

自作のお風呂の水張りブザーは、それなりに便利だったのが自慢だ。

部品が「エレクトロニクス」でも、組立だから「メカ」同然。
小型の万力もあった自室が実験室になっていた。

生活のまわりに、メカがたくさんあったから、なにしろこれを「分解」するのがたのしいのである。
しかし、かならずもとに戻せない。
なので、商店街の電気屋さんにはずいぶんかよった。

大学にはいったころに、電気屋さんのおじさんが、うちの従業員になってくれるかと期待していたといわれたことがある。
冗談のようないいかただったが、もう、本心をたしかめるすべをうしなってしまった。

エレクトロニクスとメカニクスを合体させたのが「メカトロニクス」だけれども、このことばもあまり聴かなくなったのはどうしたことだろう。

工業のひとたちのなかにおさまっていて、そとに出てこなくなったのか?
サービス業のひとたちが、とてつもない恩恵をうけているのに、ぜんぜん他人事のままなのも解せない。

口ではじぶんたちが「最先端」をいくとはいうけれど、サービス業のひとたちは、そのどこが「最先端」なのかをいわない。
まさか「接客」という「接頭辞」を略しているだけではあるまい。

「接客最先端」に「最先端」をどうしたいのか?どうあってほしいのか?

ほんとうにかんがえているのだろうか?

宿の経営者が、「なぜか」をつけていうのが、客室のテレビやエアコンが同じ時期に一斉にこわれるから、出費がかさんでこまるという。
けれども、それが「日本品質」なのだ。

「品質」が「一定」でブレやバラツキがないから、一斉にあたらしく入れ替えたものが一斉に寿命をむかえる。
だから、経営として「予定」しなければならないのに、それをただ怠っているだけである。

「メカ」の時代からのメーカー努力が、いまだに理解できないのは、いったいどういう経営をしているのか?以前に、ユーザーとしておかしくないか?

どうして「年末」に、家庭の蛍光灯をぜんぶ交換するのか?
メーカーが、だいたい「一年」をもって寿命としているからである。
けれど、これをムリに伸ばすと「経済性が落ちる」ことも理由である。
それは、メーカーの手間という意味だけでなく、その分を負担するユーザーの「経済性」を考慮しているのだ。

切れるまで交換しないというのでは「目にわるい」。ひかりの波長に目に見えないノイズがはいるからだ。
いまどき、直管なら100均で買えるから、ちゃんと交換するのがユーザーにも合理的だ。

30年前の「餅つき器」が現役なのは、毎年末だけしかつかわないので、稼働したのがたったの30回だからではない。
空気には「酸素」という「酸」がふくまれていて、これが樹脂などの酸に弱い材料をかならず劣化させる。

それでも動いているのは、いまよりはるかに「良質」な材料をつかって、わざと「長持ち」という「品質」をつくっていたのである。
日本メーカーだとしても、中国工場だからわるいのではない。
むかしが、よすぎたのでもあり、いまは、「良質」より「コスト」を重視してつくっているから、やっぱり「わざと」である。

中国の安い人件費をもとめて工場移転したが、材料も安くした。
人件費が高くなった中国から別の国に移転するなら、こんどは浮いた分で高い材料をまかなえば、おどろきの「品質」で提供できることになるから、世界の消費者によいことだ。

はたして、ことしもサービス業界は、ほんとうにユーザーのことを第一としてかんがえ、行動することができるのか?
どんなサービスをつくるのか?

なんだか「オリンピック」「パラリンピック」がうらめしい。

マスクをしたいひとたち

寛容なのか不寛容なのか?
イオングループが接客にあたる従業員のマスク着用を「禁止」した、というニュースが配信された。

「風邪」にかかってもいいのか?
「安心して勤務できない」とかいう、従業員からの「意見」もあるようだが、「広報」によると、会社への正式な抗議にはなっていないようである。

「禁止」という表現を記事どおりに会社がつかったのかも未確認だから、ほんとうなのだろうか?とうたがってしまう。
べつの表現をしたものに、「意味がおなじ」だとして記事に書いてしまってはいないか?
できれば「全文」を掲載してもらいたかった。

一般的な「マスク」に関しては、このブログで何度か書いている。

「接客業」にあって、客前でマスクを着用したままで「よし」とする感覚をいかがかとおもう、という立場から書いてきたが、今回の記事は、「禁止」がいかがかという立場から書かれている。
これは、「新鮮」なおどろきだ。

どういう意図なのか?
どういう感覚なのか?
記者に口頭で不満を表明した従業員がいる、という事実だけを書きたかったともおもえない。

「記事になった」かぎりにおいて、取材した記者ひとりのことではなく、それをみとめた上司なりが許可しなければ、商業的な「記事」となって世間に配信されることはない。

だから、興味深いのである。

まず確認したいのが、マスクの「効果」である。
本来は、風邪やインフルエンザに「感染したひと」が、まわりの迷惑にならないように着用するものだった。

しかし、これらのウィルスは一般的なマスクの材質では、呼気があみめを通過してしまうから、役に立たない。
だから、健康なひとにとっても、風邪やインフルエンザのウィルスを吸い込むための、「予防」にもならない。

つまり、じぶんは病気にかかっています、という合図をおくって、他人に注意を喚起するというのが、第一の役目になったのだ。

それでも、一日中マスクをしていれば、なんだか「黒ずんでくる」のは、外気がさまざまな物質に汚染されていて、比較的おおきな粒子がマスクでとまる。
けれども、おおかたマスクなしでも「鼻毛」がこの役割をもっている。

あえていえば、冬の太平洋側は空気が乾燥するので、マスクをすることでじぶんの呼気の湿り気で喉を潤すことぐらいが、効果なのだろう。
さいきんでは、監視カメラの人物特定から逃れるため、ということもあるが、マスクの着用程度でAIはだませない。

これからわかるのは、他人のための注意喚起だったものが、じぶんのための湿潤に変化していることだ。
そして、科学が軽視されていることもみえてくる。

科学的にかんがえれば、一般に購入できるマスクはほとんど無意味だからだ。
けれども、ここに「商機」があって、メーカーによる「文化」が形成されているのである。

もちろん、メーカー努力だけでなく、その背景に「じぶんかわいさ」が価値観になければならない。
そして、それが「お互いさま」にくっついて、じぶんがしようが他人がしようが「勝手御免」になれば、マスクの着用がマナー違反にならなくなるばかりか、他人からの禁止命令にすこしばかり反発するだけですむようになるのである。

これが、現代日本における「現役世代」の「常識」だ。
だから、「記事」になったのだ。

そういえば、たまにではあるが、旅館やホテルでも「禁止」の掲示をみかける。
接客現場に、「禁止」ポスターを貼るのは、どうみても従業員向けではなくて利用客向けだ。

たんに日本語のつかいかたが下手なのではなくて、あいてに命令することに違和感がないのは、「いつも命令されている」からだろう。
たとえば、小公園でも「球技禁止」とか、ショッピングセンターに「ローラーシューズ禁止」とかが貼ってある。

「球技禁止」は、老人優先社会になったからだろう。
「あぶないのでボールをけったりなげたりしてあそんではいけません」とあるのは、子どもがあぶないのではない。
こういうひとにかぎって、幼いころのはなしになると球技をしていたはずだ。

「ローラーシューズ禁止」のおかしさは、じぶんたちで売ったものを、履いてくるなという自己中な発想があるからである。
ならば、「当店ではあぶないローラーシューズの販売はいたしません」と書けばよい。

そういえば、こないだの『魔笛』公演では、弦楽器の演奏者がマスクをしたままで全曲を演奏していた。
オーケストラの本番で、演奏者がマスクをしているのを生まれてはじめてみた。

同僚も注意しないばかりか、指揮者もなにもいわないし、休憩後もかわらなかった。
けれど、カーテンコールでオーケストラが起立して挨拶するときに、このひとははじめて素顔をみせた。

マスクをしたままでは、やっぱり「まずい」とおもったのだろう。
年齢的には40代のなかごろか?
どうやら、このあたりが「境界線」のようである。

個々人がバラバラになって、じぶんのため、をどんどん追求すると、ついにそれを国家の役割に変容させることで全体主義は達成できる。
いまは「まさか」の段階だが、国家の命令に全員がそろってしたがう、全体主義への準備が、ゆっくりと、しかし、着実に進行している。

マスクの着用は、「禁止」でも「勝手」でもなく、「マナー」や「エチケット」としてとらえることが肝要だ。

官営カジノ失敗の予感

どこにつくるのかまだ決まっていないが、「制度」だけは先行している。
1日、カジノで儲けたひとの課税逃れをさけるため、事業者に外国人客にも「源泉徴収」をさせるというニュースがきた。

日本の「官僚」が、かくも劣化してとはおどろきだ。
いまになって競馬などの「官営ギャンブル」と、すりあわせをしたのだろう。

入場に身分証の提示をもとめるのだから、カジノの敷地内は関(イミグレーション)外の「租界」であるとすれば、「免税地域」という「特区」になぜしないのか?しかも、入場料も徴収する。

もっとも近い「マカオ」とどう競合するのかをかんがえないのは、マーケット意識ゼロの「徴税役人」こそである。
わが国でもっとも「優秀」とされる法学部出が、こぞってなるのが「徴税役人」だから、かれらからみたら、一兆円もの大金を外国から投じる者が「バカ」にみえることだろう。

ましてや、そのうち社会問題になること必至の、大負けしたひとからの容赦ない「取り立て」も、人生をたかだか博打で棒に振る「愚か者」の自己責任にしかみえないはずだ。

大学で、じぶんより成績がわるかった同級生たちがなる「弁護士」に、「金利過払い金問題」でビジネスをつくってあげたが、まもなく時間切れになるから、カジノの取り立てというあたらしいビジネスをつくってあげるのは「友情」だけではない「憐愍」だろう。

それでいて、国と立地のある自治体とで、収益の3割を折半して、濡れ手に粟の不労所得をえようという魂胆で、カネの行き先は、国会に報告義務のない「特別会計」になっている。
どんな「豪遊」を目論んでいるのだろうか?

もちろん、カジノ会社の法人税だって、ふつうに徴収することになるのは「事業会社」として当然だ。
これが「二重課税」にならないのは、ヤクザも青くなる「ショバ代」徴収を合法として「着服」するからである。

どの自治体も、住民の「反対」を無視して誘致に走るのは、こんな天からお金が降ってくる「事業」は、かつてなかったからである。
それで、住民がどうなろうが、役所の予算が潤沢なら「ばら撒いてやる」からありがたくおもえ、と幕藩体制でもかんがえなかった発想をしている。

そもそも「経済特区(略して「特区」)」とは、中国の改革開放政策にあたって、ときの最高指導者、鄧小平が推進したものだ。
つまり、国中が「共産体制下」にあってにっちもさっちもいかない、ガチガチの統治制度だらけだから、特別に風穴をあけて、自由経済地域として「指定」したのである。

これはうまいやりかただと、日本でもまねっこしてはじめたのは、日本もおなじ「共産体制下」になっていたからである。
べつのいい方で「官僚社会主義体制」とマイルドにいいかえているのは「文学」センスである。

きっと、政府の「カジノ調査団」は、世界各地のカジノをあるいて、じっさいにいくらすったのかしらないが、大勝ちしなかったもんだから、大勝ちしたひとから「徴税する」と発想できるのだろう。

すると、カジノでのチップ代は領収書がもらえないので、官房機密費があてられたことだろう。
ならば、少額でも勝ったなら国庫に返還すべきだが、そんな細かいことをされたらこんどは「入金」が面倒だから、じぶんの財布にいれたはずでもある。

豪勢な建物や奇抜な運送手段(候補地の横浜では、港にロープウェイをかけるそうである)などを用意して、キラキラなエリアを演出したい。
そのために、はたまた税金を投入するというのは、カジノ投資者からしたら、笑っちゃうほどに脳が溶けているとおもうだろうから、きっとじぶんの脚をつねってこらえているはずである。

国民資産をひろく吸い取るためにやってくるひとたちを、国民資産をつかって歓迎するとは、ほとんど「原始人」である。

そんななか、先月29日(一昨日)、北海道知事が候補地で初の誘致断念を決めたのは、理由はどうあれ「まずまず」であろう。

さいきんはやりの野崎まど作『バビロン』には、神奈川県に第二の首都になる「地域」という意味で、「新域」というエリアがでてくる。
相模原市、八王子市、町田市などの、「神奈川県内」にまっさらな「特区」ができて、そこに日本国内のさらなる「国内」ができたという想定だ。

  

コミック版、さらに、現在放送中のアニメ版がある。
作品自体「有害小説」という分野になるとの評価があるのは、子どもには刺激が強すぎるし、大人にもあわないひとがいるからだろう。
ましてや、どうやら「3巻」で完結しないらしい。

ちなみに、八王子市、町田市をふくむ「三多摩(北多摩郡、南多摩郡、西多摩郡)」は、1893(明治26)年3月31日まで「神奈川県」だった。

注目の一点は「新域」という発想である。
従来からの規制のなにもかもを取り除いてしまう。
選挙制度も、選挙権、被選挙権ともに「規制」がないから、小学生だって投票も立候補もできる。
乳幼児がいれば、親が二票以上を握っていることを「許す」のである。

ほんらい、カジノという「悪所」は、江戸の吉原がそうだったように、大門をくぐれば身分がひらたくなる特別な空間ですらあったのだから、幕府権力も及ばない場所だった。
それは、高度な「自治」があったからであったものを、1957(昭和32)年4月1日の「売春防止法」施行によって、1612年以来の灯が消えた。

約350年もつづいた「吉原」の最後の夜も、だれもが翌日に「廃止」されるとはおもえない盛況だったという。
しかし、翌晩は、全店閉店のあっとおどろく「消沈」だった。
かくも国家権力がおよぶと、「自由」がなくなるのである。

新吉原女子保険組合が編纂した『明るい谷間』(1973年、土曜美術社)は、1952(昭和27)年刊の翻刻で、当時の「遊女」たちによる「文集」である。
その中身の「文学性」の高さには、おどろくばかりである。
永井荷風を代表するように、「客」に「教養」があったからである。

現代のカジノは、開業する前から役人たちが「消沈」させているのは、はたしてなんのためなのか?
当の本人も気づいていないことだろう。

もちろん、「客」に「教養」も必要ない。
ただ、客のカネを吸い取るマシンなのである。

政治が死ぬと、こうなる。

三重県の長島に行ってきた

市でいえば「桑名市」である。
といっても、2004年に「平成の大合併」という「文化破壊革命」で、かつての「長島町」が「多度町」とともに桑名市に吸収合併されたいきさつがある。

木曽三川という木曽川、長良川、揖斐川の河口部にある巨大な「中州」の「島」で、かつては七つの島があったから「ななしま」がなまって「ながしま」になった説と、濃尾平野をつくりだした三つの大河がつくる長大なことから「ながしま」になった説とがあるようだ。

どちらにせよ、「中州」であることにちがいない。
だから、この地に住むということは、「治水」あってのことになる。
海抜は「ゼロ」か「1m」、あるいは、「マイナス1m」という表記が電柱にある。

明治期に、四半世紀をかけて「木曽川三川分流工事」がおこなわれていまの「島」になった。
これを計画したのが、オランダ人技師だったというから、なるほどと「納得」する。

それにしても、よくもオランダ人を呼んできたものだが、島内のどこにも「オランダらしさ」が主張されていない。
長崎に「ハウステンボス」があるけれど、ほんらいならここが適地だったろう。

歴史上のエピソードでは、とにかく「伊勢長島一向一揆」として、織田信長を悩ませた「大乱」の舞台であり、皆殺しの激戦が繰り広がれた地であるが、「血の臭い」がするからか、このあたりも「淡泊」である。

織田軍は、どうやって「大河」をこえて攻めたのか?
守る一揆側はどうやってこれに抵抗したのか?
大河ドラマとは、このことだろう。

近年では、1959年の「伊勢湾台風」の被害地でしられる。
15箇所もの堤防が決壊して、街が水没しそのまま川となって、400名弱が亡くなっている。
このときの「水位」をしめすポールをみつけたが、はるか見あげる高さでおもわず背筋が凍った。

敷地を高くしている家もあるが、そうでない家がふつうに建っている。
スイス人なら、敷地を高くしないと建築許可をださないようにするのだろうけど、これは「オランダ式」か?はたまた「日本式」か?

島の西側から橋をわたれば「桑名宿」になる。
東海道五十三次のなかで唯一の船旅、「七里の渡し」(28Km)で熱田神宮がある「宮宿」とむすんだ。
東京湾アクアラインは15.1Kmだから、ざっと二倍の距離を「渡し」といっていいものか?

「桑名宿」と「宮宿」で行き先案内を、グーグルマップで検索すれば、伊勢湾の埋め立てと「長島」の関係がみえてくる。

「長島」のユニークさは、東西日本の境目、にある。
三川の西側を流れるのは揖斐川で、この川より西が「関西弁」で、「長島」は「尾張(名古屋)弁」になるから、橋をわたるだけでの変化がおもしろい。

カレーライスという国民食でみても、関西の牛肉、関東の豚肉という特徴があるけれど、なんと「長島カレー」は、中心のご飯をはさんで「牛肉カレー」と「豚肉カレー」の両方がかけてあるという贅沢さが特徴なのだ。

徳川四天王の本多家の居城が桑名城。
長島の対岸にあって、ほぼ島のまん中当たり、しかも、長良川と揖斐川の合流地点に位置している。
尾張徳川家の筆頭家老でもあったけど、「長島」を名古屋側からとで挟み撃ちできるようになっているのは、「一揆」の影響を無視できなかったからだろう。

桑名城のやや北側対岸に、「なばなの里」という植物園がある。
冬のシーズンは、イルミネーションで飾られることで有名だ。
近鉄長島駅からシャトルバスがでていて、乗客の半分とはいえ8人ほどが中国人だった。

かれらはバスチケットのクーポンを人数分もっていたから、グループ旅行だ。
もはや「団体旅行」から離脱したひとたちが、「珍しさ」をもとめてやってきている。

島の南端は「ナガシマスパーランド」。
周辺にはオリーブ園やスポーツランドもあって、アウトレットモールも隣接されている。
「なばなの里」もふくめ、おなじリゾート会社が所有している。

鉄道の乗り入れがないから、公共の交通手段はバス。
この「不便さ」が、「目的地」としての価値を、かえって高めているのは、施設内の温泉ホテルの宿泊料金をみればわかる。

名古屋からの高速バス運賃は片道1100円。
「泊まれない」ひとたちはどうする?
桑名のホテルが候補になるわけだ。
なぜなら、島内に宿泊施設が皆無だからである。

なるほど。

さてさて、帰路、交通渋滞に見舞われたのは、だれも気づかなかった「G20」が名古屋で開催されるための警備規制が原因だった。

このての国際会議を大都市でやる理由はなにか?
「地方再生」とか「創生」とかいうわりに、地方は無視されている。
はてさて、政府からみれば名古屋も地方都市扱いなのだろうか?

もしかしたら、芸術祭の意趣返しなのか?とうたがいたくなるのは、言い過ぎとしても、会議期間中の前後をふくめて、名古屋の交通は不便になること間違いない。

ならばと島や桑名にこもる人は、どれほどいるのだろうか?

FAXがほしい

電話機についているのがFAXなのか、FAXに電話機がついているのか?
通信手段として、固定電話とセットになるFAXは、前世紀の遺物、と世界的に評価されるなか、どっこいわが国ではいまだ「現役」だ。

もうずいぶん前になるが、ヨーロッパのとある先進国にある、とある先端企業は、自社の技術がとあるアジアの国に盗まれていることに気がついた。
どこから、設計図が漏れたのか?を社内の極秘調査チームがさぐったら、ネットからだったことが判明した。

この企業でのこの「事件」は、ネットの脆弱性を世界に知らしめたものだった。
それで、どういう対策をとったのか?といえば、いそぐばあいはFAX、そうでなければ郵便ということになった。

どちらさまも「サイバー空間」における「情報争奪」に熱心なので、アナログ回線における通信が、かえって安全だという皮肉である。

ましてや、郵便とは?
かつての冷戦期、郵便物を開封して撮影し、再度封をするスパイ小説や映画のようなことは、じっさいにはもっと巧妙にやっていた。
その筋のプロでもわからないようにする「職人技術」があったのだ。

ところが、冷戦の終了とインターネットの普及という新技術の登場に、これらの職人たちがお払い箱になってしまって、郵便における安全性が急に復活したという事情が説明されてもいた。

前にふれた映画『オーケストラ』(2009年、フランス)は、かつての「ボリショイ交響楽団」の仲間たちでつくるコンサートを成功させる物語だった。

ロートルのひとたちがドタバタしながらなんとかする、というはなしだが、諜報の世界のロートルのひとたちがドタバタしながら、重要な郵便物を盗み見る、なんて映画ができてもおかしくない。
なにせ、もはや後継者がいない、からである。

いまや、固定電話契約は、個人の信用を証明するような「機能」になってしまった。
固定電話番号をもっていることは、「家がある」という意味になるからである。

しかし、ひとり暮らしならずとも、携帯電話があれば固定電話はひつようない。
それで、NTT東西あわせると1997年をピークに「7割以上」も減って1,700万件ほどになってしまったから、年間800億円以上の赤字事業になっている。

ざっくりいえば、毎年150万件の契約解除が発生していることになる。

国家は国民から合法的に掠奪する。

むかし電話を引くときに強制購入させられた「電話債権」とは、いわゆる「電話加入権」のことだが、これが「価値をうしなった」のは、2006年に提訴された損害賠償裁判で、控訴審でも請求棄却が確定したことがきめてになった。

わが国に「三権分立が存在しない」ことの証拠にもなった。
裁判所は、行政府を擁護するために存在しているからだ。
よって、企業にはこの債権価値について「無形固定資産」としての「簿価」をどうするのか?という問題となり、「時価会計」による「減損」するしかないという理不尽も発生している。

客室数に応じて、それなりの契約回線数をもっているホテルや旅館には、想定外の災難なことであったが、これに「業界」が「沈黙」したのも「椿事」ではある。
よく「しつけられた」ものだ。

「パソコン通信」がはじまる前、文書はFAXで送受信する、ことになっていた。
いまだに「パソコンがない」ときに、FAXをつかうのは、「情弱」だけが理由ではない。

コンビニにも、複合機としてのFAXがあるのは、通信手段としての選択肢を確保しているからだろう。

けれども、さいきんは「パソコンがあっても」FAXをつかうことがある。
これは、「PCファクス送受信」という機能があるからで、この機能つきFAX機を介せば、パソコンから直接FAXの送受信ができる。

電子メールに文書を添付させるために、パスワードをかける方法がビジネスの場面でつかわれることが「常識」とさえいわれているが、専門家は「無意味」と批判的である。
サイバー空間をつかうから、悪意があれば盗まれる。

ならば、メール添付ではなくFAX送信してしまうことを通知すれば、手間はおなじでありながら、じつはよほど「セキュア」なのである。
相手も、この機能があるFAX機を介せば、紙に印刷して受信するひつようもない。

わが家のFAXには、メモリーカードを介してパソコンに文書を取りこんだり、返信文書をパソコンでつくってメモリーカードに保存すればFAX送信できる機能があったのだが、このところその機能がつかえなくなった。

どうしてなのかいろいろしらべたら、メーカーのHPに、この機能を提供する独自アプリが「最新のOSに対応しておりません」とあった。
ご丁寧に「この情報は役に立ちましたか?」という選択肢まであるのは、ありえない「ムダ」だ。

要はつかえない、と宣言しているのに、役に立つもない。
最新のOSにいつ対応するから待て、ならまだしも、たんなるユーザの「切り捨て」であるし、製品特性として宣伝し販売した責任の放棄である。

わが国を代表する「経営の神様」とまで崇拝された創業者の、「ユーザを大切にする精神」の微塵もない。大赤字に転落したのは、新興国の猛追が原因ではなく、経営者の身から出た錆である。

仕方がないので、コメント欄に「別のメーカーのFAXを購入することにした」と記入したのは、故人へのリスペクトからである。
そうでなければ無言でいなくなる。改善のためのヒントをあたえるような殊勝なことはしてあげない。

こういう状況をどこかで見聞きしたことがあるとかんがえたら、地震がおきてマンションの建築構造に手抜きがあるのがわかっても、施工者や販売者が逃げ回るすがたに似ていることに気がついた。

無責任な企業には、しっかりした制裁をあたえることが必要で、それをするのは政府ではなく、市場でなければならない。
ただし、わざと倒産して逃げる道もあるから、倒産前と後の両方に、逃げられない道をつくるのは政府の役割だ。

そんなわけで、いまのところ町内会の連絡にしかつかわないけど、あたらしいFAX機を購入しないと、面倒なことになっている。

紅葉の河口湖に行ってきた

秋の紅葉シーズンである。
さりげなく、どこかに行こうということになって、途中河口湖に行ってきた。
河口湖の観光関係者に申し訳ないが、ぜんぜん目的地ではなかった。

この湖にやってくるは何年ぶりだろうかと、かんがえてもはっきり記憶にないのだが、だいたい10年ぶりぐらいだとおもう。
その前も10年ぶりぐらいだとおもうから、10年周期で訪問している。

そんなわけで、印象にのこる記憶があまりない。
前回は、湖畔の美術館をめぐる、という目的があったから、美術館のことは記憶しているが、それ以外はないし、その前の訪問は理由すら忘れてしまった。

富士山に傘がかぶるように雲がかかっていた。
もしや天気がわるくなるかも、とおもったら案の定。
しばらくして雷をともなう激しい雨になったが、それは東富士に移動したときだから、現地がどうだったかはわからない。

湖畔にはたくさんの外国人がいた。
東南アジア系のひとびとは、団体ツアーなのだろう。
うれしそうに御山と湖を背景に記念写真にいそしんでいたすがたが、なんだか半世紀近く前の家族旅行を思いださせる。

ちょうど、「紅葉まつり」開催中とのことで、現地にいって気がついたのは、たくさんの屋台とひとだかりに後からコンビニでみたポスターだった。
わざわざ混雑のばしょに行くのが面倒なので、このエリアは通過したから、なにが?どんな?祭りだったかはさっぱりだ。

このあたり、興味がないと徹底的になってしまうのは、これまでの経験則による。

ポスターには、しっかり「富士河口湖町観光課」と記載があるから、とたんに事前期待値はマイナスになった。
イベントがどうして「猿まわし」と「ジャズ」なのか?
きっと「猿の脳」でかんがえたのだろう。

そして何よりも、「無料」という料金設定が、「発想の貧しさ」の象徴なのだ。
行政が主催になると、「儲けてはいけない」ということに自動的になるから、「やりたいこと」ではなくて「低予算でできること」になってしまう。

わが国にはどうも「無料信仰」がある。

「無料」だから、サービス品質がひくくても誰からも文句をいわれない。
この「ノー・リスク」こそが、役所のねらい、なのだ。
たとえわずかでも「有料」にしたとたん、利用者からのクレームをいわれる「可能性」が生まれるのを極端にきらうからだ。

じつは、この「可能性」こそが重要なのだ。
クレームを受けないようにするにはどうしたらよいのか?
それには、きっちりとした「計画」と「準備」それに、当日の「現場体制」を構築しなければならない。

それで、やっと「有料」にできるし、客の満足もたかまるものだからだ。

しかし、客側もこれまでの人生で、「有料」の祭りなんて経験がないし、無料の、サービスとはいえないサービスになれている。
このばあいの「サービス」とは「奉仕」の意味だが、「奉仕以下」のサービスになれているから、無料があたりまえなのである。

ここで、もう一方の主催者をおもいだすと、たいがいが「観光協会」なる民間団体が存在している。
つまり、こちらが「有料」のチャンスをもっているはずなのだが、予算を自治体に依存しているため、なにもできないのだ。

ほんらいなら、無料と有料の「棲み分け」は可能なのに。

けっきょくのところ、なにをもって祭りが「成功」したのか「失敗」したのかがわからないから、集客した人数という指標しかない。
儲けてはいけないから、指標が「売上」にならないのである。

梅棹忠夫先生はかつて1970年に、観光業を「掠奪産業」と呼んでいたが、なにをかくそう、観光課が地元民の税金を「ドブに棄てている」。
そして半世紀を経ても相も変わらず、観光地にやってきたひとびとから、価値のないものを買わせることでの「掠奪」がおこなわれているのである。

つまり、掠奪のための計画をたてて、実行しているのが「実態」となるようになっている。ノー・リスクはすなわち、自動的に「ノー・リターン」になるからである。
「投入した資源の見返りが、ない」ものを役所用語で「事業」というのだ。

これは、なにも河口湖だけのはなしではなく、全国津々浦々でやっていることなのだ。

これをもって「観光立国」とは笑止である。
せめて「山賊の国」と自己批判もできない脆弱ぶりは、行政依存のみじめがさせる。

しかし、もっともみじめなのは、そんなことに気もとめず、「楽しい」とかんじるように訓練された観光客のほうである。
ということで、じぶんがみじめになってきたから、湖畔の散策と地元野菜を買って、30分ほどの滞在で立ち去ることにした。

帰路の山中湖畔は、日曜日の混雑が「うそのよう」な閑散だ。
しかし、日曜日の混雑が「うそ」で、平日のこの閑散がほんとうなのだろう。
別荘地の合間を抜けつつ、管理費用があたまをよぎれば、「ああ欲しくない」と、またまたいけないかんがえがうかぶ。

富士山が湖面にうつる美のポテンシャルを、関係者が努力して「減価」させるのは「マンガ文化」でもわらえない。
河口湖も山中湖も、おそらくわが家の「目的地」になることはないだろう。
ぜんぜん残念でないのが、残念だ。

うまいバゲットをたべたい

「棒」のことである。
いまさらだが、食べられる「棒」とは、フランスパンのバゲット(60~80㎝)のことである。

生地に切れ目をいれて、焼き上がると堅く盛り上がるところを「クープ」という。
ものすごく堅いことがあって、歯が欠けそうになるし、ばあいによっては口内の薄皮がむける。

それで、「フランスパン」なのにやわらかい「ソフト・フランス」という名前の商品まである。
ただし、これはたいがい「ボソボソ」していて、あまり「うまい!」ということがない「もどき」である。

焼きたてを買ってきたのに、パン自体の水分でビニールの袋にいれたままだと湿気てしまって、やわらくなることがあるが、これは火で炙るともとにもどる。
紙袋がいちばんいいのに。

パン表面の皮のパリパリを「クラスト(甲羅)」といって、たべるときにはポロポロ落ちる。
木綿のテーブル・クロスがちゃんと敷いてある店なら、そのまま放置すべし。手でなでで、床下に落とすのはエチケットに反するからだ。

だから、食事がおわるとそれなりの店ならちりとり(「ラマス・ミエット」)ですくい取ってくれる。
ちゃんとしたパンなら、かならず「クラスト」が落ちるので、デザート前にテーブルの掃除をすることになっている。

むしろパンくずがテーブルに落ちる食べ方が正解であるし、たくさん落ちていればパンの焼き上がりがよかった証拠でもある。
サービス側は、そんなところも観察している。

ところで、フランスパンの代名詞といえば、「バゲット」のほかに「バタール(中間)」がある。
なにとの中間かといえば、「バゲット」と「ドゥ・リーブル」だ。

あたかも「バゲット」のほうが大きいとおもいきや、「ドゥ・リーブル」の「ドゥ」は「2」のことで、「リーブル」とは、重さの単位「ポンド(約500g)」のフランス語だから、なんと「1㎏」のパンになる。

さて、長い棒状のバゲットから、バタール、ドゥ・リーブルとすすむと、なにがどうちがうのか?

まずは、材料だが、これはぜんぶ一緒である。
なにをかくそう、「フランスパン」の王道であるこれらのパンは、「かたちがちがう」だけなのである。

「バタール」には「バター」がはいっているように勘違いしがちだけれど、フランスパンの生地にはバターも砂糖もいれない。
材料の多い順から、小麦粉、水、塩、イーストだけなのである。
このシンプルさが、かたちを変えるととてつもない難しさに変化する。

これは、なぜか木管楽器の「ファゴット」と「バソン」に似ている。
ドイツの合理性がつくる「ファゴット」は、その複雑な機構が演奏の困難さを解決すべく工夫した成果であるのに対して、「バソン」の単純な機構は、演奏者に高度な「技」を要求する。

音色もおおきくことなるが、カバーする音域がおなじだから、現代的な「ファゴット」が席巻し、もはや「バソン」は小数派になっている。
しかし、伝統的なフランス音楽には、「バソン」の低音が欠かせないという「こだわり」のファンがたくさんいる。

パリ・オペラ座の首席奏者がバソンからファゴットに鞍替えしたら、これが「センセーション」を巻きおこしたくらいの話題となった。
「オペラ座よおまえもか」。

そんなわけで、フランスパンの職人は、おなじ材料からいろんなかたちのパンを、おどろくほどの「技を駆使」して焼いている。

バゲットの形状は、じつは「皮」をたべるために細く長いのである。
だから、カリカリの香ばしさがもっとも重要な要素になる。
中間のバタールは、「皮」と「中身」の両方をたのしむためで、ドゥ・リーブルは、かなり「中身」が重視される。

日本人は、やわらかいパンがすきだ。
トーストした「食パン」の耳すらたべないひとがいる。

しかし、食パンの材料にはバターと砂糖が欠かせないので、フランスパンとは別物である。
さいきんはやりの「生食パン」というジャンルは、きわめて日本的だとおもわれる。

そもそも「トースト」してたべることが前提だったから、食パンの焼きたては水分がおおすぎて、「トースト」するとベシャベシャになるから、焼いた翌日のものがちょうどよかったし、パン職人はそうなるように焼いている。

これに対して、フランスパンは焼きたてでないとパリパリがなくなってしまうので、毎朝近所のパン屋に買いにいくひつようがある。
だから、「食パン」を「生」でたべるから「生食パン」といって、焼きたてを求めるのは、きわめて日本的だとおもわれるのだ。

ところで、パンも小麦粉が主たる材料だから、「粉もん」である。
麺類も「粉もん」なので、広い意味では仲間である。
日本蕎麦も中華麺も、うどんだって、打ち方よりもはるかに「粉の品質」で味がきまる。

さいきんは「国産小麦使用」という表示が目にはいるようになったが、誤解をおそれずにいえば「やる気のない農家」の典型的作物が「小麦」だったから、これはどうしたことかといぶかっている。

とつぜん、国産小麦の品質が外国産にくらべて「最高」になったとは、とうていおもえないからだ。
これはどこかの団体がやっている「キャンペーン」なのか?それとも、生産時と流通の「安全」をいいたいだけなのか?

売り切ればかりでなかなか購入できないけれど、徒歩でいける距離の住宅地に忽然としてパン屋があるのを発見した。
ここの「バゲット」の香ばしさは、そんじょそこらのものとはちがうとおもったら「フランス産小麦使用」とあって納得した。

やっぱり「国産小麦使用」という店はあやしいのである。
わざわざ、不味い小麦使用と書く店主の味覚をうたがうからである。

もちろん、品質と安全にこだわっている小数派の農家がいることを無視しているわけではないので、念のため。
こうした農家の並々ならぬ努力が、ただ「国産」ではわからないのである。

観光協会を株式会社にして上場したい

先日、スイスの話を書いた。
かれらが、行政組織に「観光課」を持たないのは「ムダ」だと承知しているからだ。
それは、住民たちの出資よる「観光会社」を持っているので、組織がダブルからである。

もちろん、この住人たちの組織だって「行政」とはさいしょから縁がなく、自発的に設立された歴史経緯がある。
それは、町や村の住人たちが、自分たちで出資した会社を自分たちで運営し、自分たちでリスクを背負っているのである。

これが「戦後の日本方式」とまったくことなる点なのだ。

わが国だったら、資本金を注入するのが政府か自治体の補助金になってしまうから、拒否しようにも役人が役員(経営者)で送り込まれる。
これは、「観光協会」やひいては「農協」の構造とおなじである。

あの阿波おどりでもめた徳島県の徳島市は、累積赤字を理由に観光協会を破産させたが、去年と今年でその額を超える赤字をだした。
市長が実行委員長だったので、この赤字は結局税金で補填されることにになるのだろう。

徳島市で住民監査請求がされたことを寡聞にして聞かないのは、愛知県における美術展とそっくりだ。
元の木阿弥どころか、なにをしたいのか?混迷は深まるばかりである。

ところが、全国をみわたせば、このような「赤字問題」はいたるところに存在する。
青森の「ねぷた」しかり。仙台の七夕しかり。
万人単位の観客動員をしているから、さぞやとおもえば、だれも資金の提供などしていない。
さいきんでは、花火大会が資金不足で中止になるというブームになっている。

地元の祭りだって、金の切れ目が縁の切れ目。なのである。

「住民のため」と理由をつけたり、他県からの観光客が見込めることを「地域おこし」といったりして、甘い言葉で自己弁護しながら役所しか資金を提供しない。
だから、地元の住民だって、じぶんのお金が使われているという感覚がマヒするのだ。

こうして赤字が「ふつう」になるのである。
だって、行政の事業なら、基本的に利益をだしてはならない、ということになっているではないか。

けれども、行政の収益事業が収益事業にならないのは、「収益」をあげるまえに「平等」を追究する「原理」がはたらくからである。
これは、「四民平等」ではなくて「市民平等」のことで、関連する「業界」を平等にあつかおうと努力することが、「収益」を無視する結果につながるのである。

「協賛金」をちょっとでも提供すれば、「協賛企業」としての扱いをうける。
住民の町内会が供出するのは「寄付金」なので、意見をいえないのに現場での下働きはさせられる。

ところが、わが国は資本主義の理解ができていないので、「出資」という概念が薄く、金額の多寡において平等でなければならないのに、いくらでもいいから出資さえすれば「平等」になる。
これは、多額の出資者からしたら、「不平等」きわまりない。

オーナー経営者なら、自分で経営判断ができるけど、地元にある大手企業の判断は、かならず「横並び」になるのも日本的特徴だ。
突出した額の提供を「社内決済」では提案すらできないのは、提案するのがサラリーマンだからだ。

こうして、「創業の地」とか「創業者の生地」なのに、どうでもいいような扱いになるのは、企業が成長して大企業になると、経営の「判断能力」が低下するようになっていることに理由がある。
トップダウンではなく、ボトムアップを「是」とするためだ。

もちろん、株主のお金をかってに使っていいということは「資本主義」の本義に反するが、横並びでないと株主の理解が得られないという理由もない。
絶対値でみて判断できないということほど、株主利益を毀損する。

その「株主が住民である」のがスイスの事例である。
資本主義だから、住民は株主として振る舞うのが「正義」なので、組合員が自分たちの出資金でつくったはずの農協組織から疎外されても文句が言えないわが国とは「真逆」ができるのだ。

たとえ、素人の住人がつくったとはいえ、ちゃんと収益があがる事業なら、その事業を評価して、スイスの地元銀行は融資するばかりか出資もする。

日本の地元銀行は、資金管理と称して「預金通帳」をだすだけで、一般の預金者とおなじあつかいだ。
これは、事業評価が「できない」というよりも「してはいけない」という重い理由がある。

私企業であるはずの銀行が、バブル崩壊以来30年かけて、国家管理されるようになった。
むかしの「頭取」は自分で判断したが、いまの「頭取」は金融庁にお伺いをたてるのだ。

そんななか、ロンドン証券取引所と東京証券取引所が共同出資してできた『東京証券取引所プロ市場』という「市場」がある。
これは、「一部」「二部」「マザーズ」「ジャスダック」につづく5番目の市場で、「上場基準のハードルが低い」ことが特徴だ。

とはいえ、「東証上場」ということになる。

各地の観光協会は、ここに上場して、資本主義で「儲ける」ことを決心したらいかがかと、おもうのである。

地域振興は、国のアリバイ的政策である「地方創生」などという子どもだましでできるはずもなく、その補助金目当ての自治体にも能力はない。

結局、住民が自分たちでリスクを背負う方法が、もっともうまいやり方で、ほかにないのである、と世界一の観光事業国「スイス」がおしえてくれている。