大統領候補ル・ペン

7日、フランスの控訴審はマリーヌ・ル・ペンに対しての有罪を告げながら、大統領選挙への出馬を禁じた一審判決を「短縮」解釈した。
これによって、ル・ペンは出馬が可能になったために、フランスの報道ではマクロンがパニックに陥っていると面白おかしく報じている。

しかして、彼女はそもそもどんな罪で有罪となったのか?

EU議会における自党議員への公布金を、EU議員ではないが党首たる彼女が勝手にフランス国内での自党経費に流用したことにおける「汚職」が問われていたのである。
これが、なぜに「汚職」なのか?という問題は、あまりにもセンシティブな「政治マター」ではないのか?と疑われている。

マクロンの政党も、左派勢力の政党もおなじことをやっているのに、ル・ペンだけが捕まったのである。

もっといえば、はめられた、と。

やっぱりフランスにも「三権分立」はないのか?

なんだか『あゝ無情』を地でいくあたかもフランスならでは?のはなしになっているけれど、トランプ氏を執拗に法廷で苦しめた、アメリカ民主党の謀略の本家本元たるいやらしさなのである。

もっとも、ラテン系はけっこう残酷なひとたちで、『パピヨン』もそうだった。

まぁ、「肉食の思想」が原点にあるのだから、アメリカも含むヨーロッパ内の民族性としてラテンだけでなく白人文化として一括りできるのである。

マリーヌ・ル・ペン本人は、自宅軟禁と電子足かせ(GPS発信器を足首に強制装着させられる)では、フランス各地を巡る選挙に出馬できないと発言していたが、今回の判決を受けて上訴を決めたのは、控訴審の判決も「(上訴で)停止させる」という意味で捉え、電子足かせもないままで選挙に臨むと判決後のインタビューにて明言している。

この法(裁判)への感覚が、まったく日本人とはちがうのが興味深い。

どの時点で「白か黒かが決まるのか?」について、最高裁への上訴が門前払いされないのなら、最高裁判決まで決まらない、というハッキリとした感覚があることである。
日本の場合なら、警察段階で「逮捕」されようものなら、社会は「有罪」と自動的人民裁判にかけて、そのまま本人は社会的制裁を受けるのが当然なのだ。

しかしながら、肉食の思想の国では、警察も検察も「(絶対に)正しい」とは、だれもかんがえていない。
警察も検察もインチキをやるから裁判官が裁くのだ、とかんがえる。

それだから、まず「刑事訴訟法」で、国民のために公正さを保障して、警察や検察の暴走を予防し、なお、裁判官のマニュアルとして「刑法」を定め、「量刑基準」を明記している。

これを書くのが、選挙で選ばれた議会(議員の総意)なのであって、原案すら司法省=法務省=検察官がつくるなどという阿呆なシステムはあり得ないのが肉食の思想の国たちの「三権分立」となる基本概念なのである。

だが、わが国では検察官で構成されている法務省がこれをやっている。

それで、どの役所でも使ういつもの「審議会」なる傀儡を利用することになっている。
つまり、「法制審議会」という場で、刑法案が審議されて、案が決まれば「内閣」が法案をつくって(内閣法制局)国会に上程することになっている。

このあたりに、「幕藩体制」の残滓(ざんし:残りかす)がある。

しかして、来年の大統領選挙でマリーヌ・ルペンの国民連合は勝利するのか?
そのとき、チェコ下院議長トミオ・オカムラはどのように動くのか?動かないのか?
フランスとは因縁深い英国では同日、リフォームUKの党首、ナイジェル・ファラージ氏が議員辞職し、補欠選挙での再出馬を表明した。

わが国風にいえば、「みそぎ」である。

これも、「汚職疑惑」にからむから、英・仏が同時期に似たような状況になっている。
むろん、似たような状況を英・仏のグローバル全体主義政府(政権)がつくっているのである。

ところが、注意したいフランスの残念は、なんといっても「GDPの3割にもなるアフリカ利権」であるために、国民連合が政権をとれば、マクロン政権で失いつつあるアフリカ利権の強化をはかること必然で、なにかとアフリカの話題になるだろう。

イタリアのメローニは、北アフリカ(リビア)の利権回復に乗り出すことで、不仲説があるル・ペンのフランスと握るかもしれない。
国家財政が厳しいイタリアのメローニが揺れているのは、EU魔女のひとりラガルドのECBからの金融締付けにあがなえないからだ。

そのフランスのアフリカでの最大のライバルがまた、ロシアと中共だから、11月の中間選挙で大勝利した後のトランプ政権2.0は忙しくなるだろう。

9日、CNBCに出演したベッセント財務長官は、「(イラン上空を飛ぶミサイルの裏で)英国支配の各国中央銀行(体制=BIS)に対して経済戦争を仕掛けている」と発言した。

このブログで何度も書いた、トランプ政権2.0=ベッセント財務長官の「本業」について、「X」投稿を超えて、とうとうテレビニュースで、しかもイランとの停戦破棄のこのタイミングで語ったのである。

いよいよ、4月のおわりにチャールズ国王が訪米したことの意味がわかるというものだ。

けれども、DSの本体たる国際金融資本を壊滅させる、という大統領選挙の公約どおり、なのである。
そんな「激戦」が、目に見えない金融システム上で行われているために、引退したはずのクラウス・シュワブがゾンビのごとく世界経済フォーラムのトップに復活した。

「アフリカ会議」を長年横浜でやってきているわが国が、漁夫の利をつかめるのか?ということになるのだが、引退直前の高級外交官の儀礼的定席としてあるだけの、「駐フランス大使」、「駐ロンドン大使」で大丈夫なのか?という、あたらしい局面になっているのである。

むろん、なにもしないしなにもできないのが、敗戦後の征服下にあるわが国の外交環境なので、これら大使たちがヨーロッパ貴族に真似て国費で遊びまくるのは本人たちの特権として国民も受け入れるしかないのである。

こんな体制の、小さなコピーが「福岡県議会」での騒動になっているのである。

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