ニュートンとゲーテの色彩論

りんごが落ちるのを見て万有引力の法則を発見したというニュートンの功績は、このほかに微分と積分の計算法や太陽光線のスペクトル分析による「色」の発見がある。

もっとも、正確には、微積の計算法があって万有引力の計算ができるという順がある。
この計算法の発見については、ライプニッツとどっちが早かったのか?という競争があって、物理学者のニュートンには不利なことになっている。

ペストの大流行によってケンブリッジ大学も閉鎖され、強制休暇で故郷に帰ったニュートンが、自宅の横にあったりんごの木からりんごが落ちたのを見たのである。

生家には日時計がたくあった。
子どものころ、彼は、日時計に凝って、家のあちこちに自分でつくっては設置し、これをもって、影によって時間をしる方法を体得したという。
日の光を、プリズムによって分光し、さらにまたもとの光にもどす実験もやって、「色」とは光の波長によることを発見した。

モノが赤く見えるのは、光の中の赤い部分を反射して、あとは吸収するだけの現象だし、モノが青くみえるのも、光の中の青い部分を反射して、あとは吸収するだけの現象である、と書いている。

ニュートンが、ケンブリッジ大学の名誉ある「ルーカス教授職」に就くのは26歳の時だ。最近でこのルーカス教授職にあったのは、ホーキング博士である。
なにせ、世界史を変えた「万有引力の発見」が22歳の時だった。

60歳で王立協会の会長に選出されて、84歳で死去するまでこの座を他人に譲ることはなかった。
ニュートンの死後、22年後に誕生したのがゲーテである。
この人物は、生涯、ニュートンの「色」を批判した。

『若きウェルテルの悩み』が出版されたのは、ゲーテ25歳の時。
この「文豪」の真骨頂は、60年ものときをかけて完成した『ファウスト』にあるといわれている。
ドイツ語を話す教養人は、20世紀になっても『ファウスト』を暗誦できたのだ。たとえば、ハンナ・アーレントのように。

盟友でベートーヴェンの第九の歌詞を書いたシラーは、ゲーテの死を悼んで、「あんなことに時間をかけなければ、もっと多くの文学作品を世に残せただろうに」と嘆いたという。

その「あんなこと」とは、「色」の研究『色彩論』の完成であった。
まさに、ニュートン物理学に対して、一大文学者の確信的反抗だった。

文学をふくめた学問分野を、「人文学」というように、ゲーテは「人間」を介した「色」にしか興味がなかったのである。
つまり、「ひとの目でみる色」のことであって、ニュートンのいう「スペクトル」とはちがう世界の存在を主張したのである。

驚くなかれ、21世紀の現在にあっても、「色」をかんがえるときの基準点は、ニュートンのいう「色」と、ゲーテがいう「色」とに分かれたままなのだ。
しかし、ここに、「量子論」が介在しようとしている。

「万有引力」は、アインシュタインの「相対論」によって書き換わり、その「相対論」も、「量子論」によって書き換わった。

「色」のなりたちは、古代からニュートンまで、アリストテレスの「白と黒の混じり合いを起点とする」という論が信じられてきた。
だから、ニュートンのプリズムは、アリストテレスの全否定でもあったのだ。

ゲーテは、このこともふくめてニュートンを否定するのだ。
彼は、「若きウェルテルの目」をもって、自然観察を好んだ。
自分の目で見える「色」を信じたのである。
それを追求すると、ニュートンの「色」では説明できないことがある。

実際にゲーテはブロッケン山を登山しその下山のおり、不思議な影を観察している。
まっ赤に染まった夕日に照らされて、一面の景色が赤く染まったなか、小山の影が青くなるのを「発見」したのである。

この現象は、ニュートンの「光」では説明できない。
ゲーテは、人間である自分の目で見た「事実」にこそ真実があると信じたのである。

この「現象」が、実験によって再現されたのは、20世紀の量子物理学者による。
光は「波動」である、という量子論なくして説明できない。
「波」としてのふるまいと「粒子」としてのふるまいをする。

そして、その光は、人間の網膜を刺激して脳が色を感じるようになっている。
ゲーテの「深さ」はここにある。

シラーの嘆きとは別に、ゲーテはみずからの人生を振り返って、自分の死後ひとびとに影響をあたえるのは、『色彩論』であると断言したという。『ファウスト』ではないのだ。
「もっと光を」これが、大文豪にして色彩学者ゲーテ最後の言葉であった。

そのゲーテの死後60年ほどして、ニュートンの母国イギリスで『ベンハムの独楽』という玩具が販売された。
独楽の表面の半分を黒で塗りつぶし、もう半分には白地に黒い線を破線で描いたものだ。

これを回転させると、独楽の表面に「赤」や「緑」の色の線が現れる。
「目の錯覚」といわれているが、この現象の仕組みはいまだにわかっていない。

果たして、アリストテレスの白と黒のように。

(30年目の結婚記念日にあたって)

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