教えることのむずかしさ

「教える」ことができるのは、教える側が「知っている」ことがあるからで、知らないものは教えられない。
だから、教える側は、教えられる側より人生の先輩であることがふつうになるので、これを「先生」という。
義務教育の初等・中等教育では、「教えさとす」という行為を想定して、それをするひとを「教諭」というのは、そのまま書いたということだ。

高等教育になると、「さとす」という行為がはずれて、「さずける」に変わる。
これで、「教授」になった。
戦後の学制改革でできた、「新制高等学校」は、旧制度だと「中学」のことだから、高校教師は「教諭」のままになっている。

中学を卒業して、高等学校ではなく「高等専門学校(高専)」に入学すると、「教諭」ではなく「教授」になるのは、高等学校よりも「高等」だからである。おなじ年齢でも、生徒を「さとす」行為が必要ない学校という意味である。
だから、高等専門学校で教えられるひとたちは、「学生」と呼んで「生徒」とはいわない。
日本の高等学校は、ぜんぜん高等ではなく、「後期『中等』教育」の位置づけなので、「生徒」という。

最近話題になった、高校の教諭が生徒に挑発されてした行為を、ネットにアップすることを目的に動画撮影された「事件」は、「さとす」必要があるレベルの生徒によって引き起こされたものだとかんがえれば、「さとす」が口だけではすまない状況になったという証拠にもなっている。
つまり、「さとす」ことの範囲を超えている現実が突きつけられて、おとなたちが右往左往した議論をしているのを、おおくの「さとされる」立場の生徒たちがながめているのである。

学校という塀の中の社会では、「懲りない面々」がたくさんいる。
そのなかの構成要素は、先生と生徒だけでなく、PTAと教育委員会という要素がくわわって、複雑な力学がはたらく場になっている。

しかし、生徒とその親は、生命を維持するための「エネルギーの流れ」のように、たった数年でぜんぶ入れ替わる。
高校はふつう3年で卒業することになっているから、前期中等教育の中学校を卒業してすぐ入学すると、たった3年で「定年」をむかえるようなものだ。
実社会の10倍以上のスピードで「引退」しなければならない。

生徒という巨大な構成要素が、通過してしまうのに、学校がかわらずに維持されるのは先生たちと教育委員会とによる。
公立学校なら、どちらも公務員だ。
そういうわけで、じつは学校を維持するひとたちは、実社会を知る立場にない。
これは大学にまでいえることだから、しぜんと「浮世離れ」することになる。
教育界のタコツボ状態は、構造がそうなるようになっている。

大学は社会人を学生として受け入れるのがふつうになってきた。
社会人が大学で教えるのも、はじまっている。
中等教育の前期・後期では、社会人=企業人経験者が「教諭」になることがのぞましい。
それは、なんのために通学し、なんのために学ぶのかについて生徒を「さとす」ことができるからである。

つぎに、社会人=企業人なら、教えることのむずかしさをしっている。
とくにメーカーでは、かつて「マッカーサー指令」でやらされた、「TWI研修」がのこっている。
この研修では、先輩が後輩に、絶対修得しなければならない仕事を、いかに早く間違えずに確実に覚えさせるためのノウハウを修得するようになっている。

それで、社会人=企業人は、研修を受けたことを契機として、職場で実践するから、現実の困難をしっているのだ。
困難だけれど、それでやめるわけにはいかない。
後輩にはやく覚えてもらわなければ、自分の仕事がすすまないからだ。
だから、研修でやったことを基礎に、じぶんで工夫して目的を達成するのだ。

学校教育の場でこのノウハウが活かされないは、国家的損失だとおもう。
さらに、課外授業でもある「生徒会」や「部活動」に必須の「マネジメント」の知識伝授は、その後の人生でおおいに役立つはずである。

なにも企業は「高等教育」をうけたひとだけが欲しいのではない。
「初等教育」の目的、「中等教育前期・後期」の目的、そして高等教育の目的はそれぞれちがう。
その目的が合理的に現代に即しているかも、議論が希薄ではないかとおもう。

「制度」としてみたら、旧制のほうが優れているようにみえる。
親も生徒も、目的を理解していたからだ。
いま学校でまっさきに教えるべきは、「目的」なのである。
ところが、それは、いまと比べてみたら社会が単純だったからでもあって、一律的な価値感の人生がないのに、一律的な「目的」のままだから、現実の要請がブレてしまっている。

これが、教えることのむずかしさ、になっている。

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