日本版無血名誉革命2022

このブログで何回か取り上げた「参政党」の、創設者である神谷宗幣氏が、選挙期間中に巡回街頭演説を沖縄(6月24日)・九州全県でおこなっている。

これまで集まったひとの数の「最低」は、佐賀県鳥栖市の200人あまりであった。
とはいえ、なにせ人口74,000人の街である。
どうして、鳥栖を選んだのかはしらないけれど、ここを選挙区としているのは、原口一博衆議院議員だ。

長崎(6月27日)⇒佐賀⇒大分⇒宮崎⇒鹿児島⇒熊本と廻って、福岡で締めくくり、沖縄・九州巡回を終えるという。
1日は鹿児島と熊本で街頭演説をしていたが、屋根のある熊本のアーケード街には800人程度の聴衆が熱気を帯びて集まっていた。

熊本市の人口は、鳥栖のちょうど10倍、74万人ほどなので、かえって鳥栖の集まり方が人口比で「異常に多い」ことがわかる。
けれども、平日金曜日の昼下がりに、参議院選挙の街頭演説にかくも多数の聴衆が集まるという現象は過去にあっただろうか?

まちがいなく、「なにか」が動き始めているのである。

神谷氏が自身で語っている、九州・沖縄全県巡回の理由が、「白村江の戦い」(663年:天智2年)以来、「国難」のために立ち上がるのは「九州人」だという、歴史に基づいている、と。

もちろん、宮崎(日向)には「天孫降臨」という、わが国の「原点」がある。
近代では、明治維新の重要な動きは、「九州」を発信地にしていた。

それゆえに、佐賀戦争から西南戦争まで、旧武士たちは新政府に何が不満で立ち上がったのか?ということは、あまりにも重要なことなのに、「政府側」に立つ歴史観では「反乱」とされて学校で習うことになっている。

こうした「事実をねじ曲げた歴史」に対して、「修正」を求めるのは「まっとう」なことだけど、歴史を利用して国民支配を永久化したいひとたちには「都合が悪い」から、これを「歴史修正主義」として排除するのである。

すなわち、いまの九州人の3代から4代前にやったことが、当事者達の子孫すら忘れかけていることに、これを思い出させるという「戦略」が、この巡回の意味なのである。

それで、幼少時に祖父母から聞いた話の記憶を「確認したい」という欲求が
聴衆を集合させている。

80年代に国民ドラマになった、『おしん』が、佐賀の姑にいびられたのは、あまりにも高森和子の演技がすさまじく、作り物のドラマのはずがドキュメンタリー化するという、「倒錯」までしたのだった。

当時の佐賀県知事が、県観光協会の代表も兼ねて、NHKに公式抗議したことのトンチンカンは、佐賀人のトンチンカンを基盤にした、ポピュリズムであった。

「作者」の橋田壽賀子氏は、なぜに「佐賀」をわざわざ選んだのか?
それこそが、「伝統的日本」の名残が強く残っていたからであった。
もちろん、嫁いびりの伝統のことではない。

「北政所」から「大奥」になって、「奥さま」になる。
「主婦」という位置づけが、まったくもって「官房長官」だったのである。
主人たる男は、「外」で生きるが、「内」は、「全権」を奥さまが掌握する。

この「内・外関係」が、どの家庭にもあったから、亭主は給料袋を袋ごと「家内」にわたしてお小遣いをもらって生きていたのだ。

ゆえに、おしんは自分の息子世代の「内・外関係」に悩むことになる。

これが、80年代、バブル前までの「日本人の暮らし」だった。
バブル後の30年で、その「家族」が破壊されたのである。
やったのは「政府」であって、責任は「政権党」にある。

なんども書くが、これぞジャン・ジャック・ルソーが説いた「アトム(核)化」であって、その後のいまに至るまで、共産主義・全体主義に利用されることになる。
だから、「核家族」なのである。

そしていま、「核個」という「ひとり暮らし」の時代になった。

アパートにひとりで暮らすことではない。
おなじ屋根の下にいても、家族の人間関係が「バラバラ」になったのである。
まさに、ルソーの思惑通りの社会になった。

そんなわけで、これを推進する政府・与党に対抗するのが、参政党だと神谷氏は明確に位置づけている。

選挙公示前と後とでの、街頭演説の「質的ちがい」に、「政権構想」についての説明があるのも、「戦略的」なのだ。

公示前にはいえなかったことを、いまいっている。

その第一条件が、党員数の拡大である。
2月に街頭演説を開始したころの党員数は8,000人だったが、1日の発表で73,000人になっている。
おそらく、投票日には10万人ほどになると予想できる。

参政党の仕組みは、わが国初の「本格的近代政党」だから、既存政党の仕組みとは逆で、党員からの提案を基本にしている特徴がある。
端的にいえば、アメリカ共和党・民主党の仕組みを取り入れているのだ。

よって、政策が議員から党員に押しつけられることはない。
党員から議員に政策を押しつける形式なのである。

そして、議員はこれを拒否できない。
党員投票には、ブロックチェーンが用いられているから、不正もできない。
それで、党員が決めたことを議員がやらないなら、議席を失う党規になっている。

神谷氏の党員数の目標は、「当面」100万人だという。
そして、100万の党員が「事業」をおこなう計画だ。
政府がやらないことを、「党内」でやる。

たとえば、自然栽培の農産物を党員(=会員)が購入する仕組みを作って、農家に農協からの脱退を促す、とか。
新規の農業事業者と、党が予約契約して収穫前に販売量を確保する、とか。

政党が商社機能を持つのは、共産党の「生協」のパクリだが、ずっと今風でなお、党員に専門知識を活かすビジネスも提供する。
やるのは、党ではなくて「党員=会員」だからである。

これは、あたらしいコミュニティづくりなのである。

さてそれで、神谷氏は「大戦略」として、第一ステップが今回の参議院選挙だと披露した。
わが国で無名の政党が「国政政党」になる方法は、唯一、参議院全国比例で議席をとるしか方法がない。

それはまた、現実にそうであるように、「国政政党」でなければ、大手マスコミが報道しないからである。
そこで、今回の参議院選挙を「橋頭堡」とする。

来年春の統一地方選挙に、「国政政党」として多数の候補を出すと明言するのも、「国政政党」になれば「政党助成金」を得ることができるからだ。
そうやって、向こう3年内に来るべき「衆議院議員総選挙」を準備して、一気に「政権与党」になるのだという。

自公連立に加わる、という意味ではない。
政党としての自公を、葬る、という意味である。
なお、神谷氏に「既存野党」は、眼中にない。

この3年間の「スケジュール」は変わらない、「既定」なのである。

聴衆は、自公政権の崩壊に期待して「熱狂的声援」を送っている。
「民主党」を選んだ失敗を覚えているのはもちろんだ。
しかして神谷氏も声を大にして返すのは、「党員になってください」なのである。

つまり、静かなる「日本版無血名誉革命2022」が、すでにはじまっているのである。

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