水素自動車をやめて通貨発行を

いまやわが国を代表する俳優が、わが国を代表する企業の広告・宣伝に一役買っている。
自動運転まではガマンできたが、「水素自動車」にはガマンできない。

ライバルの日産が、「技術の日産」といってルノーにお世話になって、ゴーン社長時代には「技術の日産」をやめていた。
ところが、またまた「技術の日産」とやりだして、ゴーン氏もろとも会社もコケてしまった。

「技術の日産」といってはいけないワケがある。
それは、このブログの記念すべき第Ⅰ号記事で書いた。

ぜんぜんコケないのがトヨタ自動車だ。
国内に敵なし、どころかしっかり資本提携して、優良どころはみな「ケイレツ」になっている。

そうでないところを「バルク」のようにまとめて、売却を画策したのが、いつでも何度でも懲りない経産省だから、ここまでくると、「国民の敵」である。
その争奪戦が、「ルノー」か「プジョー・シトロエン・クライスラー」の争いだったから、プジョー以下を押す経産省に対抗するルノーのゴーンが狙われた。

日産をルノーが買収する計画は、「バルク」購入後のための前段階にすぎなかったと、本人がレバノンでかたっている。
ルノーは「公団」だったから、ミッテランのように「国営化」をすすめるいまの若い大統領と、日本政府(経産省)の闘いだった。

ようは、社会主義政府どうしの同士討ちなのだ。

こんなことには目もくれない、トヨタ自動車はさすがだとおもっていたら、「水素自動車」というからおどろいたのだ。
あろうことか、社長がみずから「水しか排出しない」という。
ハイブリットも電気も、そして水素も、ぜんぶ「走っているときだけ」がクリーンにすぎない。

なるほど、「ハイブリット自動車」を「二十世紀に間に合わせた」だけのことはある。
しかし、いったいいくらの「補助金」を、経産省や環境省、ついでに国交省からもらっているのか?

名古屋にある「豊田産業技術記念館」にある、佐吉翁、そして、できっこないといわれても産業家として国家の援助なくやりとげた喜一郎氏の「独立の気概」はどうした?といいたい。
ほんとうは国の援助どころか、妨害まであったはずである。

トヨタの社是は「クルマのある生活」である。
だから、トヨタホームが住宅もつくっている。

世界をみわたすと、自動車産業が従来の成長をとげるかはあやしい。
それが、ガソリンではなくディーゼルでもなく、「電気」なのか「水素」なのか?ということではない。

住宅産業に匹敵する「すそ野の広さ」が、自動車産業だったのは、その必要部品点数にあった。
普通車で「4万点」というほどの「部品」が、産業としての巨大さだったのだ。

おそろしくコストがかかる水素自動車は、本体の構造だけでなく、燃料である「水素」も「問題」なのだ。
原子番号1番の意味がおもいのである。

いっとき流行った飲料用の「水素水」が問題になったのは、「いかなる容器」であっても、その「分子」の小ささがために、容器の壁を抜け出てしまって、いつの間にか「ふつうの水」になるからだった。

炭酸水の炭酸が抜けるのとはワケがちがう。
ペットボトルはいうまでもなく、アルミ缶にしてもムダな抵抗にすぎない。水素分子はアルミという金属の分子構造すら、やすやすと通過してしまうのだ。

水素ステーションに「ロスなく」どうやって運び、在庫保存するのか?

もちろん、水素は軽すぎて地球上に「水素」として存在しておらず、ほとんどが「水:H2O」としてあるから、「水素」を取りだすのには電気分解しなければならない。「水」の結合は、電気的な電子の「共有結合」だけではない「水素結合」に「ファンデルワース力」まであるとは、高校の化学でならう。

水の沸点が100度もあるのは、分子結合が強力なこのためだ。
なので水の分解には、大量のエネルギーを消費するから、全体でどこがエコなものか。

狂っている政府の法学部出の高級役人が、世界で相手にされないモノを「世界で唯一」と自画自賛して、税金を投下する。
素直にガソリンを燃やせばいいものを、これを「利権」にしたから、あらゆる評論家も「ヨイショ記事」しか書かなくなった。

どうして、こんなものにトヨタ自動車が資源(ヒト、モノ、カネ、時間)投入するのだろうか?
三菱の国産旅客機の失敗とおなじパターンで追随していないか?
「国家総動員体制」のおそろしさである。

それよりも、なによりも、わが国にとって最大のリスクは「円の信用」になってしまった。
日銀をつかって、金融緩和しかしないこの何年、国債も日本株も日銀保有という世界史上での無茶がとおっている。

いまや、「円」からの「離脱(エクソダス)」が必要なのだが、通貨は国家が発行するものという常識すら「害悪」になってきた。
「GAFA」があるではないか、といっても、どれも外国企業だ。
日本企業で、できる、のは「トヨタ自動車」が最適ではないのか?

いまこそ、ハイエクの『貨幣発行自由化論』が現実になるときなのである。なお、下右の『全集』においては、「貨幣の脱国有化」として掲載されている。

 

トヨタ自動車は、「無借金経営」で有名だが、期中の「運用力」が市中銀行の比ではない、おそるべき「実力」があるのだ。
それで、かつてから「トヨタ銀行」とよばれているのであって、たんに「資金が豊富」だからではない。

ぜひとも、トヨタ銀行の面目躍如として、政府からのちょっかいをはねかえし、ハイエクのいう「自由通貨」を発行してもらいたい。

それにしても「水素自動車」とは、政府がトヨタ自動車から通貨発行の可能性を阻止するための罠なのか?
なんであれ、日本企業の「弱体化」を、日本政府がおこなう倒錯は、国民を不幸にするが、それが「共産化」のプログラムなのはセオリーだ。

おそろしい国に生きている。

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