イラン戦争とは経済・金融戦争

戦闘行為だけが戦争だという定義はまちがっている。

外交の延長線上に戦争はある、とするクラウゼヴィッツの論は、いまも有効なのである。

愚将、山本五十六が好んだ「常在戦場」とは、長岡藩牧野家の家訓であったものを、長岡出身の山本五十六が引用したものである。
この訓示は、クラウゼヴィッツ的に読めば、「平時こそ見えない戦場」であって、そこでは情報戦やらなにやらが繰り広げられていると解すことができるのである。

それゆえに、トランプ政権2.0におけるイラン戦争の直接的な担当部署は、「財務省」となっていて、国務省と連携しているし、戦争省(旧国防総省)と軍はこれらの配下にあるとかんがえるべきである。

だから、スコット・ベッセント財務長官の「X」は、フォローしておく価値がある。

2日、アメリカ財務省は、イランのデジタル資産取引所を排除すると「指定」したと発表し、ベッセント財務長官がこの発表を引用しながら、自身が直接指示していることを認めている。

このコメントの前の同日、トランプ大統領は「イランとの交渉が絶えている」との報道に対し、「フェイクニュース」だと切り捨てている。

さらに、トランプ大統領がイスラエルのネタニヤフ首相に電話で「ブチ切れした」との報道があったのも、どうやらホワイトハウス側による「情報陽動作戦」であったようで、報道後にホワイトハウスの高官はこのトランプ発言を否定しているのである。

ところが、「カナダ人ニュース」さんが、当事者のふたりがそれぞれあっさりと認めた、と伝えている。
まったく謀ったような話である。

あたかもトランプ大統領がイランに忖度しているようにみせることで、「交渉」の進展を図るためと解されている。
この意味で、「報道」もしっかり利用して情報戦に引き込んでいる、といえる。

つまり、野球の投手戦における「緩急をつけた投球」を、トランプ政権2.0がチームプレーとして実行しているのである。

さて、「財務省」という名の官僚組織は日本にもあるが、政治制度がぜんぜんちがう(「議院内閣制」と「大統領と議会の二元制」)ので、名前がおなじだからといって、やっていることもおなじ、ではないし、おなじはずもない、のである。

民主主義の「民主」のために、絶対王政を経験した英国の失敗をもって建国されたアメリカでは、とにかく立法府の議会が主体であって、行政府統括長官たる大統領は従の関係にある。

なにせ、大統領に立法権はない。

この明確な役割区分を、いったん滅亡した敗戦後も曖昧なままにしているのが、わが国の政体である。
むろん、曖昧なまま、なのは偶然ではなくて、GHQの設計による「日本統治=日本征服」の永続に役立つとの判断からのことである。

自民党とは、そのための「代理統治装置」なのである。

明治憲法は役割分担をキッチリすぎるほど意識して構成されていたが、扇の要にあたる「統帥権」の役割分担で自滅の憂き目をみた。
これを「改正」した、日本国憲法=昭和憲法は、逆に、内閣総理大臣の役割を強大にしたので、アメリカ大統領よりも独裁的な存在となっている。

しかし、それは、自民党総裁=内閣総理大臣、という構図を前提としている。

何度も書くが、表向きの「日本総督」は、日本駐在アメリカ大使だが、「占領軍=征服軍」として、在日米軍司令官が武力をもって君臨しているのがわが国の永遠なる姿なのだ。

青山墓地と六本木の間になにがあるのか?をみれば、わが国の真の統治者をしることができる。

そんなわけで、戦後初にして、アメリカ総督府に自民党が逆らっている状況ができた。

「60年安保」で、安保条約を読んでいない国民が「大反対」の声をあげたのは、アメリカ民主党による日本征服体制永久化への反発であった。
ここが、のちの「70年安保」とは絶壁をなす、価値観のちがいである。

つまり、トランプ政権2.0は、アメリカ民主党が鉄板的に構築した日本征服の仕組みをそのまま用いて、本気で日本改造(自主独立)を目論む戦後初の政権なのである。

そのための情報戦やら経済・金融戦が「イラン」の影に隠れてはじまっている、とみれば、おおかた将来の変化が予想できるというものなのである。

そこで質問、「イラン=ホルムズ海峡封鎖問題」があるというのに、日経平均株価が「最高値更新」しているのはなぜか?をかんがえてみたらいい。

これはバブルなのか?

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