情弱(ボケ)なひとの絶望的な発想

たまたまのことだが、とある居酒屋の隣席で70代半ばとおぼしき爺やがふたり、現代的なデジタルについての議論(とはいえ、しゃべくり漫才のようなボケとツッコミ)を熱くしていたので書いておく。

スマホなどのデジタル機器から、個人情報が抜き取られていることのヤバさをさかんにツッコんでいるAさんの話を、ボケのBさんが受け入れないので、いよいよAさんの論は深くなるのだが、まったく理解できないBさんは、とうとう議論に飽きたのか帰り支度をはじめた。

それで、ふたり揃って席を立ちながらの別れの挨拶が「では、また来年!」だったので、こちらが驚いた。

年単位での会合としては、ずいぶんな話題である。
それでもケンカ別れにならないところが、長年の仲、だからだろうか?
なんでも、たくさんいた仲間がふたりだけになったようなので、もしやクラス会の果ての姿なのか?とおもわれた。

さてそれで、Aさんの論は、どのように個人情報が抜かれるのか?のテクニカルな話が中心なのである。
一方のBさんは、自分の個人情報なんてたいしたこと(価値)はない、といって譲らないから、話がかみ合わない。

このふたりの価値観の決定的なちがい、である。

つまり、Aさんは、ビッグデータ(=社会)という目線で話している一方、Bさんはあくまで個人(=自分だけで家族も関係ない=個人主義のなれの果て=アトム化)の目線なのである。
それゆえに、Bさんにとって自分の人生やらを思いかえしても、「たいしたことはない」で済む話だから、まったく興味をおぼえないのである。

しかし、くらいつくAさんは、それは無責任なことだと、これまたやんわりだが言葉を選びながら話を進めるのである。

Bさんは、なんでそれが無責任なことなのか?それを指摘される理由がわからないのだ。

そこで、Aさんは、スマホやさいきん廃れたスマートスピーカーが、会話を全部聞いていて、その音声から関係しそうな広告を自動的に出してくるのが、気持ち悪い、と指摘した。
対して、Bさんは、便利な世の中になったじゃないか、というのである。

そこで、便利といえば、A.I.だ。

BさんはA.I.のすさまじい普及を、たいした世の中になったと感嘆する。
だがAさんは、ウソばかりだからA.I.の答を鵜呑みして信じてはいけないと論を張るのである。

A.I.がウソをつく?
はぁ?
そんなこと、どうしてわかるのだ?

ためしに、自分がしっていることをA.I.に質問してみればすぐにもっともらしいウソで返すからA.I.の実際がわかるよ。

どうして自分のしっていることを、わざわざA.I.にきくひつようがあるものか?

だから、A.I.がどんなふうにウソをつくかが確認できるということですよ。
そうなると、A.I.にしらないことを質問して、ウソだと気づかずに信じたら、あとで間違えに気づいても取り返しがつかなっかたら損してしまいますよ。

おれはそんなややこしいことは質問しないよ。
ただ、便利だろう。
それにしても、どこで個人情報を抜かれているんだ?それで、どんな損をしているのか?がわからないが、あんたはどうしてわかるんだ?

たとえば、「Payなんとか」とかで支払うときに抜かれていますよ。

でも5%安くなるから、損ではなくて得しているじゃないか。
どんな損かがわからない。

常習的に泥棒に入られて貴重品を盗まれていても、盗まれたことに気づかなければ問題ない、というのはマヌケな話じゃないですか。

いやー、おれの個人情報が盗まれてもたいしたことはないさ。
それよりも5%得になる方がよほどいい。
現金を持ち歩かなくなったから、スリにもあわないですむし。

スマホをスリにとられたらおなじでしょうに。

だいじょうぶ、スマホには暗証番号があるさ。

そのために、さいきんではレジに並ぶ時間が増えましたなぁ。

まるでイソップのお話のようなのであった。

しかし、世の中はBさんが多数派なのである。
その結果の恐ろしさが、「ビルダバーグ倶楽部」で書いたとおりの、人類家畜化推進なのである。

ところが、家畜は自分が家畜にされていると一生気づかないから家畜なのである。

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