スシローが放つ「チップ文化」破壊

3日、フード&ライフカンパニーズは、10月にニューヨークに傘下の「スシロー」をアメリカ進出第1号店として開業すると発表した。

この発表に沸くニューヨーカーたちの話題に、「チップ不要に歓声」という記事がまぎれている。

飲食店などでの「チップ」は、欧米の文化として定着しているが、近年その批判も高まってきている。
それは、「セルフ」あるいは「ほとんどセルフ」なのに、堂々とチップを要求されるばかりか、自動精算機で料率を強制選択させられる高機能会計機が普及していることもおおいに影響しているからである。

ようは、利用客はチップ支払いを拒否できない。

トランプ政権2.0の選挙公約で、連邦チップ税の廃止、を実行に移したが、それはチップを受け取る側への減税であって、そもそもチップの意義そのものが問われているのである。

わが国で販売価格に革命をもたらしたのは、江戸日本橋の三井越後屋(現三越)が掲げた「現金掛け値なし=定価販売」であったことは小学校の授業で習う。

それまでは、客は気に入った商品価格についての値段交渉をするのがふつうだったので、掛け値なしの安さばかりか、時間と精神的な負担の軽減で大ヒットした。

いまではディスカウント販売がふつうになったばかりか、専門が細かくなったので、定価販売でなんでもござれの「百貨店」が廃れてしまっている。

江戸期にも、宿場の宿では「枕ゼニ」の文化、すなわち「心づけ」としての「チップ制度」はわが国にもあった。
これが、昭和のバブル頃にも残っていたものだ。

しかし、高度成長の東京オリンピックを契機として、大手ホテルが率先してチップ制から「サービス料金制」へと移行したのである。

これは、施設の大型化で、大量採用した従業員個人が得るチップの職場管理が困難となり、従業員間のトラブルにまで発展したことも要因になっている。

しかも、会社は、「サービス料売り上げ」として計上することで、いったんとはいえ、名目上も実質上も、「会社のもの」としたのである。

それで、各従業員には勤務評価としての「再配分」をしているとした。
しかし、この問題は奥が深く、接客現場に関与しない間接部門の従業員給与にも反映される「平等」のために、そもそも論をいえば現場の不満はくすぶったままなのである。

よって、なるたけ会社は話題にしたくない。

こうした日本の事情はさておいて、今回のスシローによる「チップなし宣言」は、アメリカ社会に何をもたらすのか?注目したい。

それには、従来、どのようにしてサービス担当従業員にチップが渡っているのか?と、会社がどこまで関与しているのか?の双方に波紋を生むからで、この点で利用客が負担するチップがなくなる、という単純さではないからである。

つまり、まずはスシローニューヨーク店に就職希望する現地人は、チップ収入をはなから期待できないことが採用条件となることからはじまる。

これをスシロー経営側は、どのように説明し納得を得て雇用するのか?となって、現地の飲食サービス業事業者はしっかり観察していることだろう。

ましてや、現在のニューヨーク市およびニューヨーク州は、民主党政権下にあるので、いかなる行政からの(社会主義・共産主義的)介入があるのか?も予想できない。

こうしたリスクを、フード&ライフカンパニーズはどのようにかんがえているのかも気になるところである。

さては上のような各種問題を突破したとき、アメリカに「チップ不要文化」が形成されることとなり、それは巨大な文化破壊となって世界を覆うことだろう。

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