14日、岩手県奥州市の『いわて生協コープアテルイ』で、10日から中学生のみの入店禁止措置をしたとニュースになっている。
さて困ったことに、わたしは岩手県へは数度しか訪問経験がないために、この広大な県内で「奥州市」がどこにあるのか?の見当がつかない。
それで、マップで検索したら、平泉町内の「中尊寺」からわずかに北からが奥州市であることをしった。
県都の盛岡はここからずっと北にある。
症状として、どうしてこの地で「発症」したのか?はしらないが、わが国の一律的官僚主義による「公立中学校」をかんがえると、おそらく特段の地域差はないとかんがえられるので、全国的な展開がふつうになるのではないか?
また、「父兄」とはいわず、「保護者」となったおとなの責任放棄についても、中央集権による全国的なことだろうから、やっぱり地域差があるとはかんがえにくいのである。
当然だが、警察も教育委員会も同様で、岩手県警やらが特別に問題あるとはいえない。
そんなわけで、店側の苦渋も特段の地域差があるともいえないのである。
きちんと、法的な検討をしたうえでの「措置」であろう。
すると、この破滅的な行為を集団でやっていた心理はなにか?が気になるのだが、むかしからある、成長期の若いエネルギーの発散、とすると、もっとも便利な場所すなわち本件では当該スーパーがたまたまの「現場」となったのではないか?と疑うのである。
しかも、あたりまえだが「休日」のご乱行なのである。
つまり、平日は学校へ行っている、ということだ。
この「真面目さ」が、なんだかあたらしい。
むかしなら、「不良グループ」という仲間での行動で、たまに学校に顔を出すが、誰かの家やどこかにしけ込んで自由行動を謳歌していたものだが、どうやら今回は「不特定多数」という特徴があるために、いまどき普及があたりまえの防犯カメラでさえも「個人が特定できない」ことが、結果的に連帯責任となったのだとおもわれる。
ようは、ふつうに登校している子供たちが、休日になると豹変する、という事象なのである。
この処置がどこまで有効か?と問えば、当該スーパーには来なくなるだけ、だといえるので、近隣に別の場所をみつければ、そこでまた「出禁」をくらうことになるのだろう。
念のために、公式に「出禁」を宣言したスーパーは、彼らが敷地に内に入ったことだけを理由に、「不法侵入」での対抗策を発動できるのである。
ここで興味深いのは、外部から侵入をはかるネズミを特殊な音波で追い返す、という手法の不思議な有効性と、中学生たちの共通はあるのか?という点だ。
ネズミの場合、「縄張り」があるので、このやり方をブロック単位のビルやらで採用した場合に、その近隣では一定以上の過密状態になることでの「総数減」という生存のための調整現象がおきるのである。
「中学生たち」がはたして個々の「縄張り」をもっていたのか?は、記事からではわからないから、数学の「集合」としての表現でいえばかなりあやふやなのである。
つまり、いきなり個人の特定が困難だということの前に、「グループ行動」としてどう分析していたのか?の議論が記事にないのである。
もしも、他校やら他グループとの仲間意識による「縄張り」があったなら、ネズミのような生存競争による敗者は、他地域に行くしかなくなるか、別の遊び方を考案するのだろうか?
なんだか『ウエスト・サイド・ストーリー』のようなのである。
すると、どうやって彼らの余ったエネルギーを消費させるのか?となる。
体育の授業に2012年から「ダンス」が必修採用された本質はこれだとおもうが、地域差があるとしたら「ダンスによる消耗」が薄いのか?と気になるのである。
休日に、ダンスをどこで練習させるのか?は、おとながかんがえることである。

