盛り上がらない横浜市長選

18日投開票の横浜市長選が、ぜんぜん盛り上がっていない。

二期途中でパワハラ辞任した前市長も、懲りずに立候補して市民を呆れさせているけれど、その市長を推薦した政党が、これまた懲りずに東京都内在住の弁護士を擁立したので、さらに呆れる事態となっている。

立ち会い演説で、市民からの「住所はどこ?」との質問に返答できなかったが、いまでは開き直って、東京の自宅から横浜まで通勤するといっている。
なるほど、370万人以上が暮らすわが国最大の自治体といっても、東京のベッドタウンなのだから、逆にひとりでも東京から通勤されれば御の字なのかもしれない。

市内に住んでいないひとが市長になる可能性がある。

しかして、わたしがシラケているのは、候補者全員が「介入主義(者)」だからである。

なので、介入主義の緩さの度合いという基準をもって、選択するしかない、のだ。

つまり、消去法である。

すると、参政党と再生の道から推薦をうけた、福山あつし氏が最後に残る。

残念ながら、この人物もしっかりとした介入主義者なのだが、他候補よりまし、というレベルである。
もっとも、参政党も再生の道も、どちらもやっぱりバリバリの介入主義政党だが、既存政党よりはマシに見えるのが特徴である。

なので、わたしが、たとえば参政党を推しているのは、どこで見棄てるか?という選択肢を残すことが重要なオプションだが、支持者が増えたらそんなことにはならないだろうから、悩ましいのである。

本来ならば、参政党が介入主義から自由主義にシフトしてほしいものなのだが。

福山候補の施策公約の中で、おおきく他候補からちがうのは、財源をつくる、という「お題」をあげていることがいよいよその介入主義の本領なのであるけれど、他候補の無策よりはまだ評価できるのは、これまで通りの「成り行き」が他候補の無策の意味だからである。

いってみれば、福山あつし候補の提案が、もっとも介入主義の積極策なのであるけれども、それが逆に「候補の中でもっとも緩い」と思われるのは、できっこないのではなくて、失敗することを市民にみせてくれると予想するからである。

経済が伸びて、企業が発展するのは、「市政」でできることではないのだが、これまでの市政が邪魔をしていたことの排除、ならばまだ可能性がある。

自由主義からみて理想的なのは、財政力に応じた市政に特化する、であるから、財源がないのを理由に、いわゆる市民サービスを徹底的にやめることである。
残すのは、上・下水道、ゴミ収集、道路土木、学校の維持、国家行政の代理(戸籍管理とか)ぐらいでいいのである。

不要なのは、とっくに国家管理となった港湾局だし、あるいは市内経済の発展に何の意味もない経済局などの補助金行政だ。
これらの業務をやめると、どのくらいの財政的な効果となるのか?は、本来、議会がやるべきことだが、福山氏がケンカを売るように、そもそも議会が死んでいる。

前市長二期目の選挙で、パワハラ実態を承知で支持した各党相乗りを、各現職議員にも責任があり、問題が顕在化したら一斉に市長ひとりへの責任転嫁をさせて逃げた議員たちを叱るという「正論」は、まったく市民目線である。

それゆえに、福山市長誕生のおりには、市長が市議会で孤立するのは目に見えている。

福山氏の作戦としては、市議会の一新にあることはまちがいないだろうから、来年の統一地方選挙が山なのである。
様相は、福岡県議会、のような「全取っ替えスローガン」となる構図がみえる。

つまり、既存勢力が福山当選を阻むし、そうした勢力が妨害に勤しむことを一般市民にみせるのも福山氏的には織り込み済みであると承知する。

ようは、介入主義対介入主義のコップの中の争いではあるが、福山氏の作戦の方がまだまし、という結論なのである。

そんなわけではあるが、得票率が25%に達しないと「再選挙」になるルールが、俄然注目を集めだしたのもこの横浜市長選のグダグダを象徴する。

だれも到達しない可能性があるからである。

すると、大政党が推す候補が東京から通勤できないばかりではなくて、大政党のブランドが著しく欠損することになるので、大政党には全国的損失となること確実である。
そこで、このタイミングで簗和生大臣を辞任させた人事をどうみるか?であって、それは高市自民党の焦りであろう。

だれが市長になるのか?よりも、大政党には痛い結果が期待できる、へんな選挙なのである。

そんなわけで、盛り上がらなかったのに、急に熱を帯びてきたのである。

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