号外?嘆きの反乱法333条の適用

相撲で「勇み足」は、負けである。

バイデン氏に勝ってほしいと「希望」するのは自由だけど、報道や政治家が「業務」でこれをやったら、やっぱり「相撲」の勝負とおなじで負けである。

どういうわけか、日本でも専門家を自称するひとたちが、「心折れて」バイデン氏の勝利を、「不承不承」認めだしたのが不思議だ。

これも、立派な「勇み足」だ。

なぜなら、どの州の議会も、いまだ一州とて、バイデン氏の勝利を法的に認定していないのだ。
州ごとに大統領選挙の当選を「決める」のは、なんと選挙結果そのものでなく、「各州議会の決議」をもってするのがアメリカ合衆国の決まりなのである。

今回は、これが効いてくること必定なのだ。

マスコミ報道による、「当確」だけが先行しているけれど、最新のバイデン氏の「選挙人獲得票数」の予想では、再び半数を割り込んでしまったばかりか、トランプ氏が逆転している。

各州で、票の数え直しがはじまったからである。

それに、選挙不正の訴えは、全米で2万件を超え、激戦州とはちがう州の「司法長官10人」が、連邦最高裁に「選挙の公正さを取り戻す」として、激戦州の州務長官解任の訴えを起こしているし、全米選挙委員会の委員長が、「不正選挙」の存在を認めていて、場合によっては「無効」をチラつかせている。

無効なら、その州は、選挙人選定に対しての「議決」をしないといけない。
肝心の州議会が、激戦州では共和党議員が多数なのである。
それでも決着しないときのルールも用意されていて、最後の手段、連邦下院による大統領選出投票の場合でも、共和党の勝利はもう確定しているのだ。

下院は民主党が過半数だが、大統領選出投票は、下院でも50州の代表が1票だけ入れて、合計50票で決める方法によると憲法にある。
わが国のように、単純多数決ではないのだ。
議席では劣るものの、下院議員の選出州で、すでに共和党は過半数の州で勝利している。

こうした「動き」を、みごとに黙殺し、「報道しない」のは、世界の報道機関で行われていて、わが国でも漏れはない。
この意味で、わが国のマスコミも立派な、「世界標準」になっている。
アフター選挙後ではなくて、もう既に観る価値なしと評価できるのはこのためだ。

この選挙に沈黙している数少ない国に、ポーランドがある。
この国は、ユダヤ人がいまでも多く住んでいて、そのネットワークから情報大国でもある。

大親日国をもってならしていて、体制転換による旧体制下の機密文書の公開で、ずいぶんと大事な情報を、密かに日本政府に伝えていたことがわかっている。
クレムリンでの衛星国首脳会議で、誰がどんな発言をしたかという最高機密までこっそり教えてくれていた。

しかし、いま、ポーランド政府は、重要情報のわが国への提供をやめたとかんがえられる。
わが国歴代政府の「不誠実」がそうさせるのだろう。
命がけの情報を、ムダにするからである。

もっとも、何度も書いたように、わが国与党のふたつは、アメリカ民主党の「極左」よりも左に位置する思想ばかりのひとたちなので、本気でバイデン氏当選をよろこんでいるのかもしれない。
ならば、ポーランド政府は、「呆れている」ということだ。

そんなわけで、本日12日朝、菅総理がバイデン氏とハリス氏を、それぞれ「次期アメリカ大統領」、「女性初となる次期アメリカ副大統領」と電話会談したと発表した。
発言の前に、質問者代表のテレビ東京記者が、さりげに「次期大統領」といっていた。

現時点で、「不用意」では済まされない重大発言なのだ。

わが国は、法治国家を標榜しているのに、これは相手国政府に重大な違法行為をしたのだけれど、うそみたいにこのひとたちは、それを認識もしていない。
悪い夢をみているようで、本当なのか?と驚くしかない。

なぜなら、アメリカ政府には「一般調達庁」という役所があって、ここが「次期大統領」と認定しないと、そのひとはまだ「次期大統領」ではない。
この役所が、新政権移行のための予算を持っているし、政府が管理する建物の使用許可をだすのだ。

それで、冒頭に書いたように、「州」だって一つも「バイデン氏勝利」を認定していないから、連邦政府がこれを認めるわけがない状態にまだある。
マスコミだけが認定した状態だから、「自称・次期大統領」という、ドン・キホーテだ。

次期大統領や次期首相に「なっていないひと」が、外国政府と「外交」をすることは、どの国だってあたりまえだが禁じられている。
トランプ政権発足前に、ロシア大使と会談して、とうとう安全保障担当大統領補佐官の職を解かれた、「マイケル・フリン元陸軍中将」のことを忘れたのか?

最近、ようやく彼への起訴が取り下げられたけど、裁判費用に自宅も売却して、これまで5億円がかかっている。
なぜ起訴が取り下げられたのか?
それは、トランプ氏の当選を調達庁が「認定した後」で、正式に「次期政権の大統領補佐官だった」からである。

マスコミに踊らせれる日本国首相の無様な姿は、そのまま「ポピュリズム」の申し子として、国民の「無知・無能」が世界に拡散されて恥となった。
日本国民は、選挙不正をただそうとするアメリカ国民を嗤うが、恥ずかしさすら感じない「阿呆」になり果てたということだ。

さてそれで、トランプ氏のビジネスマンとしての才覚は、もう次の手を打っている。
それが、選挙投票日後にやった、国防長官の更迭人事である。
どうしていま、こんな重要ポストをいじらないといけないのか?

民主党が政権をとっている州で、暴動があいついだとき、トランプ氏は連邦軍の派遣による「制圧」をこころみた。
しかし、いかに最高司令官といっても、国防長官の合意がいる。
更迭されたひとは、連邦軍による制圧に「反対した」のだった。

すると、彼は、やる、ということだ。
ここに、「有言実行」の愚直があるけど、不正うごめくいまとなっては多くの国民が支持することにちがいない。
今回選挙公約の第一、「法と秩序」の真っ先の実行である。

適応される法は、1807年成立の「反乱法・333条」だ。

ちなみに、彼がこの法の執行を発言したのは、今年の6月である。
民主党やアジアの大国が背後にいるといわれる、「BLM」や「アンティファ」の暴動と掠奪をさすけれど、さらに、大統領選挙における組織的大規模不正を、「反乱」と認定する可能性だってある。

すると、外国の政権トップが、バイデン氏やハリス氏を「次期大統領・次期副大統領」と呼ぶことの違法性が、いかに重大な裏切りかがわかる。
そしてそれは、現職からすれば、反乱首謀者に対する援助にみえるだろう。
管氏は、「コウモリ君」を自らやめたと言ったのだ。

反乱法の適用がされたら、乱暴だと、きっと日本のマスコミは強烈に批難するのだろうが、それを幇助したのが日本政府とマスコミ自身だということになることも気づかない。
いや、しっていてもいわないだろう。

日中国交正常化のとき、あの周恩来から、「法匪(ほうひ:法の虫)」と最大限に文句をいわれたのが高島益郎(当時外務省条約局長、事務次官、駐ソ大使、最高裁判事)氏であった。
もうとっくに、高島氏のような「スジ男」が絶滅して久しい。

ああ嘆かわしい。

「仕組み」を理解する訓練

コンサルにも「現場」は当然ある。
経営者との方針確認や、従業員さんたちとの会話や教育研修も、ぜんぶ「現場」である。

相手は、さまざまな業種でもあるし、企業である。
成り立ちからしてぜんぶ違うので、その都度まったく別々の対応が必要となるのは当然だ。

しかし、ある程度の「共通問題」がある。
それが、「仕組みの理解」における、「深度」なのである。

組織目標に対して仕組みの理解が、「浅い」場合は、まず経営者本人に深めてもらわないといけない。
成長や業績の、「もっと」を経営者が求めるときは、従業員たちへの深度を深める努力が有効になる。

こうしたことをやっていると、確実に組織は良好な方向へ向くから、結果的に、まず悪いことにはならない。
この、「悪いことにはならない」という状態が、どれほど重要なのか?ということに気づく経営者は、「仕組みの理解」が「深い」といえる。

残念な経営者は、「目に見えて良くなる」ということにこだわる傾向があって、「悪いことにはならない」という状態を、「当然」とするので「無視」する。
つまり、「悪いことだらけ」の状態が、「悪いことにはならない」となっても、その効果を区別できないひとがいるのだ。

「仕組みの理解」が「浅い」という意味がわかるだろう。

けれども、こうしたひとがひとり悪者だと決めつけたところで、なんの解決にもならないのが、コンサルの現場、なのである。
業績不振企業なら、対象者が経営者の場合がほとんどだからである。
つまり、「経営者」にわかってもらわないと、なんにもならない。

厄介なのが、その経営者から依頼されるのが、外部コンサルタントだから、たちまちここにジレンマが生じる。
ジレンマの、「ジ」とは、二つのという意味だ。
三つなら、「トリ・レンマ」という。

一つは、その経営者自身が、わからないことをわかっていないこと。
一つは、その経営者自身が、わかろうとしないこと。

それでもって、コンサルタント料金を頂戴しなければならないのだ。
そこでまず、気づいてもらうための「あの手、この手」をかんがえる。

「脈がある」ばあいは、早期に気づいてくれて、「わかろうとしてくれる」ようになる。
こうなれば、「わかるように」指導できる。

「脈がない」ばあいは、一向に気づくことがない。
残念ながら、これは、「お手上げ」なので、こちらから退散させていただく。

そんなわけで、退散することがあんがい多い。
これはこれで困ったことになる。
だから、ほんとうのジレンマとは、このことである。

どうしてこういうことになるのか?
ふと気がついたのは、「仕組み」についての思考訓練を受けたことがない、からではないのか?という「仮説」だ。

事実上の個人経営者のばあい、家業を継ぐためのパターンは二通りで、学校卒業後すぐに家業に就くばあいと、いったんどこかに就職してから、家業に就くばあいとがある。

前者なら、学生時代におけるチャンスと、家業のなかでのチャンスがある。
後者なら、いったん就職した会社でのチャンスもある。

すると、最初の共通項は、学生時代という当たり前がある。
なにせ、わが国は小学校・中学校の9年間が義務教育で、これに実質高等学校の3年間も加わっているし、さらに進学希望者の全入が達成されている大学もある。

ここで、どんな課目や授業で、「仕組み」の訓練を受けるのだろうか?
本人や教える側の双方がちゃんと認識しているかは怪しいけれど、もっとも単純な「仕組み」を習うのが、「算数」なのである。

1と1を足すと2になる。

ここからはじまる、算数とは、単純な仕組みの組み合わせ、なのである。
中学から「数学」と名称は変えるけど、数式で表現できて、計算もできて、ちゃんと答が決まっている、ということは変わらない。

しかし、実際の世の中は、数式で表現できないから計算もできず、答が決まらないことにあふれている。

すると、「仕組みの理解」とは、まず「算数」における「仕組みの理解」が重要な要素だとわかるのである。
そして、社会に出れば、「答えがない」ことを前提にせざるを得ないので、かえって「仕組みの理解」に戻らないと、判断のための論理展開ができないのだ。

これが、残念な経営者とそうでない経営者の分かれ道なのだ。

残念な経営者は、「仕組みの理解」がないままに、いきなり、数式で表現できないから計算もできず、答が決まらないことに、無理やり答えを出してしまうので混迷するのである。

ならば、こんな教科書がある。
ノートを用意して、自分で訓練を受けてみよう。
なお、本書には、「算数を学ぶことの目標」も記載されている。
あんがい、この「目標」をしらないままでおとなになっている。

跋扈する「ソシオパス」

いまや「信頼できる報道機関」を探すのが大変な時代になった。

日本における従来のメディアが、ネット界隈で、「マスゴミ」と呼ばれて久しいけれど、自由の国アメリカにおいての「大手マスコミ」の腐敗は、この度の大統領選挙報道で、全世界にその腐臭を拡散させた。
もちろん社会調査会社も、この中に加わっている。

それは影響力において、破壊的だ。

すなわち、非暴力の「クーデター」といっていい。
しかも、旧来の、という意味で使われる「オールド・メディア」にとどまらず、ネット社会の申し子といえる「ソーシャル・ネットワーク」がやったことは、「検閲」に匹敵すると批判されている。

いま、これら自由世界のマスコミが、バイデン氏の「当確」を既成事実化しようと躍起で、各国政権がこれに乗り、アメリカと同盟国の分断にすでに成功している。
メキシコやブラジル、それにロシアの大統領は、「正式に当選者が決まるまでコメントしない」とコメントしている。

不気味なのは、お隣の大国で、こちらも「沈黙」しているのである。
浮き足だって、「新大統領」に謁見するための訪米日程まで打診をはじめたわが国首相は、リスク管理を放棄したのか?
それとも、赤い官僚たちに取り囲まれて、脳が破壊されたやもしれぬ。

職員が数百人規模に膨らんでいる、ワシントンの日本大使館は、全米に配置した領事館を含めて、いったいどんな現地情報を報告しているのか?
ゲスの勘ぐりではあるけれど、大手マスコミの記事を「コピペ」してそのまま東京に送りつけているとしかかんがえられない。

学生アルバイトでもできる仕事だ。
通信が不自由だった時代はこれでも、「仕事」になったけど、いまなら東京で座っていても手に入る情報だ。
開戦時の不始末を一切反省しない体質と貴族趣味が、遊んで暮らせる外交官をつくっているのは、国民の不幸といわざるをえない。

おそらく、ほんとうに学生アルバイトにやらせているのではないか?と疑う。

トランプ氏が、ホワイトハウスで朝いちばんにチェックするのが、「THE EPOCH TIMES」だという。
この報道機関には、ユーチューブ番組もあって、日本語訳つきで観ることだってできる。

おそらく、日本の外務大臣が報告を受ける内容よりも、はるかに鋭いだろう。
外務大臣は、この報道内容の真偽を駐米大使に速やかに調査報告せよと訓令すべきだが、いまさらこれに対応できる調査能力すら現地にないのではないか?

11月9日に配信されたシリーズ動画、『アメリカの思想リーダー(AMERICAN THOUGHT LEADERS)』に、ピーター・ナバロ通商担当大統領補佐官とのインタービューがある。
内容から察するに、現地では投票日前の収録と配信だったようだ。

このインタービュー中で、彼がいうキーワードは二つある。
一つが、レーニンの有名な言葉、「役に立つ白痴」を日本語翻訳では、「有用なバカ」と表現していること。
一つが、「ソシオパス(反社会的人格障がい者)」である。
これは、倫理も道徳も愛国心もなく、すべてはおカネだというひとをいうと注がついている。

ロシア革命がどうしてできたのか?
という根本的疑問に対して、「ソ連崩壊」による革命が潰えた現在では、資金を提供したスポンサーが誰だったかの確認がとれている。
それは、いまにも続く、「国際金融資本」であった。

そして、これに連なるのが、アメリカ民主党なのである。
第二次世界大戦において、もっとも重要な「不思議」とは、どうしてスターリンが率いる「ソ連」が連合国側なのか?という疑問であった。

自由主義経済圏と、社会主義計画経済圏との闘いだと規定すれば、ソ連が自由主義圏の側になる要素など微塵もない。
ヒトラーとスターリンの不仲は、完全に支持者の「マーケット」で競合していたからである。

つまり、全体主義というくくりで見れば、ヒトラーもスターリンもまったくの同類だし、そもそも「ナチス」とは、「国家社会主義ドイツ労働者党」のことだから、社会主義計画経済そのものの国家を目指す、じつにストレートな党名になっている。

じっさいに、1929年にはじまる大恐慌に、「ニューディール政策」をもって対応したのは、アメリカ民主党政権だった。
これがいま、「グリーン・ニューディール」と言葉を変化させているのも、アメリカ民主党だ。

つまるところ、国家が経済に介入することを積極的におこなうのが「ニュー」だったわけだから、社会主義との親和性は、アメリカ民主党の骨髄にあるのだ。
それで、さりげなくソ連を味方に引き込んだのが、フランクリン・ルーズヴェルトだった。

つまり、100年以上前からの、「ソシオパス集団」である国際金融資本と、「有用なバカ」が結託して戦争をやったのだ。

新冷戦の相手国が、なぜ「沈黙」したままで「バイデン」の「バ」の字もいわないのか?
何者かに発注されて、500万枚もの偽投票用紙を印刷し、アメリカに送ったと自ら曝露したのは、国家主席のお膝元にある印刷会社のトップである。
このひとは、なぜ逮捕されないのか?

あちらの諜報機関は、トランプ勝利を確信して本国に報告してはいないか?
ならば、トランプ氏に忠誠を誓う態度が国益になる。

なんと、わが日本国が「ソシオパス」だったのだ。

デジタルと「はんこ」文化保護

内陸にあって、海に面しないのは全国に8県ある。
栃木、群馬、埼玉、山梨、長野、岐阜、滋賀、奈良の各県だ。
滋賀県には、琵琶湖という特別があるものの、奈良県を除いて7県はそれぞれ隣接していて、塊のようになっている。

まるで、本州の内臓のようにもみえる。
しかしこれは偶然ではなくて、本州の地面の構造に依っている。
本州が弓なりの島になっているのは、静岡・山梨・長野・新潟・埼玉・東京・神奈川・千葉の地下にある、フォッサマグナが原因だ。

西の縁は、富士川と糸魚川を結ぶ線で、東の縁は新潟の新発田と柏崎を起点にすれば、埼玉から千葉に抜けるといわれている。
ものすごく大きな範囲を抱え込んで、曲がっているのだ。

一方で、本州を縦断しているのが、中央構造線である。
フォッサマグナと中央構造線は、諏訪湖で交差して、ここから中央構造線は中央高速道とともに南下して岐阜から愛知を抜けて伊勢湾に潜り、紀伊半島を横断して淡路島をかすめて四国を分断し、九州も横断する。
すると、海に面しない8県のうち、滋賀県だけが中央構造線に触れず、逆に地下深くで奈良は飛び地ではない。

山梨県が水晶をはじめとした日本における宝石の山なのは、本州の構造を無視しては語れない。
この点、アジアの宝石島、スリランカと似ているのだ。
それもあって、山梨県にはインド系宝石商が多くいるので、インドカレー店が日本一の密度になっている。

前から不思議なのは、これら内陸県におけるエネルギー供給の方法だ。
たとえば、ガソリンである。
どうして、パイプラインを使わないで、タンクローリー車で輸送するのか?
これによる、輸送コスト分が高価になるのは当然で、住民は永遠にこれを負担せずには生活できない。

いま日本一の空き家率(約3割)を誇る?山梨県に移住をかんがえたことがあった。
このときは、ほぼ毎週、山梨県の物件やらを物色に出かけていた。
それで、わが家周辺のスタンドと比べて、ときに20円/リットルも高価なガソリン価格に怯んだのは事実である。

また、山梨県における都市ガスの世帯供給では、全国都道府県ランキングで43位という問題もある。
失礼ながら、東北地方にも劣るのだ。
富士山や南アルプスがあるから、という理由説明で納得できるものか。
甲府以外の甲府盆地だって、プロパンに頼っているのだ。

まずは、先日、印章業のひとたちを引き連れて、自民党幹事長に直訴した山梨県知事に聞きたいのは、「住みやすい県」としてのインフラ整備をどう考えているのか?である。

前にも書いたがこのひとは、もと財務官僚で、国家予算を自分が取り付けると選挙で主張していた、「逸材」だ。
まことに、山梨県の不幸は、マックス・ウェーバーがいうところの、「最高の官僚は、最低の政治家である」をそのままいくひとを選ぶセンスにあるといわざるをえない。

つまり、自業自得だ。

そんなわけで、わが家の移住計画の対象地から山梨県は、消えた。
いまは、たまに温泉に行きながら、その衰退の状況を観察している。
人口減少社会の到来という意味とはややちがう、ほぼ首都圏に位置するにもかかわらず政策選択の誤りを原因とした衰退として、山梨県はわが国の最先端であるのだ。

さてそれで、「はんこ」の話である。
書類のデジタル化を推進すれば、かならず発生するのが「はんこ」の問題である。
日本人は、どうして「はんこ」を必要としたのか?

現代の経済取引についていえば、「承認」したことの証明だし、法的権利関係でもおなじである。
なぜなら、経済取引だって、法的手続きを伴っているからだ。

社内の「見た判」だけなら、シャチハタも許されるけど、管理職になって押印する決裁書なら、もうそれは立派な「私文書」だから、シャチハタでは許されない。決裁書には法的根拠がある。
公務員なら、全部が「公文書」で、はんこを含めて改竄は罪になる。

それで、百均の劣悪な認め印が、あんがいと「実印」にだってなるのは、あんまり品質がまちまちで、意外な場所に「欠け」があるから、この偶然がオリジナルになるのである。
どれをとってもおなじ、というシャチハタの完璧な品質が、「実印」や「銀行印」にぜんぜん向かないのはこのためだ。

しかし、百均の劣悪は、あたらしく不意に「欠ける」ことがあるので、陰影が変わる。
それで、やっぱりよほどの勇気がないと「実印」に登録するひとはいない。

銀行は銀行印の省略をはじめたけど、ゆうちょ銀行はそうはいかない。
国内の津々浦々を出張していたときは、ゆうちょ銀行に口座がないと現金の引き出しに困ることがあるけど、口座開設に「はんこ」がいる。

「戸籍制度」と「印鑑登録制度」がセットになっている。
これがわが国の体制で、果たしてこれも「行革」の対象なのか?
戸籍制度があって、「マイナンバー」もできたから、二重行政である。
でも、これを是正するとは誰も口にしていない。

アメリカの不正選挙を見せつけられたら、「戸籍」がないと困ることになるかもしれない。

もちろん、文書はワープロで作成しても、はんこがないと契約書にならない。
これに相応するのは、改竄できない電子技術が必要だから、ブロックチェーンのはんこがいる。

そんなわけで、山梨県だけでなく全国のはんこやさんには、まだたっぷり時間がある。
事業構造の変化をかんがえるための時間のことだ。

でも、なんだかわからない行動をして、仕事をした気になっている知事には、任期があるから時間がない。
でもきっと、センスがない山梨県人は、「知事よくやった」と喜んでいるのだろう。

これ、ほんとう?

お祝いならまだ早い

バイデン氏の勝利宣言があった。

なんとも気のはやいひとたちが、国家の首脳をやっている。
はてな?なのが、同盟国筆頭格のイギリスやカナダの首相の反応が速かったことだ。
わが日本国首相や韓国大統領は、「祝電」ではなく、「Twitter」で祝意を表明するという「コウモリ君」の慎重さをあらわにしたのが印象的である。

こういう小手先の姑息なことを、わが外務官僚は胸を張って首相にアドバイスして、韓国はこれをまねっこする。
国際儀礼にのっとれば、「電報」をもってするのが外交のしきたりだ。
けだし、判断はあくまでも発信する本人であるから、逃げられない。

張陽さんという北京大学を卒業してから、博士号取得のために東北大学にやってきて、初めて「武士道」に感化され、わが国に帰化したひとがいる。
いまは、東北大学情報科学研究科の助教で、専門は応用経済学だ。

彼の知見は、しっかり中国古典にも通じているから、これも日本国内で学んだとかんがえられる。
文革以降、あちらの国で自国の古典を教えているはずがないからである。
武士道研究に付随して、儒学も習得したにちがいない。

5千円札になった新渡戸稲造の名著、『武士道』は、はじめから英語で書かれた本である。
これを、日本人は、新渡戸以外の日本人による翻訳で読んでいた。
著作にあたって、夫人のメリー(邦名で萬里)が添削したと記録がある。

執筆動機は、欧米化の波によって浸食され滅びゆく日本文化を、外国人に記録として残そうと試みた、一種の悲痛だとの解釈もある。
外国ならちゃんと「保存」してくれる、との読みがあったからであろう、と。
同様に、岡倉天心『茶の本』と、内村鑑三『代表的日本人』がある。

わたしはこれを、明治三部作と呼んでいる。

結局のところ、彼らの「読み」はまったく正しく、この三部作を残していてくれなかったら、日本人はかつての日本文化の価値を、まったく顧みることなく、いまごろは完全に忘れ去って、漫然と生きていることになったろう。

前にも書いたが、旧日本人だった、故岩里政男(李登輝)氏による、『武士道解題』は、文学者ではなく、偉大なる武士の政治家として実績を残した人物によるものだから、これはもう比較しようのない傑作なのである。

それで、武士の精神をもって、近年の歴代アメリカ合衆国大統領を眺めれば、いま苦境にあるトランプ氏の政策が、民主主義の手本だったということがわかる。
なぜなら、彼は、前回の、つまり彼にとって人生最初の選挙で掲げた、「公約」を、なんと「すべて」この4年間で実行したからである。

これは、尋常なことではない。

アメリカ人の生き様として、手本になっていたのは、ベンジャミン・フランクリンの『自伝』である。
ここには、「正直」と「勤勉」という徳が説かれている。
トランプ氏の業績は、フランクリン自伝の影響を強く受けた人物(典型的アメリカ人)だから、ビジネスでも成功したのだとわかるのである。

そんな典型的アメリカ人は、愚直さを好む。
「日の丸」をイメージした、映画『レッドサン』(1971年)は、日本ではイマイチだったけど、外国人には受けたのだった。
三船が選んだ監督は、『007』のテレンス・ヤングだ。

これを観れば、トランプ氏が安倍氏に一目置いた理由がわかるのである。

さて、大統領に誰が決まるのか?
はっきりいって、バイデン氏ではないとかんがえる。

すっきりしない選挙だったけど、ここで日本的な「選挙結果」を主張してもはじまらない。
それは、ありえない「不正選挙」だということでわかる。
日本でこんな不正があったら、どうなるのか?

それこそ、だれもかんがえたこともないだろう。
それが、起きている。

正直者のトランプ氏がいう、誰が勝つかよりも、公正さが重要だ、というのは当然すぎる主張だ。
しかも、彼は、まだ「現職」なのである。

すでに、複数の「内部告発」まで出てきて、これを取材しているジャーナリストが、「証拠がない」といって取材もしないでいる大手マスコミを批判している。
その「証拠」を探して暴くのがマスコミの使命である、と。

アメリカに在住の、中華系のひとびとが声を上げてきたのは、自由がない母国のことを熟知しているからである。
一度失うと、その後どうなるのか?をしっている。
ものすごい危機感なのだ。

これは、自由が空気のように当然のアメリカ人には、かえって想像できないかもしれない。

張陽さんの心配もここにある。

わたしには、スターウォーズのエピソード3「シスの復讐」で、すっかりいいもんのはずの「パルパティーン最高議長」が、なんと、シスの「暗黒卿ダース・シディアス」だったという「オチ」が、バイデン氏に見えて仕方ない。

なんだか、全部がマンガチックなのだけれど、現実がまさに、「暗黒」の民主党との全面戦争になっている。
投票日前のバイデン氏やハリス氏の、演説会もやらない妙な余裕と、なにがあっても新大統領はバイデン氏だともらしたペロシ氏の言葉があった。

これは、まさにバイデン氏が、いつものいい間違えだと解釈され失笑を買った、「我々は不正選挙の体制を構築している」は、まさに、パルパティーン最高議長が本音を漏らした瞬間だったのだ。

とうとう、邪悪と正義の決戦となってきた。

武士道精神のわが日本は、「邪悪を憎む」として、決着がつくまで見守る、といってこそなのだ。

祝電はまだ早い。

きれいな瀬戸内を汚す法律

高度成長期、公害が社会問題になっていた1973年に制定されたのが「瀬戸内海環境保全特別措置法」である。

子どものころ、「赤潮」が大量に発生して、広島の牡蠣の被害がずいぶんとニュースになっていた記憶がある。
流通網がいまのようになっていなかった当時、横浜のわが家では、生牡蠣を食べることなんかほとんどなく、せいぜい鍋やフライだったのは、母が好物ではなかったからだろうか?なぜか記憶に薄い。

「水俣病」や「イタイイタイ病」もあったし、関西では関東で珍しかった「米ぬか油」のPCB汚染もあった。
静岡県の田子の浦のヘドロ問題とかも報じられたけど、わたしの地元に流れる帷子(かたびら)川が「日本一」汚いと認定されて、悪魔的な子どもの間では「自慢」だったこともある。

上流の捺染工場からの色彩豊かな水とか、化学工場の排水やらで、なんともいえない鼻腔にまとわりつくようなケミカルな臭いがあった。
よどんだ流れを眺めれば、あめんぼうが水面を駈けているのかと勘違いするほど、メタンかなにかのガスが湧いていたりもしたものだ。

それから、工場群が移転して、浄化がすすんだ。
しらないうちに魚が棲むようになって、カモメも飛来したし、あの有名なゴマ・アザラシの「タマちゃん」もやってきた。
それでも、人間がこの川で泳ぐまでには至っていないから、適度に汚染されたままでいる。

わたしが初めて瀬戸内海をみたのは、中学校の修学旅行で岡山に行ったときである。
岡山、倉敷、奈良、京都という豪華さで、横浜市の中学校では初めての岡山県入りが記念されて、駅前の空き地(いまはJTBの支店ビル)で、ミス岡山から花束をいただいた。

宿泊したホテルは海に面していて、夜になって窓からは湖とおぼしき静かな波打ちが見えたけど、飛沫がやけに光って見えたのをじっと観察していたら、それが小魚の大群だったので驚いたものだ。
江ノ島の海岸では、こうはいかない。

瀬戸内海にだけ適用する、冒頭の法律があったことはしらなかった。
ところが、こんど、地域を指定して、「汚染させる」ことを狙った法律に改正するというから、驚いた。

きれいになりすぎて、海苔や魚が獲れなくなった、という。
漁業者には深刻な、海水の栄養不足が原因だという。
「過ぎたるは及ばざるがごとし」とも、「白河の清きに魚の住みかねて元の濁りの田沼恋しき」が妙に連想される、人間のムダあがきがある。

イスラエルとヨルダンの国境に、「死海」がある。
むかし、一人旅してここで泳いだことがある。
泳ぐなら、真水シャワーがある有料の施設にするようにいわれたのは、日本の海とは塩分濃度がちがうから、あがる度にその都度ちゃんと真水で洗い落とさないと全身がヒリヒリすると忠告された。

どんな姿勢でも浮いてしまうのは、強烈な塩分濃度(31.5%で通常の海水の8倍)のために比重が重く浮力が高まるからでもあったが、およそ生物が棲息できる濃度も超えているので、ものすごく透明度が高いのである。
つまり、人間の目にはきれいなのだ。

すると、瀬戸内海は、塩分濃度ではなくて、栄養不足という過剰で「死海」となったのだ。
不足が過剰とは、みごとな「人工」のたまものである。

死海の塩は自然のたまものではあるけれど、近所の地中海の海面から400mほども「低い」ので、この差をつかった「発電計画」があった。
死海が薄まることが、どういう意味をもつのか?という議論もあったけど、入れた水をどうやって排水するのかが問題となってやめたと記憶している。

じつは、死海がある場所は、陸地の「標高」として世界で最低のくぼみなのだ。
東京やオランダのゼロメートル地帯どころではない。

人間のかんがえることは、ことごとく浅はかだ、というのが神をたたえる聖書のいうところであるから、聖書のふるさとでもあるこの地域で、死海の環境破壊になる発電が中止になったのは幸いである。

すると、瀬戸内海で起きたことはなんなのだ?
日本人が日本人として、自然崇拝してきた自然を、日本人が破壊したということである。
いまの、隣の大国を笑えない。

ではいったい「自然」とはなんなのか?

これが難しい。
たとえば、「手つかずの自然」といったとき、それは「原生林」のことなのか?それとも、「耕作放棄地」のことなのか?
「美しい自然」といったとき、「耕作放棄地」を指すことはほとんどない。

ヨーロッパ最大の原生林、「ビャウォヴィエジャの森」では、ヤツバキクイムシの侵入に対抗する名目で、ポーランド政府環境大臣が伐採を許可し、これが環境団体と揉めていて、EUはポーランド政府に罰金を課した。

瀬戸内海に話を戻すと、どんな状態が瀬戸内海の「あるべき自然」なのか?が、自然に任せることではないからややこしい。
ただキレイにしたら、それではすまない。
では、そのキレイとは、誰にとってのキレイだったのか?

なんだか、源平時代のひとたちに、どんな海だったかを聞いてみたくなった。

バイデン氏優勢で株価が上がる

「ニューヨーク・ダウ」と「日経平均」のことである。

投票日以後、日経平均株価は今年の最高どころか29年ぶりの高値をつけた。
バイデン政権になれば、対中強硬策が弛む、という期待が数字になっているのだろう。
トランプ氏の「訴訟戦略」を、悪あがきと市場はとらえている、という記事報道もみられるからである。

一方、ニューヨーク・ダウも上げている。
こちらは、単純な読みではなく、あんがい複雑だ。
日本人が軽視して気にしない、「議会」がやっぱり「ねじれ」たままで、下院は「民主党」、上院が「共和党」に変化はなさそうだが、まさかの下院も「共和党」だってありうる状況だから目が離せない。

これを、「好感」している。

大統領選挙での票の「伸び」やらに疑念があるけど、議会選挙は「予想通り」というよりは、民主党の敗北に近い。
下院の議席は、民主党が減らしているからである。
つまり、大統領選挙との連関が「変」なのである。

事前のバイデン氏圧勝という話が、ギリギリになった上に、議会選挙では負けている。
有権者の投票行動として、大統領は民主党に、地元の上・下院議員には共和党を入れるものか?ということである。

このことはさておき、ダウ株価の複雑さは、アメリカ上院に独特の権限があるからだ。
・大統領指名人事の承認
・条約の批准 
この二点は、下院に権限はない。

また、正副大統領、連邦公務員に対する「弾劾」にあたっては、下院が「訴追決議」をして、上院が「裁判所」となって「判決」をくだす。
昨年のトランプ大統領弾劾は、下院で訴追されたけど、上院は相手にしなかった。

わが国の衆議院(下院)優先ということも、アメリカ連邦議会にはなく、上記の上院権限のほかは、両院とも「対等」である。
予算を含む各種法案も、両院の可決がないと成立しないのだ。
だから、アメリカ上院の大統領職に対する「監視」は、強力に作用する。

なお、上院議長は副大統領が兼務する。
上院議員は、各州2人で50州だから全部で100人。
もし、賛成と反対が50ずつで半数となったら上院議員ではない、議長の副大統領の票で決まる仕組みになっている。
だから、野党の安定多数には52議席の確保が必要だ。

そんなわけで、二期目のオバマ政権が機能不全だったのは、中間選挙における上院の惨敗で、共和党が安定多数を占めたからだった。
すなわち、バイデン政権となっても、「機能不全」は確実なのだ。
なんとこれが、株価を支えている理由なのである。

政権が思うに任せないことを、株式市場が期待している。

このことをしっておかないと、あたかもバイデン政権の成立を市場が好感していると勘違いしてしまうし、おそらくマスコミもこれを誘導するだろう。

つまり、日米の株価同時上昇の理由が、ぜんぜんちがうのである。

これは、冷静にかんがえれば当然で、共和党トランプ政権の経済政策は、「減税」と「規制緩和」を二本柱に、「絶好調」を現出させたし、コロナ禍にあっての第3四半期は、先週書いたように空前の成長率を達成した。

アメリカ経済という視点でいえば、こうした政策と「真逆」である民主党バイデン候補が主張した、「増税」と「規制強化」がなにをもたらすかは、火を見るよりも明らかだし、実質の大統領になる、副大統領候補のカマラ・ハリス氏は、計画経済を行う意欲にあふれている。

そんなわけで、アメリカの景気減速は、本来ならわが国経済を直撃するから、一大事なはずなのに、株価はこれに反応しないばかりか、むしろ正反対の反応として「大幅な値上がり」になったのだ。
このことは、わが国経済のアメリカからの「離反」を示している。

大丈夫なのか?

もちろん、わたしは「熱狂的親米派」ではない。
むしろ、これまでの人生で、アメリカ合衆国の領土に入ったことがない。
厳密にいえば、独立記念日の祭典で、横浜の米軍基地に行ったことは幼児期に二度あるけれど。

逆に、お隣のアジアの大国への「依存」ばかりが、「へつらい」に映って見えるのである。
バイデン氏も、おなじく「へつらう」だろうと予測できるのは、バイデン氏一家の所業を見ればわかることである。

これが、デカップリングからの反転になれば、日本学術会議が禁止した分野の研究だって、やっぱり「禁止」が正しいことにもなる。
すなわち、「売国」が正当化されるのだ。

すると、コウモリ君の菅政権が放った、方向ちがいの矢が、一本、ド真ん中を射抜いたこともわかる。
2050年までの温暖化ガス・ゼロは、アメリカ民主党政権との共同歩調と、お隣がいう「電気自動車への全面転換」とを同時に当てるスゴ技だったのである。

しかし、相手の「魔弾」は、次元のちがう空間を飛んでくる。
台湾と尖閣、それに南シナ海である。

わが国の生命線が遮断されることを喜ぶ、愚民がわが国の経済人なのであった。

ブルー・ステートの共産化

今回の大統領選挙でもはっきりしたのは、北アメリカ大陸の両岸、東海岸と西海岸が、青い民主党の牙城だったということだ。
これらの地域とは、どういう地域なのか?
海があるから、外国との貿易が盛んな場所になる。

外国貿易には、国際決済がつきものなので、そこには当然、国際金融機能がないと成り立たない。
だから、自然と「グローバル」な発想になるのである。

いまはなき「文部省唱歌」といわれた分野の歌に、『海』がある。

海は広いな 大きいな
月がのぼるし 日が沈む

海は大波 青い波
ゆれてどこまで続くやら

海にお舟を浮かばして
行ってみたいな よその国

まさに、「ゆれてどこまで続くやら」、「行ってみたいな よその国」とは、グローバルへの萌芽であり発露である。
森林太郎(鴎外)作詞の、「横浜市歌」は、その格調高さゆえ横浜市民の愛唱歌であって、市民なら「君が代」をしらなくてもこの歌はしっている。

わが日の本は島国よ
朝日かがよう海に
連りそばだつ島々なれば
あらゆる国より舟こそ通え

されば港の数多かれど
この横浜にまさるあらめや
むかし思えば とま屋の煙
ちらりほらりと立てりしところ

今はもも舟もも千舟
泊るところぞ見よや
果なく栄えて行くらんみ代を
飾る宝も入りくる港

まさに、「グローバル賛歌」なのである。

横浜港の銀行といえば、かつての横浜正金銀行、いまの横浜銀行で、ずっと大蔵省のエライひとが天下っては「頭取」になる銀行であった。
地銀にして実力は都市銀行といわれたのは、地銀になったこと自体が「変だった」からである。

たとえば、シベリア出兵で兵以外の日本人が6千人以上暮らしていた、ウラジオストック支店とか、ハワイ支店もあったからである。ただし、このころのウラジオストックは日本領だった。
ちなみに、ウラジオストックあたりの極東ロシアの食卓には、赤いキャップのキッコーマン醤油がいまだに欠かせないのである。

子どものころから、他人と競争してきて、受験戦争というものの勝者がなるのが、「高級役人」だから、発想が攻撃的になる。
彼らの勝ったか負けたか、とは、自分の企画が通ったか否認されたかによって判断する。

それで、さまざまな「ねじりこみ」をする。
これが、政治家の開発利権と結合してできたのが、「全国一律」という発想である。

一方で、こうした「ねじりこみ」をしないのが、「自然体」を理想とする、「合気道」だ。
武道のなかにあって、唯一「試合がない」というのは、世界でも類例がない。ようは、勝ち負けがない。

これが、本来の「自由主義」の発想である。
この「自由主義」の自由は、自由放任の自由ではなく、誰からも命令されない「自由」をいう。
よって、自己責任を伴うのである。

誰かから命じられたことで、自己責任をとらされるのでは論理がおかしい。

こうした発想は、海があるかないかではないけれど、変化に乏しい内陸部に保存される傾向がある。
なぜかというと、海があると、内陸部より速く変化にさらされて、うまくすれば発展も速いからである。

そんなわけで、速く発展し、富が蓄積する好条件に見舞われるので、海がある地域では貧富の差が広がるようにみえるのである。
それが、横浜にもあって、山の手地区とドヤ街が、目視できる近所に並立するのである。

そうやって、政府による富の分配が社会正義になれば、社会主義が受け入れやすい環境となる。
長く、横浜市政が日本社会党によって行われた根拠でもある。

こうした地域が、もっとはっきりと巨大に現出しているのが、アメリカ合衆国の両沿岸地域なのだろう。これが、「民主党」の基盤である。
それで、取り残された内陸部が、「自由」をモットーとする共和党の地域になっている。

なお、アメリカの自由には、上述の自由と、強固かつ基本に「信教の自由」があることがわが国とのおおきなちがいである。

合衆国国旗にある、赤と青のラインにあるように、共和党は「赤」を、民主党は「青」をシンボルカラーにしている。
「ブルー・ステート」は、富の分配が社会正義だとする「州」なのである。
そのための政策は、わが国の「自民党」に近い。

むしろ、戦前、戦中、戦後の占領時代、一貫して20年も続いたのが、アメリカ民主党政権だったから、自民党の基礎がこれに倣ったといった方がよいのだけれども、民主党極左よりも過激なのが日本の自民党になった。
アメリカ人には、とっくに日本が共産国にみえるにちがいない。

この意味で、ふだん自民党の政策に文句をつけるマスコミが、アメリカ大統領選挙では、こぞって民主党を応援する「偏向」をみせたのはいったいどういうことか?

しかし、副大統領候補のカマラ・ハリス氏が選挙演説で物議をかもしたのは、「共産主義を礼賛した」からであった。
そもそも、彼女自身大統領選挙の民主党予備選で敗退したのは、その「極左」としての主張が、党員にも忌避されたからだった。

東洋の大国からの資金援助疑惑もあるなか、「ブルー・ステート」の民主党支持は揺らぎなく強固だった。
これは、将来、「ブルー・ステートの共産化」を意味するかもしれない。

南北戦争ならぬ、両岸と内陸の決戦があるかもしれないのである。
そのとき、わが国周辺はどうなっているのか?

わが国があれば、の話である。

次はスイスの国民投票

アメリカ合衆国大統領選挙は、民主主義の守護神のような国で、ありえない「不正」が横行するのだと世界に知らしめた。
投票率が、「200%」という州がある不思議は、ふつうに理解できる数字ではない。

全体主義の国だって、せいぜい「90%台」で発表する。
やっぱり「100%」はありえない、という「常識」がはたらくからだろう。
もちろん、「100%」を超える投票率を自慢する独裁者もいない。

それに、共和党候補の投票用紙が大量に廃棄されているというから、これらを、「正常」として、「勝利宣言」できる神経は、まともではない。
「潔癖」をもってならす日本人なら、勝利側も「再確認の要請」をしないと、人格が疑われて、当選が無効になると承知するだろう。

つまるところ、「勝てば官軍」の究極であって、日本人でも「なった者勝ち」という社内昇格の理不尽に共通した、「邪悪」がある。

予想通りとはいえ、「世界の趨勢を決める」アメリカ合衆国大統領選挙は、場外乱闘の延長戦に突入することは間違いない。
そして、これは線表(ガントチャート)管理でイメージすれば、複数の「線」が走ることになるから、整理しておかないと複雑にみえてわからなくなる。

◎不正票と正当票
・対象となる「州」の特定
 → 激戦州が対象になるのは当然だが、前回の1州から今回は?
・複数の州となったときの裁判所の対応
 → 州内地方裁判所 → 州高裁 → 連邦最高裁
 → 12月14日の「選挙人投票日」に間に合うのか?
 ※ 内閣参与になった元大蔵官僚の高橋洋一氏は、最高裁の事務能力がパンクするおそれを心配している。
 ※ トランプ政権が滑り込ませた、保守派判事の効果もいかに?
 → 間に合わないと、憲法の規定で下院議長が「大統領代行」となる。

◎下院と上院の選挙結果
・下院は今回も民主党が過半数をおさえた
 → 「大統領代行」となった場合は、民主党の下院議長がなる。
・上院は今回も共和党が過半数を維持した
 → 副大統領は、共和党からとなる。
・「外交」に権限をもつのが上院なので、わが国等の外国にとっては引き続き共和党の影響を受ける。

◎バイデン氏一家への捜査
・誰が、いつ逮捕されるのか?
・逮捕容疑は?
 → 息子ハンター氏には、児童虐待容疑もある。
 → 「一家」とすれば、連座するひとたちが多数の、これだけで大スキャンダルである。
 → 外国との不正取引が「売国」という視点で注目される。
 → また、ジョー・バイデン氏本人逮捕の場合は、大統領候補としての欠格事由になる?
 → 「欠格者」となれば、トランプ政権が継続する。
 ※ 最重要な「マター」だ。

◎ウクライナの容疑者指名(上記捜査が国内なのに対して)
・ジョー・バイデン氏は、投票日前にウクライナの裁判所から刑事事件の容疑者としてリストアップされ、ゼレンスキー大統領は、「反逆罪」と明言している。
 → ウクライナ政府は、アメリカ政府に「容疑者引き渡し」を請求するのか?
 ※ その請求を現政権が「棄却」する可能性は?
・昨年、本件でトランプ氏が下院で「弾劾」されたので、真犯人の登場はアメリカ国内でも、「国家反逆罪」の適用はありうる。

つまり、トランプ氏は選挙に負けても、バイデン氏の過去の所業が欠格事由となればいいのである。
そして、バイデン氏は限りなく黒に近い。

ウクライナ疑惑はもう「疑惑」でなくなって、ウクライナの現政府が、「容疑」にしている。
このほかに、外国がからむ「疑惑」は、なんといっても東洋の大国との取引である。

この「疑惑」は、この大国もかんたんに認めないだろうから、当分は「疑惑」のままなのだろうけど、息子のハンター氏のパソコンと、彼とビジネス・パートナーだった人物が証拠と証人になった。
この件には、その筋のプロである、ジュリアーニ元ニューヨーク市長が、強力に取り組んでいる。

今月29日、スイスで行われる国民投票について前に書いた。
これは、「スイスの多国籍企業」が世界で「人権侵害」や「環境破壊」を引き起こした場合、責任追及できる法律の制定の是非を問うものだ。

いま、世界で注目されている、「人権侵害」や「環境破壊」を引き起こしている国とは、ハンター氏を含むバイデン氏一家全員が関与していると「疑われている」国をいう。

それで、「スイスの多国籍企業」とは、高級時計メーカーを指すとはだれもかんがえない。
ふつうに、「スイス銀行」と思えば、「秘密口座」がどうなっているのか?に興味がわくものだ。

バイデン氏一家をつかって、東洋の大国が意図していることとは、政治的支配ということになるだろうから、この大国は、あらゆる手段を用いると想像できる。

その、源泉は、先立つものであるし、この大国を支配するひとたちの「個人資産」がどうなっているのか?を想像すれば、やっぱり強烈な「打撃」となるだろう。

今月末に、スイス人がどんな意思表示をするものか?
日本人としても、注目したい。

マネジメントで『眼下の敵』を観る

1957年度アカデミー賞特殊視覚効果賞を受賞した作品である。
原作は、英国海軍中佐だった、D・A・レイナーによる同題の小説である。
原作の冒頭に、特に「著者覚え書き」として、「本作は完全な架空」と念押しされている。

第二次大戦を題材にした数ある戦争映画(小説)のなかでも、海戦モノ、しかも、駆逐艦と潜水艦の一騎打ちにおける「知略」を描いた傑作とされ、主役、ロバート・ミッチャムの代表作でもあり、また、ドイツの名優、クルト・ユルゲンスがハリウッドデビューした記念碑的作品でもある。

 

子どものころにテレビの映画劇場番組で、何回か放送された記憶があって映画館で観たことはない。
それが、なぜか突然思い出されたので観直した。

おとなになってこの作品を観る意味は、ストーリーではなく人間心理の「マネジメント」からの視点にある。
戦争における「殺し合い」という、究極の環境にあって、「将」たる人物のとる行動がはっきりと、象徴的に描かれている作品だからである。

勘違いをされては困るのは、「殺し合い」や「戦争」を美化したいのではないことだ。
あくまでも、そのマネジメントの「妙味」をいいたいのである。
こんな上司に出会いたい、こんな上司になってみたい、と思わせる「教科書」でもある。

映画での設定は、原作のイギリス海軍からアメリカ海軍の艦船になっている。
もちろん、「敵」はドイツのUボート。
けれども、よくあるアメリカが正義でドイツが悪だとする「勧善懲悪」の設定になっていない。

海上の米・海中の独どちらも、「板子一枚下は地獄」という、海の常識が前提にあるからリアルなのである。
「将の判断」が間違えば、沈没という全員が戦死の悲惨に見舞われるし、「兵」の担当業務が滞ったり機能不全になっても、それは同じなのである。

これが、「部分」である陸の闘いとはぜんぜんちがう「海」の世界だ。
ビジネスに於いて、会社を船に例えるのが常識なのは、正解である。

ロバート・ミッチャム扮する新米艦長は、自分たちが命を預けるにたる人物なのか?
戦時の人材不足から、なんと彼は商船の三等航海士だった。

対する、クルト・ユルゲンス扮する独軍は、職業軍人とナチスとの軋轢がある。
注目すべきセリフは、第一次大戦の「負けても名誉あり」とする、ドイツ魂の現実との葛藤の告白だ。

これらの条件をもっている両艦長が、どのようにマネジメントし、人心を把握するのか?
そして、人心を掌握した後の両組織が、いかほどの団結をするのか?
もちろん、これが、「戦果」に結集することはいうまでもない。

まったくもって、「現代」の「会社経営」における要諦である。

同じ職場条件で、同じメンバーで、成果が変わる。
これは、冷厳たる事実なのであって、どんな組織でも起きることなのである。

「実話」が元でも「作り話」でも、映画は映画である。
だから、これらの人物たちが、どのような教育を受けて、かくなる人格を得るに至ったのか?については、まったく表現がない。
観客が、想像するしかないのである。

しかし、一方で、そうした説明を要しない、という社会常識が、公開当時の社会にあったとすれば、いかなる変化を社会の方がしたのか?ということになる。

ロンドンの友人からこんな写真が届いた。

わが国なら、東条英機といまの首相を想像すればよいだろう。
いい悪いではなくて、この「軽さ」はなんだ?
ここでなにも懐古趣味をいうつもりはないけれど、大丈夫なのか?ともおもう。

人格を育てる教育が、学校教育に期待できなくなっている「わが国」で、どうするのか?という問題は、けっこう深刻だ。
それは、大学教育にも影響して、経営学が経営をおしえているとはいえない。

「テクニック」に走るからである。
あたかも、会社の数字をよくするには?ということの解答が、「経費削減」で済ませられているように、本質を欠くことにばかり注力して、結果的に目的を果たすことができないがごとくである。

それは、すでに、この映画でのクルト・ユルゲンスのボヤきにも表現されている。
むかしは、潜水艦の艦長は潜望鏡を覗きながら、自らの頭脳で計算し魚雷を発射し獲物を仕留めたものだったが、いまは、潜望鏡のなかの画面に諸元が表示されて、艦長はそれを読み上げるのが仕事になった、と。

第二次大戦中という時代でさえ、これなのだ。

しかし、彼の嘆きは、「マネジメント能力」にはまったく関係なく、むしろ、機械化・自動化の現場だからこそ、より重要度が増しているのである。
これは、現代企業の経営だっておなじである。

沈没直前の艦に残った二人の艦長を、先に退艦した兵がボートで救出する場面では、ドイツ兵と米兵が競って駆け上るのを、引いた画面で写しだしている。
いま、上司や経営者が困難な状況におかれたことをしったとき、自分の部下が命がけで助けてくれるかをかんがえればよい。

人間は、やはり人間なのである。